今月13日の菅総理会見では多くの点に「?(ハテナマーク)」が飛び交いました。言い間違い、資料の2度読み、読み飛ばしなどが多く、そのためか、重大な案件の話があったにもかかわらず、「間違い?」と思われ、埋没しかけていました。主要メディアは一様に無視し、一部のメディアとSNSの世界で大騒ぎとなった問題があります。それが「国民皆保険の見直し」発言です。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2021年1月22日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
国民皆保険が負担?
13日の総理記者会見では、記者席から医療供給体制ひっ迫を改善する法改正の在り方について質問を受けました。
これに対する総理の答えは「国民皆保険を続けていく中で今回のコロナがあり、もう一度検証してみる必要がある。必要であれば改正するのは当然のことだ」というものでした。
記者席からもテレビを見ていた者からも、「?」マークが飛び交いました。医療専門家からは新型コロナの分類を変え、例えばインフルエンザと同様の扱いにすれば、一気に医療ひっ迫は解消するとの声もあり、また緊急事態宣言を発しても協力しない業者や人々に対して、コロナ特別措置法の改正も、という声が上がっていました。
ところが、総理の口からはそれらではなく、突然「国民皆保険」の話が出てきて、その制度の見直しも必要なら検討する、というものでした。
なぜ、唐突にその話が出てきたのか。その時点では理解できない人が多く、大方また言い間違いだろうと、聞き流されました。
政府は火消しに躍起
しかし、この問題を真剣にとらえた一部のメディアやSNSでは、国民皆保険が否定されたら、保険に入れない人がコロナに感染したり、病気になったら医者にかかれなくなるのか、との不安が溢れました。
これらの動きに、加藤官房長官など、政府は火消しに躍起となりました。少なくとも国民皆保険の否定、廃止は考えていない、と弁明しています。
しかしこの問題、どうも総理の単純な言い間違い、読み違いではなさそうです。回答が用意されていない質問に対して、菅総理が本音を漏らした、との見方が信ぴょう性を帯びてきました。
その裏に、ある有力なアドバイザーの考えが菅総理の考えに大きな影響を与えていると言います。それが竹中平蔵元総務大臣の提唱するベーシック・インカム(BI)という考え方のようです。
Next: 竹中平蔵氏の入れ知恵?皆保険の代わりにベーシック・インカム導入か
背後にBIシフトの考え
竹中氏を中心に、ベーシック・インカム導入を唱える学者がいます。
北欧などで一部採用されていますが、国民すべてに例えば1人あたり月7万円などを給付し、最低限の生活保障をする一方で、健康保険や生活保護制度など、社会保障制度を見直す考え方です。
昨年国民1人当たり10万円の給付をしましたが、これを継続的に行い、社会保障の一環として行おうとするものです。
そこには所得水準、資産の有無に関係なく、国民すべてに一律同一金額の支給をするものです。財政負担のバランスなどから、1人月7万円くらいというのが主流のようです。
これでも年間100兆円余りの負担となります。これを推進する学者の間では、これによって名目GDPが拡大する点を評価しますが、それ以上に財政赤字、政府債務が膨張します。
その分、生活保護制度は不要になり、医療保険などの国の負担も軽減できる、という考えです。それでも足りないので、所得税や消費税はその分大幅に引き上げられることになります。
これはコロナの感染拡大、医療ひっ迫と直接かかわるものではなく、問題のすり替えに見えます。
医療ひっ迫は、医療費、国民健康保険のひっ迫ではなく、医療現場で病床、医者、看護師の不足などによって、入院が必要な患者が自宅待機を余儀なくされ、あるいは入院先、療養先を調整するために待機させられている人が急増し、自宅で亡くなる人が増えている状況を指しています。
記者会見で投げかけられた質問は、この非常事態を改善するための法的措置を問うものでした。しかし、それには答えていません。
恐らく総理の頭には国民皆保険制度の見直しがインプットされていて、それがつい口をついて出たと考えられます。少なくとも、国民皆保険の見直しが、現在のコロナ危機、医療ひっ迫を改善するものでないことは明らかです。
金持ちの論理
国民皆保険制度をやめてBIに置き換えるという発想は、ある意味では金持ちの論理、企業の論理です。
金持ちは私的な保険に加入すればよく、また企業は労働者のために社会保険料を負担しなくてよくなるので、収益にはプラスになります。
かつて米国ではオバマ大統領が貧しい人々でも等しく医者に掛かれるよう、国民皆保険に近い「オバマケア」を進めましたが、共和党から強い反発を買いました。なぜ我々が貧乏人の医療保険まで負担しなければならないのか、というものでした。当時の米国では3割以上の人が医療保険に入っていませんでした。
菅総理や竹中元大臣の発想は、米国共和党に近いもので、一律7万円のベーシックインカムを保証しても、国民皆保険でなくなると、月7万円では病気になっても高い医療費を払えない人が多く出てきます。
金持ちは民間医療保険に入ればよいのですが、保険に入れない貧しい人は、病気になったら死ね、と言われるようなものです。かつての米国のように、制度の後退となります。
Next: 年金も廃止される? 日本はさらに「金持ち優遇」に舵を切るのか
年金も廃止の可能性
おそらく、BIが導入されると、国民年金制度も廃止される可能性があります。
もともと年金保険料を放っていない人も、40年年金保険を払った人も、一律月7万円の給付では公平を欠きます。多くの反発が予想されます。
それでなくとも格差が拡大している日本で、金持ち、資産家だけが救われる社会が国民から支持されるとは思えません。
統制経済の危険性
同時に、国民皆保険がBIにシフトすると、国民の生殺与奪の権利を国が持つことになります。
国民皆保険では政府が一部税金で支援し、制度化していますが、基本は国民がそれぞれに社会保険料を払って、いざという時に備えるシステムでした。
これに対して、BIは国民の努力とかかわりなく、国が国民1人1人に生活資金を与える形になります。生きるも死ぬも、与えるも奪うも政府次第、となります。
それだけ政府の統制が強まり、国民の個人情報、資産構成、買い物の嗜好まですべて国に握られる監視社会につながるリスクがあります。
国民皆保険をやめ、BIにシフトする発想は、国家権力の強化、統制経済化への道を歩むことにもなりかねません。すべてが政府の考え如何となります。
北欧の民主政権ならともかく、信頼度の低い政府による統制社会は何としても避けなければなりません。
<初月無料購読ですぐ読める! 1月配信済みバックナンバー>
※2021年1月中に初月無料の定期購読手続きを完了すると、以下の号がすぐに届きます。
- 国民皆保険制度の見直しは言い間違いではなかった(1/22)
- 中国8%成長予想に立ちはだかる3つの壁(1/20)
- バイデン政権で変わる北東アジア情勢(1/18)
- 菅政権、失敗の本質(1/15)
- FRBがトランプの呪縛から解放されると(1/13)
- インフレのステージが変わる(1/8)
- 新年の日銀金融政策を読む(1/6)
- 新年の「ブラックスワン」(1/4)
※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2021年1月22日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>
※初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込880円)。
- 景気変動の形を変えてしまったコロナ(12/28)
- 日本でも広がる「分断」(12/25)
- 新年の株式市場に2つの金利リスク(12/23)
- 永田町は「菅後」を見始めた(12/21)
- 菅政権は円高を止められない(12/18)
- バイデン政権の親中派は過去の話(12/16)
- 脱炭素社会、日本の視点(12/14)
- 輸入低迷に見る日本経済の脆さ(12/11)
- 医療崩壊は政権崩壊のトリガーにも(12/9)
- 科学力の軽視は命取り(12/7)
- スガノミクスの前にやるべきこと(12/4)
- ドル安の正体は(12/2)
- トランプ台風は去ったのか(11/30)
- 菅政権の外交に「背骨」が見えない(11/27)
- コロナ禍で求められる政策対応(11/25)
- 政府に求められる具体的な感染予防策(11/20)
- コロナの株バブルにまだ拡大余地(11/18)
- トランプの法廷闘争戦略に逆風(11/16)
- 菅政権成長戦略は危険と隣り合わせ(11/13)
- バイデン勝利が菅政権に示唆するもの(11/11)
- 感染防止は国民任せでよいのか(11/9)
- トランプの勝利宣言が新たな混乱の種に(11/6)
- 長期金利が示すコロナ対応策の差(11/4)
- 追い詰められた日銀に姿勢変化の兆し(11/2)
- バイデノミクスも悪くない(10/30)
- 4年前とは異なる大統領選の決着と市場の反応(10/28)
- 個人の景況感悪化にどう応えるか(10/26)
- ゼロ金利長期化は無限のバブル醸成(10/23)
- アフターコロナの見極めが難しい(10/21)
- 中国の「内憂外患」(10/19)
- 大統領選挙が米国を分断(10/16)
- 菅政権の限界(10/14)
- トランプが実証したマスクの効果(10/12)
- エネルギー革命が静かに進行(10/9)
- コロナ禍からの回復、3つの特色(10/7)
- 鬼の居ぬ間の地政学リスク(10/5)
- 新型コロナで事実上のMMT(10/2)
- 法廷闘争を目論むトランプ陣営(9/30)
- 密かにドル安策をとり始めたトランプ政権(9/28)
- 米の中東和平がかえって緊張高める(9/25)
- 日銀の物価安定目標は景気の足かせ(9/23)
- 勢いを失ったトランプの選挙戦(9/18)
- 広がるW字型景気リスク(9/16)
- アベノミクス継承政権買いの限界(9/14)
- 7月の家計消費息切れは何を意味するのか(9/11)
- 世界貿易は6月底入れだが(9/9)
- 法人企業統計にみるコロナの明暗(9/7)
- 中国習近平政権に異変か(9/4)
- 「アベノミクス」は何だったのか(9/2)
- 失った時間は永久に取り戻せない(7/31)
- ワクチン開発の政治化リスク(7/29)
- フラット化の中でドル高が修正(7/27)
- 「骨太」の内需拡大策は付け焼刃(7/22)
- 米国のW字型回復を懸念するFRB(7/20)
- 劣勢のトランプ大統領に「ウルトラC」はあるか(7/17)
- ウィズコロナで注目される健康ビジネス(7/15)
- コロナ対策で使った11兆ドルの後始末(7/13)
- 回復の力をそぐ2メートルの壁(7/10)
- 試される人間の知恵(7/8)
- 計算違いした香港中国化の代償(7/6)
- 政治リスクが高まる日米株式市場(7/3)
- 規制と自由、コロナ共生下の経済成果は(7/1)
- 世界貿易にもコロナ・ショック(6/29)
- 転倒した憲法改正解散(6/26)
- 市場の期待と当局の不安がぶつかる米国経済(6/24)
- 狂った朝鮮半島統一シナリオ(6/22)
- 見えてきたコロナ危機の深刻度(6/19)
- 崖っぷちの習近平政権(6/17)
- FRBが作ったドル安株高の流れに待った(6/15)
- 長期金利上昇を意識し始めた主要中銀(6/12)
- コロナで狂った中国の覇権拡大(6/10)
- トランプ「拡大G7」の狙いは(6/8)
- 準備不足の経済再開で大きな代償も(6/5)
- コロナより政権に負担となった黒人差別(6/3)
- 自動車依存経済に警鐘を鳴らしたコロナ(6/1)
- 非効率のビジネスモデル(5/29)
- 再燃した香港での米中戦争リスク(5/27)
- 日本は反グローバル化への対応に遅れ(5/25)
- 日銀の量的質的緩和は行き詰まった(5/22)
- トランプ再選に暗雲(5/20)
- トランプ大統領、ドル高容認発言の真意は(5/18)
- 堤防は弱いところから決壊する(5/15)
- コロナの変革エネルギーは甚大(5/13)
- 株の2番底リスクは米中緊張からか(5/11)
- 「緊急事態宣言」延長で経済、市場は?(5/8)
- 敵を知り己を知らば百戦危うからず(5/1)
- コロナ対応にも米国の指示(4/27)
- 原油価格急落が示唆する経済危機のマグニチュード(4/24)
- ソーシャルディスタンシングがカギ(4/22)
- ステージ3に入る株式市場(4/20)
- 「収益」「効率」から「安心」「信頼」へ(4/17)
- コロナショックは時間との闘い(4/15)
- 株価の指標性が変わった(4/13)
- 108兆円経済対策に過大な期待は禁物(4/10)
- コロナ恐慌からのV字回復が期待しにくい3つの理由(4/8)
- コロナを巡る米中の思惑と現実は(4/6)
- 働き方改革が裏目に?(4/3)
- 緊急経済対策は、危機版と平時版を分ける必要(4/1)
- コロナ大恐慌(3/30)
- 大失業、倒産への備えが急務(3/27)
- 新型コロナウイルスと世界大戦(3/25)
- 市場が無視する大盤振る舞い政策(3/23)
- 金融政策行き詰まりの危険な帰結(3/18)
- 政府の面子優先で景気後退確定的(3/13)
- 市場に手足を縛られたFRB(3/11)
- コロナの影響、カギを握る米国が動き始めた(3/9)
- トランプ再選の真の敵はコロナウイルスか(3/6)
- 2月以降の指標パニックに備える(3/4)
- 判断を誤った新型コロナウイルス対策(3/2)
- 世界貿易は異例の2年連続マイナス懸念(2/28)
- 政府対応の失敗で「安全通貨」の地位を失った円(2/26)
- 信用を失った政府の「月例経済報告」(2/21)
- 上昇続く金価格が示唆する世界の不安(2/19)
- IMFに指導を受けた日銀(2/17)
- 中国のGDP1ポイント下落のインパクト(2/14)
- 習近平主席の危険な賭け(2/12)
- 政府の「働き方改革」に落とし穴(2/10)
- コロナウイルスは時限爆弾(2/7)
- 鵜呑みにできない政府統計(2/5)
- FRBにレポオペ解除不能危機(2/3)
『マンさんの経済あらかると』(2021年1月22日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中
マンさんの経済あらかると
[月額880円(税込) 毎週月・水・金曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。