ソフトバンクグループの孫正義会長がトランプ次期米大統領と会談し、4年間で約15兆円をアメリカに投資すると表明した。スケールの大きさもあいまって世間は祝福ムードだが、「孫氏の対米投資は日本のGDPに寄与しない」と冷静に指摘するのは米国在住作家の冷泉彰彦氏だ。同氏は経団連企業の海外企業買収に関しても「まるで日本経済が米国の会社を買って拡大するように見えるが、実際は違う」と釘を刺す。空洞化が加速するわが国は今まさに「日本経済とは何なのか?」という根源的な問いを突きつけられている。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:経団連が空洞化を加速させているのか?
事実1:米国の会社を買収しても日本経済は拡大しない
経団連の会長と言えば製造業の経営者と相場が決まっており、現在の十倉雅和会長の場合も住友化学というメーカーの会長です。
その十倉氏の後任として今回、非製造業である日本生命保険の筒井義信会長が決まったというニュースが入ってきました。
別に製造業から金融に日本経済の比重が移るのであれば、それはそれで悪いことではないと思います。ただ、問題は、21世紀に入ってからの経団連は、日本のGDPとはどんどん関係が薄くなっているということです。
現在の経団連加盟企業というのは、業種にもよりますが、どんどん多国籍化しており、ハッキリと言えば国内空洞化を進めている企業がほとんどです。製造業の場合はどんどん現地生産化を進めていますし、食品飲料の業界なども、日本は人口減になるからと海外企業の買収を拡大しています。
そんな中で、かつては日本の全産業の海外への売り込みをアシストしていた総合商社は、今では海外の投資案件をまとめてマネジメントを行う、いわば産業別のノウハウを持った金融ファンドになっています。
今回、経団連の会長を出す日本生命にしても、つい先日の12月11日に、米系生保のレゾリューションライフを買収すると発表しています。日経の記事によれば、「国内生保事業への依存度を下げ」つつ「業界首位の座」を固めるのが目的という解説がされていますが、このままどんどん国内事業の比率が下がっていくようですと、これは日本の生保ではなくなります。
企業買収と言うと、まるで日本経済が米国の会社を買って拡大するように見えますが、実際は違います。
日本の企業が持っている資産や信用力が海外に投資されるということは、本来は日本の中で回るカネが、海外で回るようになるという意味です。そして、海外で回り始めたカネは日本には還流しません。
事実2:孫正義氏の「対米投資15兆円」は日本のGDPに寄与しない
例えば、SFG(ソフトバンクグループ)の孫正義会長は、安倍昭恵氏の直後にトランプを訪問して共同会見を行い、15兆円をアメリカに投資するとしていました。
ダイナミックな動きであり、トランプが歓迎するのも分かります。この15兆円は、アメリカでグルグル回るようになるからです。そして、この15兆円は日本では回りませんし、日本のGDPに貢献することはほとんどありません。
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日本の経済政策はなぜ「日本ファースト」ではないのか?
問題はこのようにどんどんキャッシュが海外に流れ、国内にはカネがないという状況、そして国内は人口減だから投資はしないという流れ、これが際限なく続いて良いのかということです。
人口減は否定できないし、その結果として市場が縮小するのは事実です。また、トランプなどの「自国ファースト」の政権が各国にできる中では、何であっても日本で作って輸出すると批判されるのも事実でしょう。
ですが問題は、では日本の経済政策はどうして「日本ファーストではない」のかということです。
多国籍企業がどんどん海外に事業を移す、これを際限なく続けていたら日本経済は細るだけです。理由があるのは分かります。日本人は原発が嫌いだから電力供給が安定しない、公害が嫌いだから製造業も嫌い、つまりいろいろな規制があるので日本は製造の拠点にならない、それは事実だと思います。
日本製鉄だって、USスチールを買うカネで、日本国内の設備を大更新して競争力を維持する選択はないわけではないのです。ですが、規制と世論がフレンドリーではない中で、国外にカネを回すしかないということになっています。
経団連の立場も分からないではありません。国内ではDXも進まないし、能力主義の適用も進まない、その結果として、企業人はまるで江戸時代の幕藩体制のようなポンコツ共同体を作って儀式やバラバラの事務作業がいつまでも続くわけです。
21世紀においては、知的産業国家イコール準英語圏が必須なのに、それもできないのです。そこを「本当に改革」しようとすると不幸になる、だったら国内の改革をあきらめて国際展開したほうがマシというわけです。
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「日本経済とはいったい何なのか?」という根源的な問い
そうした流れの先に出てきたのが、大卒50%の高教育水準国家である日本において、主要産業が観光業という意味不明の国策です。高教育水準なのに、どういうわけか子どもの貧困が社会問題になっているのも同様です。
ともかく経団連は決定的に何かを間違っています。韓国の財閥は、確かに格差を生んだかもしれませんが、何だかんだ言って、韓国の一人当たりGDP改善には貢献しました。
ところが日本は、その一人あたりGDPで韓国に抜かれようとしており、それでも政財界はあまり悔しいと思っていないようです。
改革を進めることの困難に比べたら、国内経済はこの程度でいいや――そんな絶望的な姿勢がそこには感じられます。
もっと言えば、カネは海外に投資し、その結果は海外で稼ぐ、そのうえで日本の本社は幕藩体制のような組織のまま、海外で集めた数字の大きさを喜ぶだけの儀式をやっているのです。
そんな現状の中で、あらためて経団連とはなにか、日本経済とはなにか、その根源的な問いがされても良いのではと思うのです。
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