あまりに度を越していた世耕氏の首相への「説教」
だが、これが岸田首相の思惑とは裏腹に、すこぶる不評なのだ。1年限りの「減税」や「給付」では、物価高対策にも景気対策にも、さしたる効果がないばかりか、後から追いかけてくるであろう増税の嵐が怖いだけに、素直に喜んではいられない。単に選挙のためのバラマキとしか見れないのである。
「9月25日に総理は、税収増を国民に還元すると表明されました。しかしこの還元という言葉が分かりにくかった。もし9月25日に総理が、物価高による生活困窮世帯の苦境は深刻なので十分な給付を行う。物価高は中間層の家計も圧迫しており、消費の停滞にもつながっている。これには所得減税で対応するとわかりやすく述べておられたら、国民も総理の姿勢をよく理解してくれたことでしょう」
見込んだ以上に税収が増えたので、その分を国民のみなさんに返しますという意味の「還元」がわかりにくかったので混乱した。そんな言葉を使わず、最初から減税、給付と言っておけばよかったのに、という。世耕氏にしてみれば、岸田首相の側近や官邸スタッフは何をしているのか。広報技術が稚拙に過ぎる。自分なら岸田首相にこういう“振り付け”をしたと言いたかったのではないか。
痛いところを突かれただけに、岸田首相の心中は相当に傷ついたであろう。そこに、追い打ちをかけるように、世耕氏はしたり顔でこう言った。
「総理は今、いくら頑張って成果を出しても、国民から評価されないという焦りの気持ちをお持ちではないでしょうか」
岸田首相の傷はますます激しく疼きだしたにちがいない。
大向こうをうならせるつもりのセリフを滔々と並べた世耕氏は大演説を終えると、満ち足りた顔つきで、意気揚々と自席に戻ってきた。身内がここまで首相を厳しく批判するのは異例だが、党内から反発よりも称賛の声のほうが多くあがると踏んでいたはずだ。
岸田首相はうっすら笑みを浮かべて平静を装った。器の大きさを示したいのか、何ごとも穏便にすますのを処世術とするためか。「これまでも自ら決断し、国民の皆さんに直接発信することを心がけてきた」とやわらかな口調で反論するのが精いっぱいの抵抗かと見えたが、そのなかに激しい怒気が含まれていたことを、あとで世耕氏は知ることになる。
岸田首相を怒らせる気は毛頭、なかった。そのために、世耕氏は演説の冒頭、岸田首相への賛辞にたっぷりと時間を費やしていた。
「私は総理がめざされている政策の実現に協力したいと思っています。安倍政権以来の基本政策を堅持され、経済、外交などの重要政策においてもこれまで大きな失敗も犯されていません。地道に仕事に取り組まれ、安保関連3文書の策定と防衛予算の大幅拡充、原発新増設・リプレイスの方針決定などを断行されました」
そのうえで、国のリーダーはかくあるべしと“説教”に及んだわけだが、その内容はあまりに度を越していた。
メディアは「身内から異例の苦言」などと大きく取り上げた。世耕氏の狙いはあたったかにみえた。
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