この時期、ドイツの天才画家アルブレヒト・デュラー(1471~1528)は特に版画の絵を多く残した。デュラーは、ドイツで始まった印刷革命の意味に誰よりも早く気づいた。市場の反応は熱かった。初期の金属活字は木版印刷と競争したが、印刷物が堰を切るように爆発し、金属活字が勝機をつかむ。デュラーも木版画と銅版画を同時に試み、より精巧な銅版画に集中した。
この技術が出版物に挿絵として使われ、莫大な需要を生み出したのだ。これはエッチングという技法で可能だったが、鋭いペンで銅板を掻いて腐食させた後、その腐食部位にインクが染み込んで印刷する技法だ。中世を打ち破ったルネサンスは、印刷科学が作った知識革命だった。
印刷術が発達すると、より精巧な版画技術が要求されるようになる。「リソグラフィー(lithography)」はこのような背景から登場した。従来の版画は陽刻や陰刻を利用するが、リソグラフィーはこのような凹凸がなく水と油が混ざらない原理を利用した平板化技術だ。一種の選択的印刷方式であるが、はるかに繊細な表現をすることが可能となった。
20世紀半ば、トランジスタの誕生で半導体革命が始まると、科学者たちは細かい回路を小さなチップに集積できる技術をリソグラフィーから探すようになる。1955年、米国ベル研究所は光に露出された部位と影の部位を選択的に反応させ、まるで写真のように精巧な回路を描くことができるということを発見した。半導体集積回路の核心技術であるフォトリソグラフィー工程は、このように選択的印刷技術を利用したものなのだ。
要するに、半導体の核心工程であるエッチングとフォトリソグラフィーは、新しい知識に飢えていた人類の欲望が作り出したものだ。絶え間ない情報欲求は再びIT分野につながり、ここで微細な絵の技術的限界を克服する挑戦が続く。
初期の半導体工程は回路の線幅が髪の毛の太さに該当する100マイクロメートルから1マイクロメートル単位まで小さくすることが目標だった。フォトリソグラフィーが光を利用するため、微細なパターンを作るには光の波長も短いほど有利だ。我々が日常で見る光を可視光線という。可視光線の波長は数百ナノメートルなので、通常の光でマイクロメートルサイズの線幅を具現することは問題なかった。
しかし、人々はより高性能な半導体を求めより微細な回路が求められるようになる。ナノメートル単位まで小さくなると、はるかに短い波長が必要だった。









