日本は全体として、食料自給率38%であるが、都道府県別に見ると、100%を超える県もいくつかあって、2020年度の統計では北海道223%、秋田204%、山形147%、青森120%、新潟109%、岩手108%となっている。反対に低い県は東京0%、大阪1%、神奈川2%で、この3都府県が10%以下である。東京都でも八王子などで野菜を作っているので、0%という数字は不思議な気がするが、東京都の人口1400万人への供給熱量に対する東京都産の供給熱量は、四捨五入すると1%に届かないということなのだと思う。
食料自給率は平時であれば、実際問題としては低くても差し障りはない。流通が滞らなければ、お金さえあればどこからか買えばいいからである。しかし、天変地異が起きて、流通が寸断されると、物理的に食料が届かず、お金をいくら持っていても飢餓に直面することになる。
もし南海トラフ大地震が発生して、交通網が寸断されてしまうと、東京のように自給率が低い県は言うまでもなく、高い県でも必要な品目の食料が届かないといったことが起こる。災害に備えて、県ごとに食料の備蓄を進めるなどの対策が必要だろう。
それでも、しばらくすれば災害は復旧して元に戻るだろうが、世界的な飢饉や紛争や戦争が勃発して、外国からの食料輸入がストップすれば、食料自給率が38%の日本はたちまち窮地に陥る。そこで、自給率を上げるための方途を考えなければならないということになる。
日本の食料自給率を下げた一番の元凶は米の減反政策である。減反とは生産過剰になった米の生産調整のため、米の作付面積を減らした農家に補助金を払う制度である。例えば、水田で麦や大豆などを作る農家に対しては10アール当たり3万5000円の補助金が、菓子類などに使われる加工用の米を生産した場合には2万円、家畜などの飼料用の米に対しては最大10万5000円の補助金がそれぞれつく。1960年代から試験的に始まって1971年から本格的に導入され2018年に終えるまで、約50年間実施された。
その結果、水稲の作付面積は生産調整が始まる前の1969年の317万ヘクタールをピークに、1975年225万ヘクタール、1985年232万ヘクタール、2020年には145万ヘクタールにまで減少した。生産量も1967年の1426万トンをピークに1975年1309万トン、1985年1161万トン、2020年776万トンに減少した。1人1年あたりの米の消費量も1962年の118kgをピークに毎年減少し続け、2020年には51kgとなった。
米をたくさん作っても売れないので、生産調整をするというのは経済原則としては正しいかもしれないが、日本の食料自給率を下げ、食の安全保障という観点からは途方もない愚策と言うほかない。食料自給率は1946年の88%から、1965年73%、70年60%、75年54%、85年53%、90年48%、2000年40%、2022年に38%まで落ちた──(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』2023年9月8日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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