東京都知事選挙で約166万票を獲得して次点となった石丸伸二氏(41)。多くのメディアや“政治のプロ”が石丸氏の躍進を予想できなかったのはなぜなのか。同氏に対しては「無知な無党派層が騙されただけ」「石丸論法はただの詭弁だ」といった批判もあるが、そのような先入観にとらわれていると、これから石丸氏が起こすであろう「政治とメディアの地殻変動」を見誤るかもしれない。元全国紙社会部記者の新 恭氏が解説する。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:政界の風雲児、石丸伸二氏。次に狙うは衆院広島1区か
石丸旋風が巻き起こす、政治とメディアの「地殻変動」
小池百合子氏が三選された東京都知事選は、「石丸ショック」と呼ばれる結果になった。ついこの間まで、都民のほとんどが名前も顔も知らなかった広島県の前安芸高田市長、石丸伸二氏の巻き起こした旋風が、旧態依然としたこの国の政治とメディアに地殻変動を起こしつつあるのだ。
小池百合子291万8015票▽石丸伸二165万8363票▽蓮舫128万3262票。誰が石丸氏のこの得票数を予想できただろうか。筆者は6月20日発行の当メルマガ「石丸伸二氏は『小池VS蓮舫』構図に風穴を開けられるか」で、以下のように書いた。
世界に小池氏と蓮舫氏しか存在しないかのような既存メディアの報道ぶりでは、いかにネット上の人気が高い石丸氏とて、苦戦は免れない。だが、街頭に出て演説を繰り返すうちに、人が人を呼び、驚くほど熱気に満ちた選挙活動に発展していく可能性がある。そうなれば当然、大メディアも軽く扱えないようになってくるのではないか。
いかなる政党や団体の支援も受けず、全国からはせ参じた多数のボランティアと個人献金をもって、強大な現職知事に挑もうとしている石丸氏への期待をこめて、躍進する姿を想像したわけだが、実際にそうなっていったのだから、驚くほかない。
投票率が前回の55.00%より5.62ポイント高い60.62%だったのも、これまで政治に無関心だった人々を選挙に向かわせた石丸氏の言葉の熱量によるところが大きい。事実、無党派層の36%が石丸氏に投票した。これは小池氏の32%を上まわる。
小池、蓮舫両候補と石丸氏の選挙戦はまったく違った
小池氏は、自民党、公明党の支援を受けていることを隠しつつ組織票を固めるステルス戦術を繰り広げた。朝日新聞の出口調査によると、自民支持層の67%、公明支持層の81%が小池氏に投票している。以下は、メディアに報じられたステルス作戦の一端だ。
7月5日の日テレニュース。都庁近くのホテルで開かれた完全非公開の“ある会合”で小池氏は演説した。その姿を出席者撮影の動画がとらえていた。
「お支えいただきましたみなさま、心から感謝を申し上げます。誠にありがとうございます」。“緑のたすき”をかけ、“のぼり”も壇上に掲げ、演説する小池氏の姿がありました。多くの人が集まっていたこの会合。実は、自民党の東京都連が、主に自民党を支援する各種の業界団体などに呼びかけたものでした。
蓮舫氏は立憲民主党と共産党の支援を受け、知名度を生かして無党派層への浸透をはかった。ところが、意外な展開となった。朝日調査によると、無党派層で蓮舫氏に投票したのは16%にすぎない。
批判ばかりするキツいイメージを払拭しようとしたのか、妙に笑顔が増え、かえって違和感があった。「自民党の延命に手を貸す小池都政をリセット」という対決姿勢は、いつの間にか「会いに行ける蓮舫」のソフト路線に切り替わっていた。つまるところ、蓮舫氏らしさが消えたのがアダとなった。
田崎史郎氏が過小評価、「石丸伸二を見誤った」理由
石丸氏に対しては、YouTubeでバズっただけだとキワモノ扱いしたがる傾向が続いていた。とくに専門家の間ではひどかった。
開票日翌日の「ひるおび」で、コメンテーターの田崎史郎氏が「石丸氏の演説は下手だ」と言っていたのもその一例だ。政治家としての力量を不当に貶めようとするのだ。
その程度の眼力だから、石丸氏の躍進を予想できるはずはない。ほかに石丸演説に関する記事を拾ってみよう。
6月29日のデイリー新潮は「注目の石丸伸二氏は街頭演説でどんな話をしているのか 選挙のプロは『支持者以外にはやや拍子抜けの印象』」という記事で、“勝たせ屋”の異名を持つ選挙コーディネーター、鈴鹿久美子氏のコメントを掲載した。以下はその一部。
実は街頭演説には身ぶり手ぶりの使い方や発声法など、長年の蓄積に基づいた“必勝法”があります。しかし石丸さんは、ご自身が独自に編み出した方法で演説されているという印象を持ちました。既存の政治家に嫌気が差している支援者には新鮮な印象を与える可能性がありますが、石丸さんが蓮舫さんを抜き、小池さんも逆転して勝利するためには、支援者に声を届けるだけでは足りません。
鈴鹿氏が指摘するように、石丸氏は大多数の政治家が使う「○○ではありませんか、皆さん」というような決まり切った言い回しはしない。余計な形容詞は一切なく、普段の言葉遣いで、理路整然と語りかける。だから、きわめてわかりやすい。
特筆すべきは、単調なようで実は表情豊かなその声のトーンだ。同じ文言を岸田首相のような声音で語っても、誰一人引きつけられはしないだろう。
ともすれば政治家は、話を抽象的な言葉や美辞麗句でごまかしがちだ。同じように声を張り上げるため、演説がどれも均質化し、個性に乏しい。だから、誰の胸にも響かない。そんな演説法を習得したところで何の役に立つというのか。
有権者が気づき、政治のプロが見抜けなかった石丸氏の力
また、同じデイリー新潮の記事では、石丸氏を“有力候補”と見なすことはできないという“政治のプロ”の発言を取り上げている。
東京都の有権者数は1100万人を超え、仮に投票率が50%として550万票の争いという桁外れの“巨大選挙”です。(中略)全国レベルの知名度を持ち、政党の組織的な応援を受けなければ勝てません。石丸さんも異色の市長として全国ニュースで取り上げられたとはいえ、まだまだ顔も名前も知らない都民が少なくないでしょう。さらに正真正銘の無所属なので組織力もありません。マスコミが小池v.s.蓮舫という図式で報じ、石丸氏について触れることが少ないのは、やはり理由があるのです。
永田町の常識、固定観念にどっぷり浸かった識者やメディアが“専門バカ”ぶりをさらけ出しているわけだが、どこのメディアもこのていどなのだ。新しい波動を感知する能力はきわめて鈍い。
5月16日に東京都内のイベントで、石丸氏が都知事選に出馬する意向を表明したさい、プレゼンテーション能力の高さに驚いた人は少なくなかったに違いない。有力な都知事候補と筆者は感じた。
マスメディアは全く無関心だったが、どこか一つでも石丸氏の挑戦を大々的に報じる東京のテレビ局があれば、小池氏の三選はかなり危うくなったはずである。
石丸氏と古市憲寿氏の会話が「かみ合わない」のは当然
石丸氏は7日の開票で大勢が判明した後、ようやく石丸氏をまともに取り上げる気になったテレビ局に次々とリモート出演した。各局のキャスターやコメンテーターたちは、当たり前の質問をしたつもりだったが、石丸氏はそれらが愚問だと喝破した。
――勝利に届かなかった要因は
「勝ち負けという表現がこの選挙にそぐわない。結果はあくまで都民の総意が可視化されたというだけ。都民において勝ちも負けもない」
――インターネット戦略の手ごたえは
「わざわざインターネット戦略を打ち出したわけではない。やれることをやっただけ」
――得票は予想を上まわったか
「なんという愚問か。最初から負けることを考えるバカはいない」
キャスターたちにしてみれば、お定まりの質問を、仕事としてしているだけである。普通の候補者なら、今後、メディアと仲良くしていくためにリップサービスの一つもするところだろう。だが、石丸氏にはそんな気は毛頭ない。
その真意は、日テレの番組で、社会学者の古市憲寿氏が「どうやら石丸さんが2位らしい。嬉しかったですか」と質問したさいの以下の答えにうかがえる。
「メディアへの苦言だが、勝ち負けなどと言うあくまで候補者目線の小さな話をする。そういう煽り方をするから国民の意識がダダ下がりなんですよ。いい加減にわかってください」
質問者が気の毒になるほどだが、メディアの体たらくを見る時、石丸氏のような政治家が必要だとも思う。石丸氏がこのままの姿勢を保って政界で実力を発揮すれば、メディアと政治家のなれ合い関係が是正されていくかもしれない。
「次やったら、絶対勝ちますよ」大変動前夜の日本
今後、石丸氏はどうするのか。それが、激震の走る永田町とメディアの最大関心事だ。各社のインタビューに対して石丸氏は言う。
「選択肢としては全てがテーブルの上にある。たとえば広島1区。岸田首相の選挙区です。石丸新党も可能性としてはあります。既成政党には与しません」
あらゆる可能性がある。当然だろう。都知事選が終わったその瞬間に次の行動を決める必要はない。選択肢を狭めるのは自滅行為だ。
開票の記者会見を終えた後、石丸氏はボランティアの人々に向かって、最後の挨拶をした。
「これからどうするんですかという、どのメディアからも共通の質問があったんですけど、簡単に言うと、ぜひ引き続き石丸伸二にご期待ください。今回、明らかに劣勢からはじまりました。しかし、終わった段階でこれだけメディアが来てるんです。次やったら、絶対勝ちますよ」
やる気と自信は十分なのだ。これからの日本の政治風景がダイナミックに変わっていくような予感がする。
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image by: 【公式】石丸伸二 後援会(@ishimarukoenkai)- X