銀座はなぜ「買い物天国」と言われるのか? 写真で比べる銀座の変遷

2017.03.29
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銀座といえば「お買い物」。有名ブランド店や高級デパートが立ち並ぶ銀座は、街を歩くだけで気分がワクワクしますよね。銀座はかつて尾張町と呼ばれ、江戸時代からたくさんの呉服屋が立ち並ぶ買い物天国の街でした。この街は今も昔も、訪れる人をワクワクさせ、街全体で買い物客の「おもてなし」をしてきたんです。それにしても、なぜ銀座は人々をここまで惹き付けるのでしょうか? 前回、好評を博した「写真で銀座の変遷を追う」シリーズの続編として、今回は、買い物天国としての銀座の変遷を探ってみたいと思います。

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尾張町「江戸名所図会 7巻」より

銀座は歩道が広くてストレスが少ない

銀座の街を歩いてて気づくことは、ガードレールが少なく歩道が広いこと。銀座の中央通りの歩道は6.25メートルもあり、買い物客に優しい街なんです。銀座の街は明治5年(1872年)に「銀座大火」に見舞われ、一円が焼失するという大きな被害を出しました。しかしその直後、明治政府は国家予算の1/27という巨費を投じ、銀座を燃えにくい煉瓦作りの街に変えたのです。この時、道路と歩道部分が拡幅され、それまでの2倍の広さになったんだとか。多くの買い物客がすれ違う歩道でも、ゆったりと歩けるのはこういう過去があったんですね。そして1970年には土日限定で「歩行者天国」が始まりました。

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昭和35(1960)年頃の銀座通り。今はメルサとなっているハートゲームセンター前から  photo:Chuo City Kyobashi Library

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2017年の現在のメルサ前から京橋を臨む。銀座通りの広さは車道と合わせて27メートルもある

銀座をぶらぶら歩く銀ブラには諸説あり?

銀座といえば銀座をぶらぶら歩く、通称「銀ブラ」。最近は銀座でブラジルコーヒーを飲むという説も出てきましたが、いずれにせよ銀座の街がいかに昔から愛されていることがわかりますね。そんな銀ブラを楽しむ人々に愛されていたもののひとつに「柳」があります。銀座の柳は多くの文学作品や歌謡曲に登場し、銀座のシンボルと言われていました。銀座の街が大火や戦火で消失する度に有志によって植えられてきた街路樹の柳。その後、東京オリンピック前後の都市整備時に撤去されましたが、今も銀座には「銀座柳通り」があるように、人々が行き来する「通り」にこだわりのある街として知られています。 

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昭和初期の銀座6丁目から和光方面を臨んで。日本的な柳が映える銀座の街並み。 photo:Chuo City Kyobashi Library

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上と写真と同じ場所から(2017年)。歩道は整備され歩きやすく

銀座は建物に統一感がある

そういえば銀座の中心に超高層ビルがないことにお気づきでしょうか? 銀座の建物は、大正8年(1919年)の市街地建築物法により、最高の高さが31メートルに制限されました。現在の4丁目交差点付近の建物がほぼ同じ高さで揃っているのはこのためなんです。その後、新「銀座ルール」により、髙さ56メートル(+工作物10メートル)までに改変されましたが、解放感があるのは変わりません。銀座の街が整然とした雰囲気を出しているのはこの統一があるためなんですね。伝統と調和した美しい街並みに入ると、なんだか身が引き締まります。

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昭和37(1962)年の銀座4丁目交差点。都電の電線が頭上を覆う photo:Chuo City Kyobashi Library

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高さ31メートル時代の建物が多い銀座4丁目交差点から有楽町方面を臨んで

銀座は景観にもこだわっている

かつての銀座の街にもガス灯や電線があり、路面電車が走っていたことをご存知でしょうか? 都電銀座線が廃止された昭和42年(1967年)、それまで銀座の空を覆っていた電線、電話線などを地下の共同溝に移しました。上下水道、ガスなども含む共同溝は、銀座通りを銀座1丁目から8丁目までの歩道に深さ2m、幅2.8m、長さ1760mとなる大規模なもので、その上に御影石が敷かれ、現在、私たちが歩いている歩道となりました。銀座の街を歩いていてどこかヨーロッパの街のような解放感があるのは、景観にもこだわっているからなんですね。銀座でお買い物したい! と思うのは、こんなところがポイントなのかもしれません。

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明治時代の銀座3丁目ガス灯通り。ガス灯復元完成記念 -東京・名勝銀座通り- photo:Chuo City Kyobashi Library

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昭和初期の松屋銀座前。

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2017年の銀座3丁目交差点。かつてのガス灯はなくなり、LEDの街灯に

銀座のショーウィンドウは、もはや芸術

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2011年5月に松屋銀座の外壁を飾った「ENJOY SUMMER collaborated with LIBERTY ART FABRICS」

銀座は眺めるだけで楽しい街。その街歩きを楽しくしているのが、ショーウィンドウ。買い物客の目を奪う銀座のウィンドウディスプレイはもはや芸術とも言われています。銀座にショーウィンドウができたのは明治3年(1870年)頃で、文明開化とともに西洋からいち早く大きなガラス板を輸入し、百貨店の壁にはめ込んだショーウィンドウが設けられました。国内ではまだ珍しかったガラス張りの装飾空間に多くの日本人が驚いたことは想像に難くないですね。

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銀座通りから見た昭和初期の松屋銀座。当時日本一と言われた大きなショーウィンドウが印象的 photo:Chuo City Kyobashi Library

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この写真、実はショーウィンドウに飾られたマネキンなんです。大正15年(1926年)に松屋銀座に飾られたもので、花嫁衣裳をまとい、当時珍しかった自動車でお嫁入りするマネキンでした。“生き人形”と呼ばれたこの人形は、和装マネキンの先駆けとなり、これ見たさにわざわざ松屋を訪れる方もいたとか。戦後GHQに接収され、松屋がPX(Post Exchange)となった時、地下に格納されていた生き人形に、進駐軍の人々がたいそう驚いたという逸話も。

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平成21年(2009年)のChristmas Stars 2009

2009年のスワロフスキーエレメントの豪華なクリスマス展示(Christmas Stars 2009)は銀座にさらなる華やぎを与え、話題となりました。毎年銀座では、クリスマス時期の全域の店舗を対象に「銀座ディスプレイコンテスト」を開催しています。ショーウィンドウに日本一こだわる銀座ならではのイベントですね。

銀座はビルそのものが美しい

銀座の街並みをラグジュアリーに見せているのが、建物の装飾豊かなファサードではないでしょうか。現在、再開発が相次ぐ銀座通りの建物は、ガラスのファサードが多く、ビルそのものがキャンバスとなってブランドや商品のイメージを語るように変化しています。

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大正14年(1925年)の松屋銀座店が開店した時のエクステリア

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壁面を飾った平成21年(2009年)の Christmas Stars 2009

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平成27年(2015年)に外壁一面を「ミッフィーの顔」にした大胆なデザインが話題を呼んだ

外から見て楽しく、近づいてショーウィンドウを見て驚き、そして一歩店内に入るとその世界観に包まれるといったスケール感の大きなディスプレイが特徴的。お買い物をしながら、大好きなブランドの世界観にまで入り込むことができるとはなんとも素敵ですね。

夢を売る銀座の百貨店

銀座で買い物と言えばやはり百貨店。銀座は最先端のモノと商人が集まる日本一の商業都市で、言わば日本人の消費を見守ってきた街でもあります。その中でも百貨店の中央ホールは、買い物にやってきたお客様に夢を与える場として、各店舗ともに特に趣向を凝らしたイベントを開催してきました。

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2010年には、天井から逆さまにつり下げた15メートルの「逆さツリー」が話題に。

大正14年(1925年)に完成した百貨店・松屋銀座は、天井まで吹き抜けの中央ホール、スペース・オブ・ギンザ(SOG)を設置し、イベントごとにデザイン性に富んだ展示を行っています。その中でも画期的だったイベントをいくつか紹介します。

東洋一の「空中エスカレーター」

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昭和31年(1956年)、中央ホールの脇に設置された空中エスカレーター、通称「スカイリボン」。総ガラス張りの手すりが特徴的で、まるで空中を昇っているかのような新感覚のエスカレーターとして人気に。出来た当時は東洋一とも言われました。

昭和の初期に女性の水着ファッションショーを開催

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日本で初めて「ファッションショー」が開催されたのが昭和2年(1927年)とされています。松屋銀座では、そのわずか4年後の昭和6年(1931年)に初めて女性水着のファッションショーを行いました。それにしても当時の女性の服装はまだ和装中心戦前の女性向けに、これほど華やかなイベントがあった事実だけでも、本当に驚きです。

梅雨に傘が咲き乱れる名物催事『百傘会(ひゃくさんかい)』

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昭和初期から毎年スペース・オブ・ギンザで梅雨時に開催される名物催事『百傘会(ひゃくさんかい)』。吹き抜けの空間に色とりどりの傘が飾られ、雨の日の買い物客の気持ちを浮き立たせています。

車や飛行機もまるごと売った「レジャーABC大作戦」

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創業100周年の昭和44年(1969年)には、当時の総工費600万円をかけ、ホール空間いっぱいにレジャー時代の幕開けを表現するイベントを開催。空間造形シリーズ「くらしの未来学 レジャーABC大作戦」と題されたこのイベントでは、A=AIR PLANE、B=BOAT、C=CARをまるごと展示したこともあったそうです。もちろんそれぞれ買い求めにも応じたとのこと。松屋銀座のスケールを感じさせる驚愕のイベントですね。

創業150周年に向けて新しいスペース・オブ・ギンザの演出

現在、SOGは改装中。まもなく装いも新たにオープンするそうです。そこはまたファッション、文化、テクノロジーと様々な分野に目配せをした未知なる体験へと、誘ってくれることでしょう。その興奮を、百貨店内だけでなく、街からも大きなうねりとなって感じられるのが銀座の素晴らしいところ。

今回わかったことは、銀座は街そのものが、まるでアートだということ。それゆえ単なるお買い物なのに、どこか特別な空間に招待されたスペシャル感すら感じます。独創的でありながら伝統のある街、高級な品位を保ちながら感性も高く、そして安心・安全に買い物が楽しめる街。これまであまり意識しなかった方は、次に銀座を訪れた時にこの「銀座らしさ」をぜひ感じ取って下さい。何気なく歩いていた街がきっと愛おしく見えますから。

そんな銀座を90年以上見守ってきた松屋銀座は、1869年(明治2年)創業から、もうすぐ150周年を迎えようとしています。お買い物のワクワクを常に演出し続ける銀座に、松屋銀座の新たなるSOGがどんな演出を加えてくれるのか、楽しみですね。

文/関口裕子

PR:松屋銀座

写真協力:Chuo City Kyobashi Library

【関連記事】銀座の街を、90年前と現在の写真で比較してわかったこと。

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