憲法9条についても、政府は一貫して「専守防衛のための必要最小限度の実力」は保持できるという立場を取ってきました。しかし一方で、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母など、「専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる攻撃的兵器」の保有は許されない、という一線を固く守ってきました。
ところが、第二次安倍政権以降、その一線がどんどん後退し、防衛装備の海外移転については、ついに5類型の撤廃にまで至ったということは大いに問題だと思います。「専守防衛のために必要最小限の防衛産業を維持すること」と、「殺傷能力のある武器を海外に売ることで防衛産業を成長させること」は同じではありません。また、前者が後者の言い訳になるわけでもありません。
政府は、防衛装備の海外移転について、紛争当事国への移転は禁止し、輸出先や最終需要者を審査し、目的外使用や第三国移転についても原則として日本政府の事前同意を求める仕組みにしています。しかし、一度海外に渡った兵器が、どのような場で誰に対して使われるのかを、日本政府が完全にコントロールできるわけではありません。
また、米国の第二次トランプ政権以降、世界秩序は大きく変遷しており、今日の友好国が10年後も友好国である保証はありません。政権交代やクーデターもあります。第三国への移転は容易に起こり得ます。そして何より、日本製の兵器によって外国の市民が命を失う可能性を完全に排除することはできません。それどころか、日本製兵器が敵対国に渡った場合には、自国が生産した兵器で、自国や自国民が攻撃される事態すら起こり得ます。ここに、普通の輸出産業とは決定的に違う防衛産業の特殊性があります。
高市政権では、防衛産業を「成長産業」と位置付けていますが、そうなると、国からお墨付きを得た形で、企業の参入が増えることが予想されます。実際、前述の通り、テラドローンのような新興企業の参入や、楽天のような異業種からの参入が相次いでいます。企業活動においては、当然ながら売上や利益が追求され、株主からは成長も期待されます。防衛事業が大きくなれば、工場を稼働させ、雇用を維持し、研究開発費を回収するために、より大きな市場が必要になります。国内需要だけでは足りずに海外市場を求め、その結果、「自国の安全保障のために必要だから作る」から、「事業を成長させるために海外に売る」へと目的と手段が逆転する危険性があります。そして最終的には、事業の存続や成長のために、世界のどこかで戦争が絶えず起きることを願うようになります。英国や米国は、まさにそのために特殊工作部隊を使って、世界中に戦争の火種を仕掛け続けてきた歴史を持つ国です。
日本が防衛産業を維持することに国防上やむを得ざる理由があるのは前述の通り理解しています。しかし、それはあくまで専守防衛のためであり、いかなる事情があろうとも、戦争をビジネスチャンスと捉えて世界市場に武器を売る「軍需産業国家」を目指すべきではなく、ここには明確な一線を引く必要があります。以前にも引用しましたが、宮澤喜一元首相が外相だった時代に「我が国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれていない」と発言しています。日本の経済事情が当時とは様変わりしたとはいえ、今でも尊重すべき重い発言だと思います。亀井氏と古賀氏の対談にもあったように、戦争に巻き込まれない国の維持は、理屈で収まる話ではないのです。
日本製防衛装備品の海外移転に関しては、やはり5類型による縛りは残しておかねばなりません。救助用ドローン、無人輸送システム、サイバー防御、衛星監視、通信、地雷・機雷の除去、避難設備、救急医療、インフラ復旧といった、人命救助に資するいわゆる「デュアルユース技術」の平和利用に役立つ範囲に限定すべきです。やはり「歯止め」は重要で、これをひとたび緩め始めると、最後は何でもありになってしまいます。
戦後日本が積み上げてきた「平和国家」というブランドは、数字には表れにくいものですが貴重な国家資産です。その背後には、アフガニスタンで平和活動に尽力した中村哲氏や、国連難民高等弁務官として活躍した緒方貞子氏など、多くの日本人のたゆまぬ努力がありました。安全保障環境が厳しくなったからこそ、自国を守る力を強化する必要があるのはやむを得ません。しかし、それと「武器を海外に売って稼ぐ国になること」は別問題です。
憲法9条を大切にしてきた日本だからこそ、世界の防衛産業とはまったく違うモデルを作ることができるのではないでしょうか。日本成長戦略に防衛産業を位置付けるのであれば、同じく17分野の1つとして掲げている「防災・国土強靱化」と密接に関連付けて予算も統合し、「人を殺す技術」ではなく「人を戦争や災害から守る技術」で世界に貢献するというような国家戦略を掲げてもらいたいものです。
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