6月上旬をメドに、国の備蓄米を5kg2160円前後で店頭に並べると宣言した小泉進次郎・新農水大臣。29日午後にはネット通販大手の『楽天24』で6月7日発送分の「生活応援米」の予約受付が始まるなど準備は順調のようだ。ただ、これはあくまで一時しのぎの対策。本来、コメの価格を安定させるには、減反の完全廃止など根本的な農政改革によって「コメ不足」を解消するしかない。これに関して「小泉大臣に根本的な農政改革ができるとはどうしても思えない」と分析するのは元全国紙社会部記者の新 恭氏。自民農水族のドン・森山幹事長は「瀬戸際における小泉氏のひ弱さを計算したうえで、農相就任を要請した」可能性もあるとしている。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:進次郎「2000円のコメ」プロジェクトは参院選の情勢を劇変させるか
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「5キロ2160円」の備蓄米ではコメ不足を解消できない
6月には「5キログラム2160円」のコメが店頭に並ぶようにする。そんな約束をひっさげて、小泉進次郎・新農水大臣が華々しく登場した。
入札をいったん中止し、大手小売りとの随意契約でその値段を可能にするというのだ。典型的な農水族である前の大臣が頑なに拒否していたことであり、むろん、目先の打開策としては評価できる。
備蓄米(古古米、古古古米)30万トンを「5キロ2160円」で売ることを条件に大手小売業者と随意契約すれば、当然、その業者のスーパーやネットショップにおいて約束が実現されるのは間違いない。
ただし、それだけのことだ。コメ高騰を引き起こしている「コメ不足」の解消にはつながらない。
備蓄米は100万トンほどを目安に保管している。2024年6月末時点の在庫量は91万トンで、その後3回の入札を通じて計31万トンを放出したため、今の在庫量は最大60万トンほどと推定される。小泉大臣は、そこから30万トンを新たに放出すると言っているわけだ。
「5キロの袋に換算すると約6000万袋になるから十分な量だ」と小泉大臣は胸を張るが、備蓄米が尽きてしまったあとは、どうするつもりなのか。
たとえ短期間でも、店や数量が限られていても、店頭に2160円で買えるコメが並んでいる実績さえつくれば、“政治的な成功”と考えているのではないか。
それでも自民党の支持率だけは上昇する
今の自民党にとって大切なのは、コメ問題の根本解決より、目の前の参議院選挙なのであろう。
自公政権が生きながらえるには改選、非改選あわせて自公過半数を参院選で確保する必要があるが、コメ高騰など物価高対策に及び腰なために追い込まれ、過半数割れも予想されていた。
そんな状況を変えるきっかけをつくったのは江藤拓・前農水相の失言だった。たまたまメディアから厳しい批判が巻き起こり、石破首相が更迭せざるを得なくなったが、これをチャンスに変えるべきだという知恵者が石破首相の周辺にいたものとみえる。その切り札が、小泉氏の農水相起用だった。(次ページに続く)
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「有能な小泉大臣が矢継ぎ早に指示を出している」という誤解
印象的なのは、小泉氏が就任直後から、矢継ぎ早に米価問題についての今後の方策をアナウンスしたことだ。
5月21日の就任会見。「今月下旬に予定している入札を中止し、備蓄米を業者に売り渡す際に随意契約を検討する」
22日夜、記者団に。「随意契約について財務省が理解してくれ、詳細な制度設計の最後の詰めをしている」
23日の閣議後会見。「(5キロ・グラムあたり)2000円台で店頭に並ぶような形で随意契約で出していくことが現時点での基本的な方向性だ」
就任早々、小泉氏一人の才覚で、こんなに素早くコトを運べるものだろうか。23日午前には、早くも楽天の三木谷社長が小泉大臣と面会し、随意契約に参加する意向を示している。手回しがよすぎるのだ。
そう言えば、小泉大臣は就任会見でこう語った。
「任命の際に、石破総理からは、随意契約を活用した備蓄米の売り渡しを検討するよう、指示があったところであります」
つまり、就任前に官邸でシナリオがつくられていたということになる。
備蓄米は国が買い入れた財産である。当然、財務省の管理下にある。その売り出し方法について、競争入札によらずに任意(随意)で決定した相手と契約を結ぶことは公平性などの問題があるため、財務省はこれまで随意契約による放出を認めていなかった。
しかし、参院選が迫るなか、なんとかしてコメ価格を下げたい石破首相は財務省から総理秘書官(事務担当)として派遣されている中島朗洋氏あたりに命じ、入札から随意契約に切り替える方策について、財務省との間で調整を進めさせていたようだ。
官邸が江藤前農水相にも随意契約を提案し、一蹴されたという報道もある。いずれにせよ、随意契約に切り替える絶好のチャンスとして、小泉氏への農相交代を利用したということなのだろう。(次ページに続く)
コメの価格を下げるには「減反」政策を完全にやめるしかない
小泉大臣は6月に備蓄米を「5キログラムあたり2160円」で店頭に並ぶようにすることを至上命題として動いている。
当然、小泉大臣の目標は達成できるだろう。コメの危機を脱出する“プロジェクトX”の栄えある協力者として、20社近い有名企業が儲けを度外視して次々と馳せ参じているのだから。
しかし、放出する備蓄米の量は限られている。契約した企業の店頭にこの価格のコメが並べられても、それに合わせて全国津々浦々まで全てのコメが安くなるわけではない。スーパーに行ってたまたま備蓄米に遭遇したらラッキーだが、なかったら不満も出るだろう。
小泉大臣は「2000円の備蓄米を入れて、この異常な高騰をなんとか抑え込んでいきたい」と主張するが、そもそもコメの供給量を増やさないで、全体の価格が下がるとは考えにくい。
生産調整、いわゆる「減反」政策を完全にやめて、増産に舵を切り、余ったコメは海外に輸出する。そのような前向きの政策転換を実行するほか、コメ不足の問題は解決しないのだ。
農水省は「コメは足りている」と言い張ってきたが、それがウソであることははっきりしている。
もちろん、小泉大臣はそんなこと百も承知だ。「なかなか(コメの)不足感ありますから、具体的な新たな取り組みをしなければならないということで、もう減反をやめるんだと」。
20日夜に森山裕幹事長から農水相ポストの打診を受けたさいも「この局面で大事なことは組織・団体に忖度しない判断をすることだと思うが、それでいいですか」と念を押したほどである。(次ページに続く)
小泉大臣の“好かれたい病”と意志薄弱を森山幹事長は見抜いている
だが、小泉大臣に根本的な農政改革ができるとは、どうしても思えない。既得権益の破壊者であろうとすれば、嫌われる覚悟が必要だ。
小泉氏が党農林部会長を務めていた時期(2015年10月~17年8月)に主導したのは農政改革というより「農協改革」だった。「JA全中が経営指導で地域ごとの農協を縛る権限をなくし、個々の農協、農家の創意工夫を伸ばす環境に変える」。そんな目標を掲げて農協組織に切り込もうとしたが、JA全中は全国の組合員を動員して自民党に圧力をかけた。農水族議員が抵抗勢力となり、党内対立が激化した。
このため、混乱をおさめるべく、二階俊博氏や森山裕氏ら一部の自民党幹部が調停に入った。いかにも自民党的な解決の仕方を小泉氏は受け入れた。そして、JA全中の改革は骨抜きとなった。そこには、“好かれたい病”にとりつかれた小泉氏のすました顔があった。
今後、もし小泉大臣が減反政策の完全廃止にまで踏み込む強い姿勢を見せたら、どうなるか。むろん、農協と農水族議員が抵抗し、大騒ぎになるだろう。
実質的な減反が今も継続されていることによって得ている“利権”を失えば、確実に農協の弱体化がはじまる。それは、農協の集票力や資金力をあてにしている農水族議員と、天下り先を確保したい農水省にとって、絶対に阻止したいことに違いない。
そのさい、小泉大臣が腰砕けにならず、改革を遂行できるかと考えた時、また10年前と同じように、森山幹事長ら大物農水族議員の口車に乗って、「玉虫色決着」で妥協してしまうのではないかと懐疑的になってしまうのだ。
森山幹事長は、瀬戸際における小泉氏のひ弱さを計算したうえで、農相就任を要請したのであろう。(次ページに続く)
コメの生産量・供給量をいかに増やすかが本質
農政改革に対する姿勢で石破首相と森山幹事長は“同床異夢”である。それでも、小泉氏を新たな農水相とし、備蓄米の価格を随意契約で劇的に下げるという一点突破の戦略で意見が一致した。
その戦略は今のところ、みごとに当たったといえる。「5キロ2160円」の備蓄米が店頭に並ぶことで、参院選に好影響が出るだろうと期待する声が自民党内に広がっている。テレビや新聞などオールドメディアが概ね、好意的かつ大々的に小泉大臣の言動を報じているからだ。
農水族の論理に染まっていた江藤前大臣との対比も、小泉新大臣への期待感を高めている。石破首相は、小泉パフォーマンスが起死回生の一打となり、参院選を上手く乗り越えることができるよう願っているだろう。
全体のコメ価格が今後どうなっていくかは不透明だが、6月に「5キロ2160円」の備蓄米がスーパーの一角に並ぶ風景を繰り返し流し、それを石破政権の功績と印象づけるオールドメディアの報じ方だけは予想できる。
そうなったとき、今一度、有権者が自民党農政の“ひずみ”を見つめる冷静さを取り戻せるかどうかによって、参院選の行方は左右されるだろう。目先の成功に惑わされ、本質を見失うことだけは避けたいものである。
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image by: 小泉進次郎 公式Facebook