世界で競争が進む人型ロボット(ヒューマノイド)の開発。米中をはじめ各国のメーカーがしのぎを削る現状を、識者はどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著名エンジニアの中島聡さんが、ヒューマノイドを巡るイーロン・マスクの発言を取り上げつつ、人型ロボットがごく近い未来に人類にもたらす大きな変化を予測。さらにその開発に関して注目すべき日本企業の社名を挙げています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:人型ロボット(ヒューマノイド)が社会にもたらすインパクト
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
人型ロボット(ヒューマノイド)が社会にもたらすインパクト
先日、X上でのElon Muskの発言が目に留まりました。
He doesn’t understand how hard it is to scale up production and that making prototypes is trivial compared to the immense pain of volume manufacturing. There is no Hollywood movie about this fundamental truth.
But he is not wrong longer term. 20 years max.
— Elon Musk (@elonmusk) August 25, 2025
David Scott Pattersonという人が書いた、「2030年までには、全ての仕事がAIとロボットにより置き換えられるだろう」とするX上での発言に対する反論です。
Patterson氏の発言は、以下のようなロジックに基づくものです。
- 現時点で米国には1.7億人の労働者がいる
- そのうち、サービス業を含めた肉体労働者は約8,000万人。
- 計算上、一日24時間働ける人間のように働けるロボットが、2,000万台あれば、それらの職を置き換えることが出来る。
- 米国では、毎年1,600万台の自動車が販売されている。
- 自動車は、ヒューマノイドと比べて約20倍の大きさ・重さである。
- そこから計算すると、年間3億2,000万台のヒューマノイドが製造・販売されても不思議はない
これに対して、Elon Muskは、ヒューマノイドを大量生産することは簡単ではなく、2030年まで、という短い期間にヒューマノイドが人間の仕事を奪う可能性に関しては否定的ですが、「長くても20年以内には起こる」と指摘しています。
Elon Muskは、以前から、「Teslaが最も力を入れて作っているのは、大量生産のための製造プロセス」と宣言し、ヒューマノイドに関しても「プロトタイプを作るのは簡単だけど、大量生産は簡単ではない」と主張し続けています。
ヒューマノイド・ビジネスに関して、最終的にTeslaが圧倒的なシェアを持つ会社になるのか、中国ベンチャーやFigureとの住み分けになるのかを予想するのは簡単ではありません。
しかし、一つだけ確実に言えることは、ヒューマノイドの性能が今後10年間で大きく進歩し、人間の代わりに様々な肉体労働をすることが可能になることです。同時に、大量生産と競争原理により値段が下がり、小型自動車よりも安価な値段でヒューマノイドを入手することが可能になります。
ChatGPTの誕生が大きな驚きと共に世の中に受け入れられたのと同じような現象が、ヒューマノイドロボットに関しても、5年以内に起きると思って間違いないと私は思います。
この記事の著者・中島聡さんのメルマガ
最初は工場・倉庫・配送センターなど、閉じた場所でヒューマノイドが働くのが当たり前になり、それが工事現場やレストランなどのサービス産業に広がり、家庭にも入ってくることは当たり前になります。先進国における、建設業や介護業などの人手不足を、ヒューマノイドが補うようになります。
こんなSF小説のような時代が、わずか10~20年の間にやってこようとしているのです。
Patterson氏は「End State 2030」というウェブサイトを公開しており、そこで、
- 2030年までに画期的な技術は出尽くす。
- 2040年には新発明はゼロとなり、既存技術の利用と微調整だけになる。
のような議論を展開している人です。全く同意できない議論ですが、参考までに紹介します。
ちなみに、一時は盛んだったヒューマノイドの開発が日本で下火になってしまっている理由に関しては、元SCHAFT(Googleに買収されて後に消滅した東大発のロボット・ベンチャー)の研究者、小倉崇さんの記事とYouTubeインタビューが公開されているので、紹介します。
● なぜ日本からヒューマノイドロボットスタートアップが生まれないのか
● 【300万円のロボット=人件費15年分】元Google・トヨタのロボ開発者 小倉崇/工場労働者がすべてヒト型ロボになる/なぜ日本にヒューマノイドの成功企業がないのか
ひとことで言えば、長かった「冬の時代」の失敗体験によるダメージに加えて、ハイリスクなベンチャー企業に大量の資金を提供できる「リスクマネー不足」に尽きるという話です。
そんな中で、上のYouTubeでも少し触れている川崎重工が掲げている、パーソナルモビリティ「CORLEO」のビジョンは(ヒューマノイドではありませんが)素晴らしいと思います。優秀なエンジニアはこんなビジョンに憧れて、働く場所を選ぶのです。
川崎重工は、ヒューマノイドを作っている数少ない日本企業の一つでもあるので、今後の動きに注目したいと思います。
(本記事は『週刊 Life is beautiful』2025年9月2日号の一部抜粋です。「AI時代のソフトウェア・エンジニアリング」や「私の目に止まった記事(中島氏によるニュース解説)」、読者質問コーナー(今週は16名の質問に回答)などメルマガ全文はご購読のうえお楽しみください。初月無料です ※メルマガ全体 約2万字)
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