農水大臣「汚染水」発言に国民の方が怒っているという恐怖
さて、野村哲郎農林水産大臣のウッカリ発言の翌日9月1日、文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ』の「メインディッシュ」にゲスト出演したジャーナリストの神保哲夫さんは、「野村農相が処理水を汚染水と言い間違えて謝罪するという、何か変なことになって来ましたね」という大竹まことさんの問い掛けに、次のように答えました。
「むしろ深刻ですね。一種の言葉狩りのようになって来ている。あれは、アルプスで処理をしたが、一定の放射性物質、トリチウムを加えて12種類の核種が残留している水ですよね。それを、マスメディアは政府との間で何らかの合意があるのか、『処理水』と言うようになった。これは記者クラブから始まったことです」
「かつて『狂牛病』のことをある時期から『BSE』と言うようになりましたが、これは農水省の記者クラブからでした。記者クラブが『BSE』と言えば、朝日新聞だけが『俺たちだけは狂牛病と報じ続けるぞ』というわけには行かなくなっちゃうんですね。役所の記者クラブから統一する。風評被害を防ぐためには『狂牛病』という言葉は使わないほうがいい。今回も同じです」
「同じように『盗聴法』の時も、途中から『通信傍受法と言え』と、総務省の記者クラブから始まりました。当時、あるテレビ局の番組に出た僕が『盗聴法』と言うと、そのたびにアナウンサーが『通信傍受法です』と訂正したんですよ。今回とても危機感を持っているのは、今までは役所が記者クラブを通じてメディアの情報統制をして来たので、言葉は一色に染まっても、見ている人たちは分かっていたわけですよね。『まあ、BSEと言ってるけど狂牛病だろ?』ってね」
「でも今回、僕が恐いのは、どちらかと言うと市民のほうが怒っているんですよね。農水大臣が『汚染水』と言ったことに対して。つまり、上から下に『これからは処理水と呼べ』という統制が行なわれても、市民は『実際は汚染水だ』という事実が分かっていた、というのではなく、ベタで『あれは処理水であって汚染水ではない』という政府が作ったバージョンが信じられてしまっているんです。あるいは『信じたい』という願望を強く持っているがゆえに、そうじゃないという情報を流す人たちを攻撃したくなる。憎いを思うようになる現象が起きている」
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