出口なき行き詰まりが増幅させる苛立ち。怒りと憎しみに覆われた“トランプ時代”から全人類を救う日本古来の「智慧」とは?

 

西欧にも存在した憎しみよりも愛を重んじる思想の流れ

シマードの根気強い実験の繰り返しから見えてきたのは、樹木同士や樹木と草本植物の間を地中で繋げている「菌根菌ネットワーク」の重要性である。菌類である菌根菌は、想像もつかないほどの濃密さで繊細な菌糸を伸ばして植物の根と絡み合って共生体を形作る。その濃密さは、我々が森の中を歩くとその一歩の足跡ごとに総延長500キロメートルもの菌糸を踏みつけていることになるほどである。

植物は光合成によって糖を含んだ炭素燃料を生み出す。菌類は自分では光合成ができないので、根に絡みついて植物から炭素燃料を盗んでいるのだと思われたが、やがてそうではなく、植物が菌類に炭素燃料を与える代わりに菌類は植物に水と栄養物を与える「相利(そうり)共生」の関係にあることが判ってきた。

シマードの最初の実験結果から出たその結論を1997年に『ネイチャー』誌に発表すると、世界中に大きな反響を引き起こした。今では人々は、菌類がこのように水と栄養物を自分たちの仲間同士で分配するネットワークを構築したのは、10億年も前のことで、さらにその5億年後にはそのネットワークを植物にまで広げ始め、その結果として植物が水中から陸に上がって、陸上で繁殖できるようになったことを、知っている。

ダーウィンに戻ると、彼はマルサスの『人口論』を読み、あらゆる場所で絶え間なく生存のための競争が続いていて、そこでは有利な変異が生き残り、不利な変異は滅びるのだ、と思いついた。その『種の起源』を読んだ同時代人のハーバート・スペンサーは、自由放任の競争の結果として弱者が淘汰されるのは当然だとする彼の経済理論に大いに自信を深め、「適者生存」という言葉を編み出し、ダーウィンがそれを『種の起源』第5版から取り入れた。

こうした考え方に、労働者の側から反発が起こり、イギリスでは労働組合、フランスでは共済組合が興って初期社会主義運動が始まる。その指導者の1人であるジョセフ・プルードンは『所有とは何か』で、労働者の協同組合による一種の「相互主義(ミューチュアリズム)」を主張した。

それがまたベルギーの科学者ペネデンによって生物学に応用され、「数多くの種で相互扶助が見られる」という指摘が現れたが、この生物における(同種同士の)相互扶助と(異種間でも成り立つ)相利共生の原理が世に広く知られ、それが人間同士の社会のあり方としても議論されるようになるのは、ロシアの進化生物学者にして無政府主義革命家でもあったピョートル・クロポトキンが1902年に『相互扶助論/進化の一要因』を出版してからのことである。

……もうだいぶ長文になったので、これ以上詳しく分け入ることはしないが、ともかく西欧においても少数派だとはいえ、憎しみよりも愛を、闘争よりも相互扶助を重んじる思想の流れは存在したのである。それがこの行き詰まりの中で、一方では出口を見失ったトランプの怒りの爆発のような形で現れるけれども、他方では本書のように、森の菌根菌ネットワークの神秘を科学的に解明することで自然と人間ばかりでなく人間同士も助け合い愛し合わなければ生きていけないのだという哲学の深化もまた進むのである。

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