8月6日にロシアに対して越境攻撃を行い一定の成果は得たものの、現在は劣勢に立たされていると伝えられるウクライナ軍。ゼレンスキー大統領は欧州を歴訪し各国にさらなる支援要請を訴えましたが、ウクライナにとっての戦況の好転は見込めるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、ウクライナの実情を「存亡の危機にさらされている」と推測。その上で、国家存亡の危機を脱するためゼレンスキー大統領が取るべき「戦略転換」について考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:もう後には退けないリーダーたちが作り上げる未曽有の悲劇の連鎖
欧米各国に広がるウクライナ支援への躊躇。ゼレンスキーは祖国を滅亡させるのか
「よく同時進行で複数案件を抱えて混乱しないですね?」
調停グループの専門家や各国政府の担当官の皆さんから投げかけられる見解です。
現在7つの紛争案件を同時進行で調停していますが、もし混乱しないコツがあるのだとしたら、私は個別案件を一つ一つ見るのではなく、すべての案件を“関連する案件・紛争”と見なして、それぞれのつながりと相関性を、可能な限り包括的に見て理解するようにしています(それでももちろん混乱は生じます)。
このメルマガのコラムを書く際にもそのような視点からお話しするように努めていますが、やはり触れられない内容のことも多く、フルにカバーできないために、時折バランスを欠いているとの印象を持たれるかもしれません。
紛争案件を数多く見て、そして調停官として調停に携わってみると見えてきたものは、紛争は人種の違いや宗教間の争いといった理由で起こるのではなく、領土の拡大やエネルギーや水、食料などの資源の拡大、そして権力の獲得と拡大を狙った欲に根付いた理由がまず存在することです。
宗教戦争、人種間の戦い、民族浄化といった現象と理由は、実は戦争が勃発してから“だれか”によって後付けされたものであることが多く、その背後には為政者やリーダーたちのsaving face,つまりメンツを守ることという優先順位が存在しています。
過去の案件でいえば、旧ユーゴスラビアの崩壊は、後継者を育て指名しないまま亡くなったチトー大統領の跡目を狙って、のちに分裂し、独立することになる各共和国のリーダーたちが権力争いに興じたことに起因するという分析が出来ます。
ロシア正教でスラブ系の民族が大半を占めるセルビア共和国、カトリック系のクロアチアやスロベニア、親セルビアといっていいモンテネグロ、そしてそこにムスリムを加え、クロアチア人とセルビア人が同割合で存在し、最後までその帰属が争われたボスニア・ヘルツェゴヴィナ…我先に独立して、戦いから距離を置いたモンテネグロとスロベニアは別として、クロアチアとセルビアがボスニア・ヘルツェゴヴィナの帰属を巡って戦った戦いは、いつの間にか現代最悪の民族戦争に衣替えし、今でも憎しみが尾を引く悲劇を生み出しました。
私も関わったコソボはその縮図で、これはゼルビア共和国内でセルビア系(ロシア正教)とアルバニア系(ムスリム)が争ったものと伝えられますが、これはセルビア国内の最貧の地域で、アルバニア系が大多数を占める地で分離独立を巡る争いという定義づけができます。
この案件は、勝手な分析をすれば、セルビア共和国のプライド・メンツと、抑圧されてきたアルバニア系の反感が長年の対立の末、爆発したものと見ていますが、果たして一般市民がどこまでそれを意識して戦いに加わることになったかは分かりません。
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