AI時代に“人間が取り戻すべきもの”、それは「身体」と「ホームベース」だ

 

3.子供は「昔の大人」だった

面白い話があった。

「AIの最大の欠点は何か」と子供に聞くと、小学生は即座に答えられるそうだ。

「体がないこと」。

刺されば痛い、熱ければ熱い。そういう体験がAIにはない。だから一緒に遊べない、かわいそうだ、と感じる。

これを聞いて、思わず膝を打った。

子供は、頭で考える前に、身体で世界を理解している。

痛みも、喜びも、疲れも、まず身体を通して知る。それはまさに、僕が施術で日々向き合っている感覚そのものではないか。

一方で大人はどうだろう。

AIとのやり取りに心地よさを感じ、まるで恋人のように言葉を交わす人もいる。しかしAIは、気持ちよくなっているわけではない。

確率的に「気持ちよさそうな言葉」を並べているだけなのだ。

それに騙されてしまうのは、決してその人の育ちが悪いからではなく、僕たちの多くが「小学生の頃には持っていたはずの生活の形」を、いつの間にか失ってしまったからなのだと思う。

子供は、実は「昔の大人」なのだ。

かつての大人は、もっと身体を使い、言葉ではどうにもならないことを、身体を通じて学んでいた。今の僕たちは、逆に大人が子供へと・・・いや、劣化していると言った方が正確かもしれない。

4.ホームベースが消えていく

昔は、生活の場としての「ホームベース」と、競争の場としての「バトルフィールド」がはっきり分かれていたそうだ。

バトルフィールドで一生懸命戦い、稼いだら、ホームベースに帰ってくる。

おじいちゃん、おばあちゃんがいて、近所の商店の人と顔と名前で呼び合い、雑談が生まれる。そういう温かい場所が、確かにあった。

けれど一九八〇年代あたりから、先進国のあちこちでこのホームベースが静かに消え始めた。

今では、隣に住んでいる人の顔すら知らない、というのが当たり前になっている。バトルフィールドしかない社会は、実りが無くなっていく。

効率よく計算をこなせる者が勝つ、まるでプログラムのような世界。しかしそういう人間は、いくらでも取り替えがきいてしまう。「自分でなくてもいい」という感覚が、静かに人の心をむしばんでいく。

僕がこの仕事を続けてきた理由の一つも、実はここにある。

施術室というのは、強制的に静寂が生まれる場所だ。

スマートフォンを置き、日常の雑音から離れ、ただ自分とクライアントの身体に意識を向ける。

そこでようやく、多くの方が「ああ、自分は今、生きているんだ」と実感される。施術とは、消えかけたホームベースの記憶を、身体を通してもう一度呼び覚ます行為なのかもしれない。

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