ホンマでっか池田清彦教授が語る「格差は農耕から生まれた」の根拠は?

 

今から1万年ほど前、人類の人口は500万人ほどだと言われている。アフリカを出立してユーラシアに渡ってきた祖先の数は1万人くらいだろうから、食料が豊富な新天地に分散して人口が爆発的に増えたのである。しかし、どんどん野生動物を狩り尽くしていけば、食料はいずれ足りなくなる。そこで食料を増やす最終手段として農耕を発明したのである。

ホモ・サピエンスは1万年前~5千年前までの間に、様々な居住地で独立に農耕を始めた。農耕を始めなかったのはアマゾンの熱帯雨林やオーストラリアに渡ったホモ・サピエンスだけで、これらは例外的な人々である。栽培に適した穀物がなかったのと、家畜にできる動物がいなかったのが最も大きな原因であろう。

小麦、米、トウモロコシといった農耕に適した穀物は貯蓄できる。狩猟生活をしていた人々は、その日に必要な量だけ獲ればよく、沢山獲る必要はなかった。無闇に獲っても、肉は貯蔵できずに腐ってしまうし、何よりもオーバー・ハンティングは持続可能性の敵で、将来の食料が減ってしまう。だからハンティングに費やす時間は短い。道具の手入れ、獲物の解体や料理、食事に費やす時間なども含めて、食物を摂るための労働時間は、現代でもわずかに残る狩猟採集民に鑑みると3時間~4時間くらいだったと思われる。

しかし一度農耕が始まると、労働時間と穀物の収量や貯蔵量は相関するため、労働時間はどんどん伸びていった。こうやって穀物の貯蔵量が増えていくと、それを誰が管理し、あるいは所有するかをめぐって、人々の間で軋轢が生じ、結果的に貧富の差が生じ、やがて支配者と被支配者が現れてきたに違いない。

農耕による収量は天候に左右されやすく、豊作が続く時もあれば、不作続きの時もある。豊作が続けば人口が増え、増えた人口を養うために農地を開拓するなどして、労働時間はさらに伸びる。豊作が続いて穀物貯蔵量が増えれば、何らかの原因で不作だった近隣の集落から、食料を奪い取ろうとする襲撃を受けるかもしれない。それを防ぐためには指揮命令系統がしっかりした、組織だった戦闘集団が必要で、命令する者(支配階級)と命令される者(被支配階級)の階級差が固定してきた。

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