なぜ「電子処方箋」は普及しないのか?現場の医師だからこそわかる不都合な真実

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紙の処方箋が面倒だと感じたことはありませんか?ペーパーレスやDX(デジタルトランスフォーメーション)の時代に突入している一方、病院ではいまだに紙の処方箋をもらって薬局に行くのが一般的です。電子処方箋が導入され始めていますが、実際にはどうなのでしょうか。メルマガ「谷口恭の『新・その質問にホンネで答えます』」では、現役の医師である谷口恭が電子処方箋のシステムを解説し、その利点や課題を掘り下げてお伝えしています。この記事では、導入の背景や実際の診療で直面する問題について、詳細に見ていきましょう。

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医療現場からみた電子処方箋のシステム導入とその課題

「電子処方箋」という言葉を聞く機会が増えてきました。谷口医院でもシステムを導入し対応できるようになったのですが、では僕が患者さんに勧めているかというと「時期尚早」あるいはこの制度は「利用しない方がいい」と思います。もっとも、電子処方箋が便利だと考える人もいるとは思います。そこで今回は電子処方箋のシステムを分かりやすく解説し、利用価値を考えたいと思います

電子処方箋を利用したい人は受付時にその旨を伝えます。すると、我々医療者は電子処方箋用のカルテに入力します。このあたりは電子カルテのメーカーによって要領が異なるでしょうが、前回までのカルテが参照できなくなるわけではありませんし、に初診代がかかるわけでもありませんから患者側からはこれまでと何ら変わりはありません。

診察の結果、薬の処方が必要になったとき、医師は電子処方箋用のカルテに薬の入力をおこないます。ここで「1つ目の不便」があります。従来の方法であれば、患者さんごとに薬の使用方法を処方箋に記載することができました。例えば、同じ薬でもAさんには朝夕食後に、Bさんには食事に関係なく1日2回、などです。

電子処方箋ではこれができなくなります。あらかじめ決められた使用方法から選択せねばならないのです。例外として「医師の指示どおり」を選択し、別のフリースペースに記載するという方法もあるのですが、これがそれなりの手間となります。患者さん側からみれば医師の処方箋作成に時間がかかり待ち時間が長くなるでしょう。

ここからが本質的な問題です。電子処方箋を作成した医師はそのータを送信するわけですが、その送信先がポイントです。送信先は薬局ではなく「電子処方箋管理サービス」という厚労省のデータベースなのです。つまり、処方の内容がすべて厚労省に把握されてしまうのです。

僕は当初、電子処方箋が実現化すれば「データを医療機関から薬局に送信することで処方箋を印刷しなくてよくなるので便利だ」と思っていたのですが、これは完全な誤解でした。紙はなくならず、患者は結局、厚労省に送信された処方箋内容をこれまでとほぼ同じ処方箋用紙で受け取り、それを薬局に持っていかねばならないのです。

もっとも、この点についてはマイナンバーカードを薬局に提示することで、薬局がデータベースにアクセスして処方内容を把握できるようにはなるでしょう。そうなれば便利だと考えられるかもしれません。

実際、もしも僕が医療機関や薬局を利用したことがあまりないとして、そして厚労省の役人だったとすれば、この方法は便利だと考えるに違いありません。その理由をまとめてみます

 

#1 医師の処方内容が一目瞭然になる:

例えばAクリニックでは患者一人あたりの処方薬数が1.2で、Bクリニックは4.7だったとすれば、諸事情があるにせよ「Bクリニックは過剰な処方をしている」と予想できます。Bクリニックを”指導”することもできそうです。

#2 厚労省、薬局ともに複数の医療機関から処方されている薬が重複されていないかが分かる:

薬局はその患者に処方された薬の内容がすべて分かりますから複数の医療機関で同じような薬が処方されていないかが分かります。将来的には医療機関が処方情報を厚労省に送信したときに「この薬は前医で〇月△日に出たものと同じカテゴリーですから処方できません」というエラーメッセージが表示されて処方できない、という事態にもなるでしょう。

#3 他のデータベースと合わせて解析することで医師の治療成績がわかる:

現在のレセプト(診療報酬明細書)は国が一元管理しているわけではありません。一方、電子処方箋が広く普及すれば(薬から病名は推測できますから)どのような疾患に対し、どの医師はどのような薬をどれだけ処方したかが分かります。これに患者の死亡年齢(これは現在もすぐに把握できるでしょう)や保険給付のデータベース(があれば)を合わせて解析すればすべての医師の治療成績を出すことができます

僕が現在思いつくのはこの3つです。まとめると、電子処方箋が広く普及すれば、過剰処方が抑制され、医師ごとの処方傾向が分析できて、さらに医師ごとの治療成績を出すことができるようになります。もしも僕が臨床医でなく厚労省の役人であればきっと電子処方箋を推進するでしょう。成績の悪い医師を排除し、医療費を節約することができるのですから。

ですがこれは「役人の発想」です。役人の発想が必ずしも悪いわけではなく「国民一人一人を見るのではなく全体を考える」とはこういうことです。結果として、国民の平均寿命が延びて、なおかつ医療費が抑制できれば、役人としてのミッションを達成したことになます。ちょうど、コロナワクチンを普及させて全体の死亡者を減らすことに成功したのと同じことです。

けれども、コロナワクチンで決して少なくない人たちが犠牲になり、役人たちはそんな人たちに見向きもしないのと同様、電子処方箋を普及させれば全体の医療費が抑制され、また国民全体の寿命が仮に延びたとしても(これはそう簡単にはうまくいきませんが)、国民一人一人の視点からみればそのような国家の管理が必ずしも望ましいわけではありません。これは「管理社会に抵抗する」という感情論ではありません。

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病気のことを伏せておきたいって人はけっこういる

では、なぜ国民一人一人からは望ましい対策ではないのか。ひとつは「国家に自分の処方歴を把握されたくない」と考える人が少なくありません。日頃、心身ともに健康な人には分かりにくいかもしれませんが、「処方内容を知られたくない≒病気のことを伏せておきたい」と考えている人は大勢います

分かりやすい例でいえば「抗がん剤を服用していることを会社、あるいは取引先に知られたくない」「抗HIV薬を内服していること、つまりHIV陽性であることを伏せておきたい」「子供がほしいというパートナーに黙って低用量ピルを内服している」「職場ではタバコは吸っていないことにしていてこっそりと禁煙治療薬を使用している」「抗うつ薬や抗不安薬の使用は誰にも知られたくない」など、実は枚挙に暇がありません。

病気に縁がない人には分かりにくいかもしれませんが、谷口医院の患者さんのなかにも「この治療薬について家族(会社)にバレないですよね……」と念を押す患者さんは決して珍しくありません。なかには「受診したことも隠しておきたい」という人もいます。最近は減りましたが「風邪で受診したことが分かるとコロナを疑われる」と心配する人もいました。

谷口医院の場合、「別のところを受診したのがバレたら困るからここで(谷口医院で)診てほしい」というケースもまあまああります一番多い理由が「性病」です。「性病科や婦人科(泌尿器科)を受診したことが知られれば、性病にかかったことがパートナーにバレてしまう」という理由で、総合診療のクリニックである谷口医院まで(わざわざ遠いところから)やってくる人もいるのです。

話を戻すと、電子処方箋を利用すれば生涯にわたり自分が処方された薬の内容と量が厚労省に筒抜けになります。そしてこの情報は半永久的に残されます。もちろん、この情報が漏洩することは(たぶん)ないでしょうが、それでも記録が残されることに抵抗がある人もいるでしょう。

また、通り一辺倒の処方ではなく医師と共に個別の治療法を検討したいと考える人たちもいます。例えば、「治したいけど薬は減らしたい」と考える人もいます(というより、すべての人にこのように考えてほしいわけですが)。

じんましんを例に挙げましょう。痒くて眠れないほどの蕁麻疹に困ってあなたは受診したとしましょう。きっとあなたは「早く治したい、再発は防ぎたい、だけど薬は最小限にしたい」と考えるのではないでしょうか。

この場合、仮に1種類の内服薬のみで治療するとして、僕がよくおこなう治療は「最初の数日間は認められる最大量(例えば1日4錠)の内服」です。症状が消失したことを確認して、1日3錠→2錠→1錠→1/2錠と減らしてもらうように説明しますしかし、こんな情報を電子処方箋に記載することはシステム上できません。薬の添付文書(説明書き)どおり、1日2錠と書くしかないのです。

もう少し細かく言えば「1日2錠、増減可」と書くことも薬の種類によっては可能です。ですが、その言葉だけを見て薬局の薬剤師が上に述べたことを説明できるかというとできるはずがありません。診察の様子を見てないのですから当然です。

「医薬分業」の弊害

では誰が悪いのか。悪いのは現在の「医薬分業」というシステムです。僕は「診察の様子を見ていない薬剤師に適切な薬の説明ができるはずがない」と長年言い続けています谷口医院では移転前まで運営的には苦しいながらも院内処方を続けてきたのはそのような理由からです(院内処方はどうしても赤字になります。意外に思う人も多いようですが院外処方にすれば処方箋発行に点数がつきますら医療機関にも利益が出るのです)。

しかし、移転時に偶然にも同じビルに薬局が来てくれたので、その薬局の薬剤師と密な連携を取りながら処方時の情報を電話やSNSなどを駆使して処方情報を共有しています。また薬剤師にも研修として僕の診察を見学に来てもらうようにしていますこういった対策を取ることにより、診察室での内容ができるだけ薬剤師にも把握できるようにしているのです。

逆方向のフィードバックもあります。例えば、薬局であらためて患者さんが外用薬の量を検討しなおしたとき、患者さんがもう少し量を増やしてほしいと考えたとします。すると当院階下の薬剤師は直ちに僕に状況を説明してくれます。そして、こういった連携プレーは信頼関係のある医師薬剤師間でしかできません。つまり、医師と薬剤師がしっかりと連携できていれば患者さんも安心して薬局で薬の相談ができるのです。

しかし厚労省はこの反対方向のプランを進めています医薬分業を押し広げ、全国どこの薬局でも薬を受け取れるようにし、さらにAmazonを含む大手業者に薬を管理させることを目論んでいます。この役人の発想は「国民を全体としてみたときの効率」を考えれば優れていますが、国民一人一人の視点に立てばこのようなシステムを良しとする考えは”幻想”に過ぎないのです。

同じ病名、同じ薬であっても、個々によって最善の対処法が異なります。患者さんによっては薬を飲む時間の確保が困難である場合や、シフト勤務で生活が不規則になることもあります。家族には病気のことも伏せていて隠れて飲んでいる場合もあります。塗り薬の使用はそのときの症状によって対応を変えなければなりません。屯用で内服する薬はどのようなときに服用するかはその症状と程度によます

こういったことも考慮して薬の説明をするのがかかりつけ医、そしてかかりつけ薬剤師の使命です。効率化最優先の厚労省の考えも理解できますが、電子処方箋の利用が有益でない人も少なくないのです。

ちなみに、電子処方箋のシステムを導入すれば補助金がもらえるという話があったような気がしたので導入時に業者に聞いてみたのですが、それには事前に申請しておかねばならなかったそうで、谷口医院では一銭も受け取れず多大な費用がかかっただけでした……。

 

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メルマガ9月30日号の内容冒頭抜粋
〇最近の医療情報Meiji Seikaファルマ株式会社(以下「Meiji」)の現役の社員が執筆した『私たちは売りたくない! “危ないワクチン”販売を命じられた製薬会社現役社員の慟哭』が話題になっています。たしかにこの本の内容は衝撃的で一読の価値があります。なにしろ、これから世界に先駆けて日本で発売され、いずれ世界に広がることが期待されている新型コロナウイルス(以下「コロナ」)のレプリコンワクチンを開発したMeijiの社員が「そのレプリコンワクチンを売りたくない」と断言しているわけですから注目を浴びないはずがありません。(つづく)
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メルマガ9月16日号の内容冒頭抜粋 

〇最近の医療情報
「消費者機構日本」(Consumers Organization of Japan=COJ=通称「コージェイ」)という名のNPO(特定非営利活動法人)の消費者団体があります(本メルマガではCOJで通します)。COJの仕事は、分かりやすくいえば「消費者を騙したり陥れたりするような業者を法的に告発する」となります。ウェブサイトをみればマッチングサービスやリフォーム業者に対して法的な差し止め請求をしています。(つづく)
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