1997年に創業した楽天は、楽天市場・楽天ポイント・楽天カードを中心に生活のあらゆるサービスにおいて消費者を囲い込み、大きな「楽天経済圏」をつくりあげている。そして2020年には、ついに念願の携帯キャリアとなった。私はこの楽天経済圏が、今後ますます拡大していくと見ている。(『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』岩田昭男)
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消費生活評論家。1952年生まれ。早稲田大学卒業。月刊誌記者などを経て独立。クレジットカード研究歴30年。電子マネー、デビットカード、共通ポイントなどにも詳しい。著書に「Suica一人勝ちの秘密」「信用力格差社会」「O2Oの衝撃」など。
拡大する楽天経済圏
コロナ禍で航空会社や観光産業、外食産業などの多くの企業が業績悪化に苦しむ一方で、いわゆる“巣ごもり消費”の恩恵を受け、業績をアップさせている企業・業種もある。その筆頭がアマゾンや楽天などのIT企業(Eコマース企業)だ。
楽天の2020年12月期第3四半期の決算は、主にモバイル事業への先行投資が響いて赤字となったが、主力の「楽天市場」などのEコマース事業は、売上高が前年同期比で17.2%アップの1,492億円、営業利益は同0.9%増の152億円と好調だった。
Eコマース事業に欠かせない楽天カードも、営業利益が前年同期比37.5%増の115億円となっている。
楽天の創業は1997年。この年の5月に楽天市場がサービスを開始する。そのとき、三木谷浩史社長がどこまで意図していたかはわからないが、以後この楽天市場を中核とする巨大な「楽天経済圏」をつくりあげていく。
楽天経済圏という言い方が公になるのは、2006年に楽天が「楽天エコシステム(経済圏)」構想を発表してからだ。楽天は「グループ内のさまざまなサービスを有機的に結びつけ、ユーザーの回遊性を高めるビジネスモデル」ともっともらしく説明しているが、要は生活にかかわるすべてのものを楽天グループでそろえ、消費者を囲い込むということだ。
たしかにいまでは銀行から証券、保険、クレジットカードといった金融サービスはすべて網羅し、楽天イーグルス、ヴィッセル神戸といったスポーツチームを抱え、経済圏と呼ぶにふさわしい事業規模に拡大している。
2011年に1兆円を突破した楽天市場を中心としたEコマースの年間流通総額は、19年には約3兆8,000億円に達しており、会員数1億人の日本最大のEコマース企業といっていい。
私はこの楽天経済圏が、今後ますます拡大していくと見ている。ここから、その推進力となるサービスについて解説していきたい。
楽天カードと楽天ポイントの両輪
先日、ある大手企業の幹部が「新たにクレジットカードを発行するので何かいいアイデアはないか」と真顔で聞いてきた。還元率は楽天カードと同じ1%にする予定だという。宣伝のためのキャッチフレーズを「あの楽天カードと同じ1%」にしたいとも言っていた。
それを聞いて、「そこまで楽天を高く評価しているのか」と半ば感心もしたが、考えてみれば消費者の多くが楽天カードを持っており、楽天カードという言葉を入れることが消費者に対する訴求効果を高めることになるのだろうと思い至った。
このエピソードは、楽天カード、ひいては楽天がいかに大きな存在、ガリバーになりつつあるかを示している。
楽天がこれほどの存在感を示すようになった理由をあらためて考えてみると、「楽天ポイント」を柱にして事業を展開したことが大きかったのではないか。楽天経済圏を回す潤滑油として楽天ポイントがうまく機能したのだろう。しかも、女性、ことに主婦層向けに徹したことが奏功したらしい。
リーマン・ショックのころだったと思うが、日本でFXにハマる日本女性のことが、アメリカで話題になった。業者の言いなりに売り買いをしてくれる、そんな金融業者にとっていいカモがミセス・ワタナベ(日本女性)というわけだ。
楽天はミセス・ワタナベをイメージしてポイント事業を展開したのではないかと、私はひそかに思っている。ミセス・ワタナベの話の真偽はともかくとして、女性の目線で楽天ポイントの仕組みがつくられたことが、ポイント戦略の成功要因だった。
楽天ポイントのサービス開始は、創業からまだ5年ほどしか経っていない2002年だった。このことからも創業当初の楽天にとってポイントサービスが楽天市場と並んで車の両輪を成すきわめて重要な事業だったことがわかる。
Next: 持つべき楽天カードは?/西友買収、Suicaとの提携でリアル市場を拡大
ビジネスマンにおすすめは楽天プレミアムカード
ポイントサービスの開始から3年後の2005年、楽天はクレジットカード会社の国内信販を完全子会社化し、楽天カードの発行を開始する。楽天カードは信販系としてはナンバーワンのクレジットカードに成長しているが、「楽天カードマン〜♪」というテレビCMの宣伝効果は大きい。同時に、入会審査が簡単で、会員申し込みがすぐにできる手軽さも受けている。
それからこれはほとんど語られることはないが、買収(子会社に)した国内信販の幹部をカード事業の責任者に据え、それがうまくハマったことが、楽天カードが成功した最大の理由だった。
楽天カードには年会費無料の「楽天カード」の上に、年会費2,200円の「楽天ゴールドカード」、さらに年会費1万1,000円の「楽天プレミアムカード」とある。実はこれもあまり知られていないことだと思うが、楽天カードの次に登場したのはゴールドカードではなくプレミアムカードだった。
プレミアムカードにはプライオリティ・パスという特典がついていて、国内だけではなく海外の空港ラウンジが無料で利用できる。こうした高級感をウリにして発行に力を入れたものの、成績は芳しくなかった。楽天カードは年会費永久無料をうたっているのに、高級カードになった途端に年会費1万円(税別)とはいくらなんでもハードルが高すぎると会員の反発を買った。そのため発行枚数があまり伸びなかったのだ。
そこで考え出されたのが格安のゴールドカードだった。年会費をプレミアムカードよりはるかにお手頃感のある2,000円(同)に設定し、基本カードに比べてポイント還元の優位性を高めた。その結果、ゴールドカードよりもステータス感が得られてラグジュアリー(贅沢)な気持ちになれるプレミアムカードを求める人が増え、いまではゴールドカードよりもプレミアムカードのほうが人気だという。
筆者もビジネスマンにすすめるなら、プレミアムカードを選ぶ。楽天カードはたしかに年会費の負担がなくていいが、プレミアムカードは楽天市場でポイントが最大5倍になる。これはゴールドカードも同じだが、国内外の空港ラウンジが原則いつでも無料で利用できる(ゴールドカードは国内の空港ラウンジが年2回のみ無料で利用できる)。コロナ禍でいまこの特典がほとんど機能を発揮しなくなっているが、いつまでもこのままではない。持っていて損はないはずだ。
西友買収、Suicaとの提携でリアル市場を拡大
楽天カードのこうしたやり方を見ていて筆者が感じるのは、いつも一歩先を行っては失敗する会社だということだ。ただし、いろいろなことに挑戦して失敗はするけれども、しぶとくチャンスを得て成功に結びつける。そんなしたたかさを感じる。
たとえばEコマースが中心事業の楽天は、オンラインの市場だけではなく、リアル市場の開拓にも力を入れてきたが、なかなかうまくいかなかった。一時、ライバル視していたセゾンカードは西友というリアル店舗を持っている。そこで楽天はコンビニに狙いを定め当時のサークルKサンクスに目をつけた。そして首尾よくポイントサービスで提携した。ところがその矢先にサークルKサンクスはファミリーマートに買収され、ファミリーマートの基軸ポイントであるTポイントの軍門に下った。
こうしてサークルKサンクスを追われることになった楽天だったが、折からのQRコード決済ブームが思わぬ追い風になる。「楽天ペイ」がソフトバンクのペイペイに次ぐQRコード決済となって、すべてのコンビニで使えるようになった。これによってリアル市場拡大の足掛かりをつかんだ。
さらに今年の11月には米投資ファンド(KKR)と組んで、西友の株式(の85%)をウォールマートから買い取り、傘下に収めることが明らかになった。いわばリアル店舗開拓の橋頭堡(きょうとうほ)を築くとともに、ネットスーパー構想を前進させることになった。西友のポイントがセゾンの永久不滅ポイントから楽天ポイントにとって代わる可能性も出てきたのである。そうなれば、かつてのライバル、セゾンの牙城を一気に切り崩すことになり、目が離せない。
リアル市場の開拓ということでいえば、今年の5月からJR東日本と提携し、楽天ペイのアプリでSuicaを使えることになったのも大きい。これによって楽天ペイが使える店や場所がこれまでの400万に加えて、全国の鉄道の駅など交通系の電子マネーとして約94万か所で利用できるようになったのだ。
ただし、このサービスを利用できるのはアンドロイド系のスマホに限定されており、アップルと深い関係を築いて新しい展開があるのではないかと期待した筆者にすればいささか物足りず、相変わらず詰めが甘いといわざるをえない。
Next: 楽天ポイントが成功の鍵。「ポイント投資」利用者も拡大中
マネーブリッジ、ポイント投資って何?
話を元に戻すと、楽天経済圏がここまで急拡大した理由、言い換えれば楽天の成功の秘密は、楽天ポイントにあると考えている。
前述したように、ポイントは楽天カードより先に生まれていた。楽天上層部にミセス三木谷とでもいうべき主婦感覚あふれる司令官がいて、雨の日はポイントが何倍になるといったきめ細かなサービスを展開したから、いまの楽天カード、とりもなおさず楽天の隆盛がある。
楽天の場合、カードより先にポイントがあった。これは重要だ。
楽天のすべてのサービスはポイントと結びついている。たとえば、金融サービスに力を入れる楽天では、楽天証券と楽天銀行の口座を紐づけると金利が優遇される。これを「マネーブリッジ」と呼んでいる。楽天銀行の普通預金金利は年率0.02%。メガバンクは0.001%だから通常でも20倍の高金利だが、マネーブリッジに登録すれば0.1%、つまりメガバンクの100倍になる。銀行、証券間の入出金が自動となり資金の移動が簡単になるほか、株、投資信託、債券、FXなどの投資をすればポイントが付く。
楽天銀行の口座を持っていて投資をするユーザーなら、マネーブリッジは利用価値がある。楽天側から見れば、銀行口座を持っている会員に投資を促す、投資に誘導するサービスともいえる。
「楽天ポイント投資」は、たまったポイントを投資信託や株式の購入代金や手数料にあてることができるサービスで、1ポイントが1円に換算される。
セゾンにも同様のサービスがあるが、ポイント投資はシミュレーション的な性格の強いサービスである。実際に株の売買もできるが、本当に投資をしたい人ならポイントなど使わず実際のお金を使って売り買いする。そう考えると投資に興味はあるが迷っている人、そうしたグレーゾーンにいるユーザーたちを楽天証券を使った投資に誘導する窓口・手段と考えればいいだろう。
楽天SPUは“楽天いのち”の人にオススメ
とにかく楽天の根っこにはポイントがある。その集大成といえるのが楽天SPU(スーパーポイントアップ)だ。
楽天カード、楽天証券、楽天モバイル、楽天でんきなどの指定された楽天グループのさまざまなサービスの会員になると、楽天市場のポイントが最大16倍になるというもの。たとえば、楽天証券、楽天トラベルならそれぞれプラス1倍、楽天でんきならプラス0.5倍といった具合だ。
SPUについて先に筆者の考えを言ってしまうと、「やりたい人がやればいい」ということだ。そもそもSPUにこだわること自体があまりよくないと思っている。楽天市場のポイントは、××サービスがある、○○セールがある、△△セールがあるという情報をいちいちチェックして、毎月1回、エントリーする必要がある。このエントリーがちょっと面倒なのだ。毎月早い時期に、何十とあるキャンペーンやサービスにいちいちチェックを入れて利用資格をもらわなければならない。この作業が次第に重荷となってくるのだ。しかし、それは私のような不精者が言うことかもしれない。ポイントに生活のすべてを捧げられる人にとっては、このSPUは誠にありがたい仕組みだとも言える。
ちなみに筆者がよく使うのは「楽天トラベル」。理由は簡単で、他の旅行代理店に比べて価格が安い場合が多いからだ。楽天グループ、楽天経済圏のサービスだからといって、すべて利用する必要はない。自分に合ったものを選んでうまく利用するのが賢いやり方だ。ポイントを集めるのが目的になってしまうと本末転倒だ。
Next: さらに楽天経済圏は拡大する?携帯キャリアになった意味
楽天が携帯キャリアになった意味
楽天は今年念願だった携帯キャリアとなった。
ドコモ、au、ソフトバンクに次ぐ第4のキャリアというわけだが、基地局の不足で使える地域が大都市圏に限定されており、全国をカバーできていない。そういう意味ではまだ1人前とはいえず、いわば第3.5のキャリアにとどまっている。
さらに、菅政権に代わってから、携帯料金引き下げを要求されて、ドコモが大幅な値下げの姿勢を見せ、さらに、auやソフトバンクも追随の様子を見せて、楽天を牽制している。ダンピング競争で各社の料金にあまり違いがなくなってくれば、楽天にとっては痛手であり、再引き下げが必要となるかもしれない。
しかし、ここをしのいで、携帯キャリアとして、いわゆる日本版GAFAとして自立できれば、明るい未来が待っている。楽天ポイントと楽天カード、それに楽天経済圏といった資産を効率よく動かして、さらに連携を高めることができる。
そのためにも携帯事業は、ぜひとも成功させなければならないのだ。決算で赤字になるほどの巨額の投資をしてまで携帯事業を進めようとしている理由はまさにそこにある。
楽天はEコマース事業を中心に海外進出を盛んに試みているが、うまくいったのは台湾くらいだ。この海外進出も課題の1つだ。それでも海外での事業展開をあきらめてはいない。社内公用語を英語にしているのもそのためだろう。
下手を打つことも多いが、運がいい。そう考えると、楽天経済圏は今後ますます拡大していく可能性がある。
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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2020年12月24日)
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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