小林よしのり氏が警告。中道の負けっぷりが証明した「理想を語ることが偽善」という我が国の危険

 

「男女平等」ではなく「男女公平」でなければならない世の中

わしは31年前の『差別論スペシャル』で、「結果平等」の社会は人間を腐れさせると描いた。

人間社会には競争があり、トップが出ればビリが出るものだ。ただしそれは「機会平等」、すなわち同じスタートラインに立ち、「よーいどん!」で走り出した結果でなければならない。

ところが被差別部落や朝鮮系の人は、その「機会」が均等に与えられていない場合がある。スタートラインが初めから後ろにあるようなものなのだ。

女性もこれと同じで、男に比べて人生の中で何度も何度もスタートラインを後ろに下げられてしまっている。だからこそ、結果平等を目指す「男女平等」ではなく、機会を公平にする「男女公平」でなければならないとわしは言っているのだ。

スタートラインを後ろに引き下げられている女性が、男に勝とう、あるいは同等に働こうとしたら、男よりもずっと力を発揮しなければいけない。女はその理不尽さを常に感じながら生きていかなければならないのに、男の方はそんなことには気づいてもいない。それでルサンチマンを抱え込んでしまう女もいれば、キャリアを諦めて家庭に入った方がいいという女も出てくるわけである。

今でこそこう言ってるわしだって、昔はそんなことなど全然意識してないバカチンだった。

男尊女卑の九州の風土の中で育てられてしまったから、子供の時から男は掃除なんかしなくていい、ご飯も作ってよそってくれる、他人の女でもお酌してくれる、何でも全部女がやってくれて、男は王様みたいな状態で、それが当たり前になってしまっていたから、女性にどれだけハンディがあるかというのが見えなくなっていたのだ。

それがようやく今頃になって見えてきたのは、脳溢血をやってしまって左手と左顔面がずっと痺れているからだ。

朝起きるたびに、すぐ体の痺れを意識しなければならない。これさえなければわしはめちゃくちゃ強いぞと思うのだけれど、常に不快だし、もどかしい。若い時にこんなハンディを抱えていたら、わしは成功していなかっただろう。

だから身障者の人は本当にすごいなと思う。もう日常がもどかしくてたまらないんじゃないかと思う。

女性は男に比べれば、骨格まで全部が弱くできているのだから、そのままで男女平等ということはありえない。完全に男が上になって、そのまま日々を送るということになってしまうのだ。

でも、本当は「男女公平」でなければいけない。それは男の方が、最初から女には圧倒的にハンディがあるということを認めて、それを労わるところからスタートするしかないのだ。

それは高市早苗に対しても同じで、女だからずっと乗り越えてきたものがあったのだろう、大変だったねと、思ってやる気持ちは必要だろう。

だが高市早苗の場合は、男尊女卑社会に迎合して生きてきて、男尊女卑社会だからこそ勝ってきた人間だ。男尊女卑社会の方が自分には有利だから、これを改善しようなんてことは全く考えない。他の女性のことなんか一切気にもしていない。自分のことしか考えていないのだ。

女性にもいろいろいて、ものすごく生理が軽い人もいれば、めちゃくちゃ重い人もいる。生理の前ぐらいになると、すごく体調がおかしくなって、気分が安定せず、不機嫌になる人もいる。全く人によるものだ。

さらには、歳をとって生理が終わってしまったら、逆に楽になってものすごく元気になる女もいる。高市早苗もそのタイプなのか、とにかく元気だが、元気なバカほど手に負えないものはない。もう少し頭がいいかと思っていたが、あそこまで完全にバカだとは予想外だった。

この記事の著者・小林よしのりさんのメルマガ

購読はこちら

print
いま読まれてます

  • 小林よしのり氏が警告。中道の負けっぷりが証明した「理想を語ることが偽善」という我が国の危険
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け