銀座の街を、90年前と現在の写真で比較してわかったこと。

2016.12.05
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by sakky(まぐまぐ編集部)
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銀座といえば、子どもにも大人にも、男性にとっても女性にとっても、今も昔も変わることなく魅力的な街。江戸・明治からの流れを汲む「粋でモダンな街」であり、昼間は「ファッションとカルチャーの街」、夜には「洗練されたオトナの街」に様変わりし、そして外国人観光客には「世界のGINZA」として知られるなど、誰もがワクワクする「日本一の街」と言っていいでしょう。そんな様々な顔を持つ銀座の街ですが、昔と今ではどれほど変わったのでしょうか? 古くは戦前から残された古い写真と現在の写真を見比べて、銀座の街が人を惹き付ける秘密を探ってみたいと思います。

銀座の交差点

大正15年〜昭和初期頃。銀座4丁目より松屋を望む

大正15年〜昭和初期頃。銀座四丁目より松屋を望む

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2016年の四丁目交差点

古い写真は大正の終わりから昭和初期頃のもの。銀座四丁目にある服部時計店(現・和光)の時計台から松屋銀座方面を撮影したものと思われます。火事と喧嘩は江戸の華といいますが、火事対策のため、銀座はいち早く煉瓦を核にしたビルディングが立ち並ぶ街になりました。その後、関東大震災、第二次世界大戦と壊滅的な被害を受けるたび、銀座は蘇り、時代を常にリードする商業地として栄えてきました。銀座には100年以上続く老舗も多く存在しますが、常に新しいものを取り入れながら発展してきたともいえます。

銀座のビル

大正14年(1925年)。開店当時の松屋銀座

大正14年(1925年)。開店当時の松屋銀座

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2016年の松屋銀座

1925年にしてモダンな建物が見える銀座の街並み。昭和に入ると和光や松屋銀座などルネッサンス様式のビルが建ち並ぶ銀座通りには、まるで異国にいるような錯覚を覚えたそうです。現在は、ファサードに特徴のあるビルが多いこの地区。クリスチャンディオールの入る中央ビル、アップルストアが入るサヱグサ本館ビル、ブルガリが入る第一三共銀座ビルなどのようなガラスで覆った白っぽいファサード、透かし彫りのようなGINZA PLACEのファサード、東急プラザ銀座の切子のようなファサードなど建築を見ているだけでも楽しい銀座です。

銀座のモダンガール

1928年、ビーチファンションのまま銀座を闊歩するモダンガール

昭和3年(1928年)頃、ビーチファッションのまま銀座を闊歩するモダンガール(ウィキペディアより)

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2012年、GINZA RUNWAYにて

古い写真は、昭和初期の銀座で撮られたモダンガール、略して「モガ」。当時、西洋文化の影響を受けた若者たちが新しい風俗や流行を積極的に取り入れ、断髪・洋装などのスタイルの女性たちはモガと呼ばれていました。それにしても戦前の女性たちがこんなにオシャレしていたなんて驚きですね。銀座は今も昔も、流行やファッションの最先端を発信する街でもあるんです。

銀座の人々

昭和5年(1930年)頃

昭和5年(1930年)頃

2016年の和光前

昭和初期の百貨店で買い物をしている客の様子。写真に映るのはカンカン帽を被った紳士たち。夏のカンカン帽、冬の山高帽や中折れ帽と、帽子(ハット)は銀座の紳士の必須アイテムだったのです。まだまだ和装の方も多い時代。銀座の街にはすでに洋装の紳士、淑女がたくさん闊歩していたわけです。今ももちろんですが、銀座はファッションに敏感な人々が集まる街。洋風な外観の建物が立ち並ぶなか、銀座のファッションは洋でも和でもなく、銀座という独自性を作り上げ、現在に至ります。

銀座のバス

昭和6年(1931年)頃。顧客送迎自動車

昭和6年(1931年)頃。顧客送迎自動車

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2016年。大型観光バス

大正から昭和にかけて、銀座には百貨店が相次いでオープンし、激しいサービス競争が始まります。そのひとつは顧客のための無料送迎バスの運行。この写真は松屋が運行したボンネットバス。バスのデザインも、バスガールの制服もかなりモダンで素敵です。現在この送迎サービスは行われていませんが、銀座観光のはとバスやアジアからの観光客を乗せたにぎやかな大型バスなど、様々な車両を見かけることができます。

銀座のクルマ(タクシー)

年代不明。配送車

昭和初期(詳細不明)。百貨店・松屋銀座の配送車

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2016年、新橋方面に向かうタクシー

昭和の初期、百貨店間の競争で知られていたひとつに無料配送サービスがあります。写真の車がまさにそれ。車種は日本に進出したばかりの外国車フォードだったそうです。まだ日産やトヨタが黎明期にあり、自動車は珍しかった時代、この車で遠くは日光や小田原にまで無料配送したとのこと。驚きです。銀座を走る姿より、地方のほうが人々へのインパクトは大きかったに違いありません。現在の銀座も、黒塗りのハイヤーや高級車がよく似合う場所であるのは変わりません。

銀座の屋上ゴルフ

昭和5年(1930年)頃。屋上ゴルフ練習場

昭和5年(1930年)頃。屋上ゴルフ練習場

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2016年の屋上ゴルフ練習場

今も昔も、銀座の街のど真ん中になんとゴルフ練習場があるんです。それが百貨店の屋上。上の写真は昭和初期、松屋銀座の屋上のもの。羽織袴の支配人が練習する様子を、幹部社員らが見守るといったところでしょうか。または銀座周辺の会社の重役たちが集い、ここで大きな商談がまとまったのかもしれません。現在も松屋銀座の屋上には、ゴルフ練習場があります。誰でも利用できるので、天気の良い日に屋上でゴルフを楽しんでみてはいかがでしょう。

銀座の航空写真

昭和28年(1953年)頃。銀座上空から航空写真

昭和28年(1953年)頃。銀座上空からの航空写真

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銀座上空からスカイツリー

縦横に等間隔に道路が通るすっきりした銀座の町割は、まだ整備されていない江戸に入府した徳川家康の指示により作られたものだそうです。航空写真で見ると、現在もその町割に沿って街が形成されていることがわかります。そんな歴史を大切にする銀座は、1997(平成9)年まで高さ31メートルを越える建物を建設することができませんでした。松屋銀座、和光、三越旧館の建物は、まさにその高さに該当します。大通りに面していれば、56メートルの高さまで建てられるようになりましたが、景観を守るため、52メートルを越える高さに屋上広告を出すことはできません。だから意匠を凝らした美しい銀座の屋外広告は、ビルの壁面に表現されるものが多いのかもしれませんね。

銀座の電車

昭和42年(1967年)。都電廃止前日

昭和42年(1967年)。都電廃止前日

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2016年、地下鉄銀座線

古い写真は、路面電車廃止前日の1967(昭和42)年12月8日の様子だそう。現在の交通量からすると驚いてしまいますが、それまではあの銀座通りをのんびり路面電車が走っていたわけです。多くのお客様を運んでくれた路面電車を、松屋の従業員が感謝の気持ちを込めて見送っているところでしょうか。現在は銀座線をはじめ、日比谷線、丸ノ内線、浅草線、有楽町線とさまざまな地下鉄の駅があり、とても便利な街。でもやっぱり、路面電車の走る風景には惹かれますね。

 

実は見た目は変わっても90年以上銀座にあり続けるものがあった

銀座の今昔物語、いかがだったでしょうか? 長い歴史の中で幾多のアップグレードを経ながらも、「らしさ」を失わない銀座。日本一の街に見合うものだけが淘汰され、ホンモノだけが生き残っているからこそ、今も昔も人々を魅了するのではないでしょうか?

そんな進化と変貌を遂げる銀座の中でも、90年以上も変わらずに存在し続けるものがあります。

それが1925年(大正14年)に銀座3丁目に開業した松屋銀座(当時は松屋呉服店の銀座本店)です。建物の外観は変われども、時代時代の銀座「らしさ」を継承しながら、日本一の街を見守ってきました。

1925年に銀座3丁目に銀座営業所を開業

1925年に銀座3丁目に銀座営業所を開業

戦後進駐軍により接収

戦後進駐軍により接収

1953年にモダンな外装に変身

1953年にモダンな外装に変身

1964年に増築オープンした際の松屋銀座。設計・管理は松田平田設計事務所

1964年に増築オープン。設計・管理は松田平田設計事務所

1978年のリニューアルで清々しいブルーのオーニング(日除け)が目印となった松屋銀座

1978年リニューアル。1984年には屋上ネオンとオーニング(日除け)も清々しいブルーに一新

2006年「ファッションと情報発信の松屋」を標榜しリニューアルグランドオープンした松屋銀座

2001年「ファッションと情報発信の松屋」を標榜しリニューアルグランドオープン。2006年外壁全面完成

 

松屋銀座のビルは、銀座の街がライトを灯る夕暮れ時、光で美しく発光し始めます。松屋のビルは、耐震工事とリニューアルを重ね、2006(平成18)年、外壁にLEDを埋め込んで全面改修を終えました。ハイブランドの入るビル群とも融和する現代的な容貌となりましたが、内面は1925(大正14)年のオープン時の堅牢を保っています。そして最先端の情報とデザイン(ファッション)を発信しているにも関わらず、マインドはあくまで柔らかく、常に街や周囲との調和を考えているように見受けられます。見た目は変わっても変わらないもの。それは調和することで突出する存在となった松屋銀座と、さまざまなものを受容し、変化し続ける銀座のことなのかもしれません。

そして松屋はまもなく創業150周年

銀座の地で90年を迎えた松屋銀座ですが、創業自体は1869(明治2)年、横浜石川町の鶴屋呉服店でした。1890(明治23)年に神田鍛冶屋町の今川橋松屋呉服店を買収して東京へ進出し、そして1925(大正14)年5月1日、現在の場所に銀座営業所を開業。まもなく創業150年を迎えます。長い伝統と都会的な洗練さを継承し、常に新しさを生み出しながら、銀座の街と一体化してきた松屋銀座。今後銀座に足を運んだ際は、まさに日本人の娯楽と消費を見守ってきた松屋銀座に「歴史の目撃者」として訪ねてみては?

 

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