アポロ計画成功の立役者フォン・ブラウンの「波乱」に満ちた人生

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世界初のロケットV2号、有名なこの飛行物体はナチス政権下のドイツで開発されました。今回の『歴史時代作家 早見俊の無料メルマガ」』では時代小説の名手として知られる作家の早見俊さんが、このロケットの開発に携わったヴェルナー・フォン・ブラウンの波乱万丈の人生について詳しく紹介しています。

ロケットの父 フォン・ブラウン

1960年代、宇宙で交わされる言語は何語という質問に対し、ドイツ語だという答えが交わされました。

第二次世界大戦後、米ソは核兵器開発と共に宇宙ロケット開発も凌ぎを削ったのですが、ロケット開発に携わったのは米ソ共にナチス・ドイツの科学者たちだったからです。

特に有名な人物がヴェルナー・フォン・ブラウンです。人類史上初のロケット、V2号、人類を初めて月に送り込んだアポロ計画、ブラウンなくしては実現できたかどうか疑わしい彼の功績でした。

彼の生涯を振り返る前に世界初のロケットV2号について記します。ご存じの読者も多いと思いますが、V2号は第二次世界大戦の最中、ナチス・ドイツで開発されました。1939年のポーランド侵略を皮切りに、瞬く間にヨーロッパを制圧、ソビエトロシア奥深くに侵攻し、世界最強誇ったヒトラーの軍隊ドイツ国防軍でしたが、1943年一月、スターリングラード攻防戦に敗れて以来、劣勢に立たされます。ヒトラーは戦局を打開しようと秘密兵器の開発に躍起になりました。様々な兵器が設計され開発されたのです。

ドーバー海峡を超える高射砲、ジェットエンジン搭載の戦闘機、超巨大列車砲、超大型戦車、中でもヒトラーが特に興味を抱いたのがV1号と2号でした。V1号は空軍がV2号は陸軍が開発しました。どちらも、無人でドーバー海峡を超えてゆく兵器でした。

V1号はロケットではなく無人の小型飛行機で、スピードと航続距離はV2号に比べて劣りました。ロンドンに向け発射されたのですが、戦闘機や対空砲火で撃墜されたり、戦闘機がV1号と並行して飛び、尾翼に機体を乗せて弾道を変えて海に墜落させることが可能でした。

対してV2号はロケットです。1944年9月、V2ロケットはオランダのアントワープとロンドンに向け発射されました。飛行速度はマッハ4(音速の四倍)、撃墜は不可能です。連合軍はV2号の発射基地、輸送ルートを叩きました。

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