高市こそが「男性に媚びを売り出世した女性首相」そのもの
山尾は、高市を「女性をことさら強調することなく」国家の土台を論じ鍛錬してきた政治家であり、「その延長線上で選ばれた『全国民のための総理』がたまたま女性であった」と述べる。
そして、高市に対する「媚を売るな」という批判を「女性蔑視の常套句」「職業人を侮辱する態度」と反論するのだ。
高市は男系男子に固執して「男の血が尊い、女の血は卑しい」という感覚をばらまくことで支持されている人間だ。「男性に媚びを売ることで出世した女性首相」そのものではないか。
トランプ大統領に媚びに媚びて、日本の属国ぶりを示した姿だって、その構図がわからないはずはないと思うのだが、どうしてしまったのか。
「媚び」という言葉の意味を誤解しているのだろうか。それとも、わざと「女性が男性に対して媚びる」というニュアンスに狭めているのか?
「媚び」は、表情、言葉づかい、服装など色仕掛けを含む意味ばかりではない。「媚びへつらう」「おもねる」「おべっかを使う」という言葉に直せば、男性が男性に対して行うことも、女性が女性に対して行うこともあるとすぐわかる。
日本人の場合は、個人が世間に対して見せる態度の1つであったりもするだろう。
自分が高市に媚びるあまり、「女性首相を甘やかす」という女性蔑視にはまり込む、そんな人間が続々と現れている。
女性を盾にした右翼言説の量産
だいたい、女性ばかり集めて、全員に高市礼賛の原稿を書かせるという「月刊Hanada」の編集方針そのものが、女性を利用して高市礼賛を演出し、売り上げを伸ばそうという魂胆丸見えである。
女性という属性をゴリ押ししているのだから、「素晴らしい首相が、たまたま女性だった」というニュアンスとは正反対だ。
私から見えている「月刊Hanada」は、次の通り。
- 女性論者を束で並べて「女性の総意、ここにあり!」と偽装
- 批判する者は「女性蔑視だ」と返して口封じすれば済む
- 強烈な極右言説でも、女性が言えば叩かれにくい
- 男尊女卑の政策だって、女性が言えば「女性差別」にならない
- 「勇ましい愛国女性」をチヤホヤしとけば責任とらずに済むから気楽
女性を盾にして、なんでもありの権力礼賛を作り上げてしまおうという構図だ。「女性首相を守れ!」という空気さえ作れば、批判は簡単に封じられる。そのためには、「女性による勇ましい言説」が欲しいのだ。
テレビでは、ジャーナリストの福島香織がこの役割を演じている。
ABCテレビ「教えて!ニュースライブ 正義のミカタ」に出演した福島は、高市の台湾有事答弁について「よくぞ言ってくれた」「日本側からレッドラインを引いた。これ今までにない日本の外交」「はじめてアメリカ追従ではなく、中国忖度でない、日本が日本の国益に立って日本の立場を日本の総理自身の言葉で国際発信できるリーダーが誕生した」「習近平が(アメリカに)泣きついたっていうのは、物凄い恥ずかしいことじゃないですか」などと発言したという(デイリー2025.11.29)。
核も持たずに中国に対して「レッドラインを引いた」など、とにかく勇ましくいくべきだというネトウヨ的熱狂を体現していてヤバすぎる。
習近平がアメリカに泣きついているわけがないだろう。トップ会談には、二国の関係、周辺国への牽制、国内へのプロパガンダなどいろんな意味が含まれていて、そんな単純な「勝ち負け」の問題ではない。
福島は「スゴイ日本でありたい!」という願望がすごすぎて、事実を幼稚なまでに捻じ曲げている。そんな言説を地上波テレビでぶちまけることが許されているのだから、女性を利用した権力礼賛づくりも相当危険なレベルにまで達していると言える。









