予言の当たり外れより重要な「ひとつの揺るがない現実」
メディアの拡散力は強力だ。しかし、その責任はきわめて曖昧である。
都市伝説系YouTuberのクリエイターたちは、「予言はあくまで娯楽」と逃げ道を用意しつつ、社会的混乱への影響にはあまり気に留めていないようだ。世界的な予言者と言われるジュセリーノやクレイグ・パーカーも、その予知の根拠を示すことは当然に難しく、「信じるか否かは自由」という姿勢で、視聴者が判断の責任を負わざるを得ない。
こうした傾向を受けてか、教育機関や市民団体などからは「予言などのオカルト要素の強い動画の規制」を求める声も上がり始めている。
YouTube側にも「誤情報対策の強化」を要請しているようだが、プラットフォーム側のGoogleは「表現の自由」を盾に具体的対策に応じる気配はなかったようだ。しかし、最近になり明確にガイドライン遵守の方針を打ち出し、オカルト系や都市伝説系のYOUTUBERへのパトロールを強化し、動画の非公開や削除、場合によってはアカウントの停止などの措置を講じはじめている。
2025年に終末論ブームがここまで拡大した背景にはデジタル技術の発展がある。
ときに偏狭なアルゴリズムが不安を増幅し、SNSが共鳴を加速させる仕組みは、過去の予言ブーム(例:1999年のノストラダムス騒動)とは、その規模と拡散力とスピードにおいて一線を画している。情報の洪水の中で、客観的な検証が追いつかず、感情的な反応が優先される現代ならではの現象になっている。
歴史を振り返れば、終末論は危機の時代に繰り返されてきたのだ。中世のペスト禍では「終末の預言」が跋扈し、産業革命期には「機械が世界を滅ぼす」との恐怖が広がった。
2025年の都市伝説も、こうした歴史的パターンの現代版とみなせる。ただし、デジタルメディアの登場により、拡散速度と影響範囲が桁違いに拡大している点が特徴的だ。
このような2025年終末論ブームでは、社会に不安と行動変容がもたらされ、メディアの拡散力と無責任さが顕著となった。たつき諒氏の予知夢が起点となり、共鳴者たちが多様な形で火を付けたこの現象は、単なるオカルトを超え、現代社会における社会現象となっている。
第一部を閉じるにあたり、今回の都市伝説ブームは単なる予言の真偽を超え、現代社会の危機感と情報過多の産物であることを指摘しておきたい。
ここまで、ひとりの起点と20の共鳴者たちを紹介してきたが、2025年7月を過ぎた後にこのブームがどう収束するのか、あるいは新たな形で進化するのかと、また予言が当たるのか、当たらないかという点については、実はさして重要ではない。大切なことはひとつの揺るがない現実、それは近い将来に日本において巨大複合災害は必ず起きるという事実だ。
第二部以降では、日本に起きた過去の巨大天災や複合災害、地域ごとの危険度や、政府・自治体の発表する被害想定、あるいは国家としての経済的損失について徹底的に検証していく。
たつき氏の夢から始まった2025年7月の物語の行方と彼女の共鳴者たちの織り成す社会現象についての分析は、ここで一区切りとする。
【関連】SNSで「2025年7月5日」がトレンド入り。漫画家の予知夢に出た「大震災」「巨大津波」の予言は都市伝説か現実か徹底検証
【関連】たつき諒氏の“予知夢”を増幅させる「2025年7月5日大災害」を唱える予言者たち
【関連】『私が見た未来』たつき諒氏の予知夢「2025年7月5日大災害」を予言者、占い師、YouTuberたちはどう見るか?
【関連】2025年7月5日4時18分の大災害を米先住民ホピ族が予言…人気YouTuberのNAOKIMANも大拡散する「都市伝説」を徹底検証
(『上杉隆の「ニッポンの問題点」』2025年5月27日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
この記事の著者・上杉隆さんのメルマガ
image by: Shutterstock.com