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トレーダーの利益の源泉~効率的市場仮説の「つけ入る隙」を考える=田渕直也

効率的市場仮説だけでマーケットのすべてを説明することはできません。これが不完全な理論であることは間違いありません。しかし私は、まず効率的市場仮説を理解し、その先にある効率的市場仮説では説明しきれない部分を探ることで、初めてプラスの期待リターンの在り処を見つけることができると考えています。(田渕直也

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プロフィール:田渕直也(たぶちなおや)
一橋大学経済学部卒。日本長期信用銀行(現新生銀行)入行。デリバティブの商品開発、ディーリング業務に従事。以後、国内大手運用会社ファンドマネージャー、不動産ファンド運営会社社長、生命保険会社執行役員を経て、現在、株式会社ミリタス・フィナンシャル・コンサルティング代表取締役。『図解でわかるランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて』『確率論的思考』『入門実践金融デリバティブのすべて』(いずれも日本実業出版社)『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』(ダイヤモンド社)『不確実性超入門』(ディスカバー21)など著書多数。

市場理論から浮かび上がる「科学的トレード」のヒント

マーケットで形成される価格は何を意味するのか

マーケットとは何でしょうか。

もちろんこの問いに対しては色々な議論があるでしょうが、あまり話を広げても仕方がないので、ここでは、マーケットで形成される価格とはなにか、どのように形成されるものなのか、なぜ変動するのかに絞って整理をしていきたいと思います。

【関連】株急落「餃子の王将」は美味しい銘柄?バフェット流12の視点で分析

例として、株価について考えてみましょう。

株価は、理論的には、その株を保有することによって将来得られる経済的利得の期待値の現在価値に等しくなるはずです。仮に株を買ってずっと保有し、毎期配当を受け取り続ける場合を想定すると、

株価 = 1期目に受け取る期待配当額の現在価値 + 2期目に受け取る期待配当額の現在価値+ ・・・

ということになります。これは、配当割引モデルと呼ばれる考え方ですね。

実際にはこれが唯一の考え方というわけではなく、配当に振り向けられない内部留保分をどう計算に入れるか、途中で売却することを前提にするとどうなるか、会社の解散価値をどう評価するか、倒産の確率はどう織り込むか、などなど様々な要素を組み合わせて、色々な株価モデルが構築されるわけですが、ここで重要な点は、理論的な株価は一言で言い表すと「将来得られる経済的利得の期待値の現在価値である」ということです。

こうした理論株価の考え方には、いくつか反論もあります。

まず、ほとんどの人が抱くであろう反論は、多くの投資家は理論的な株価なんかに興味はなく、単に上がりそうだとか下がりそうだと感じて売買しているだけだということでしょう。

次にあり得る反論としては、理論株価なんて人によって計算が違うもので、何が正しいかなんて結局分からないというものもあるでしょう。

これらの反論は、実はとても重要な点を含んでいるのですが、従来の市場理論ではずっと無視されてきました。それで、アカデミックな市場理論なんて意味がないというふうにも言われてしまうようになるわけですが、こうした反論を無視してきたのには実はちゃんとした理由があります。

なぜならば、マーケットとは、きちんと株の理論的な価値を分析したうえで売買する人や、そうではなく場当たり的に売買する人も含めて、大勢の多様な投資家が集まって現時点で最も適正と思われる株価水準を探りに行く場であるというのが、市場理論の基本的な考え方だからです。

全ての投資家が理論的な価値を考えていなくても、だれも適正な理論株価の本当の水準を知らなくてもいいのです。

特定の誰かが決める価格ではなく、大勢の多様な投資家が売買することによって形成される価格こそが正しい答えなのだ、というふうに考えるわけです。

Next: 市場が「効率的」だとどうなるか



市場が「効率的」だとどうなるか

こうした考え方はあまり多くの人には受け入れられていません。その一方で、デリバティブやリスク管理などの金融実務では、ごく当たり前のようにこの考え方が取り入れられています。金融ほど、理論やその理論に基づいた実務と、一般の感覚がかけ離れている分野も珍しいのです。

このような考え方が正しいかどうかはさておいて、ここでとても重要な点は、理論が示すようにマーケットの価格が正しいと仮定すると、期待リターンがプラスとなるトレードのやり方が存在しなくなるということです。

こうした考え方は「効率的市場仮説」と呼ばれています。

効率的市場仮説は、あくまでも仮説ですし、リーマンショックを経た現在では各方面から強い批判に晒されるようになっています。「そんなの机上の空論だよ」というのが、訳知りの間での一種の流行ともなっています。

でも、現実のマーケットには効率的市場仮説で説明が可能な性質、もしくは現象が幅広く見られるというのもまた事実であり、これを無視するのはちょっと無理があります。

前にお話しした「ファンドマネジャーとダーツ投げのうまいサルの間に、基本的な優劣は生まれない」という話もそうですし、「短期的に優れた成績を残した投資家は、その後凡庸な成績に回帰していく」というミーン・リバージョンの話もそうです。
トレードとは何か、その成功の要因とは何か~人がコントロールできるのは期待リターンだけ=田渕直也

これらは、「効率的市場仮説」を仮定すると上手く説明できます。

もちろん、効率的市場仮説だけでマーケットのすべてを説明することはできません。ですから、これが不完全な理論であることは間違いありません。しかし、だからといってこれを頭から無視してしまうのと、効率的市場仮説をいったん想定して、どこに現実のマーケットとのかい離があるかを探るのでは、トレードの捉え方が全く異なっていきます。

私は、まず効率的市場仮説を理解し、その先にある効率的市場仮説では説明しきれない部分を探ることで、初めてプラスの期待リターンの在り処を見つけることができると考えているわけです。

Next: 効率的市場仮説のどこが間違っているのか



効率的市場仮説のどこが間違っているのか

効率的市場仮説で描かれるマーケットでは、価格は常に均衡水準と呼ばれるその時点でのベストエフォートベースの適正価格に収れんしています。

将来その企業は大きく利益を伸ばすだろうとか、財務が悪化して倒産の危険性が高まるなどといった予想も、現時点で合理的に予測が可能な部分は現在の株価に織り込まれています。

それが、ベストエフォートベースという意味で、そこに織り込まれている予想が必ず実現するというわけではありません。

世の中は絶えず変化していますから、価格に織り込まれていない全く新しい情報、つまり、その情報が発生するまでは誰もそれを合理的には予想しえなかったような新たな情報がもたらされることがあります。

そうすると、マーケットはその情報を織り込んだ新たなベストエフォートベースの適正価格を探りに行くことになります。

このときに、だいたい以下の3条件を満たしていると、適正価格はすぐにみつかり、市場は基本的に効率的な状態を維持することになります(ちなみに効率的とは、その時点で利用可能な情報がすべて株価に織り込まれているというような意味です)。

  1. 株価に影響を与える情報が、瞬時にあまねく伝わる(情報の伝達コストがゼロ)
  2. 取引をするのに余計な手数料や税金がかからず、いつでも自由に取引できる(取引コストがゼロ)
  3. 投資家はその時点で利用可能な情報を使って割り出した適正価格と実際のマーケット価格を比較して投資行動を決定する(投資家の合理的行動)

そして、この3条件が満たされて市場が効率的になると、相場はランダムに動くことになるというのがこの理論の帰結です。

ランダムな変動とは、誰にも予測できない偶発的な動きを意味します。ですから、ランダムな変動の中では、どんなに知識を備えても、どんなに洗練されたやり方を身に着けても、相場の変動を予測することはできないので、期待リターンはゼロのままとなります。

つまり、「効率的な市場」というのは、勝ち負けが完全に偶然にのみ左右される市場です。トレードは、スキルや知識などと全く関係のない純粋な博打ということになります。

もう一度繰り返しますが、そんなのは机上の空論だと一蹴すべきではありません。私もこの効率的市場仮説は不完全であると思っています。でも、現実の市場が完全に効率的でないとするならば、今説明してきた前提条件のどこかに誤りがないといけないのです。

ではどこに誤りがあるのか。それを考えていかなければ、市場の非効率な部分(期待リターンをプラスに出来る部分)がどのようなものかも見えてきません。

Next: 「効率的な市場」の3条件のうち、誤りはどこにあるか



「効率的な市場」の3条件のうち、誤りはどこにあるか

では、先ほどの3条件のうち、どこに誤りがあるのでしょう。

主要国の代表的な市場に限って言えば、2番目の取引コストは、ゼロではないとしてもかなり小さくなっていて、基本的には無視できると思います。

1番目の情報コストも、少なくとも教科書的なファンダメンタルズ分析で扱うような経済指標や大企業の業績動向等に関しては、非常に情報コストが低いと考えられます。正統的なファンダメンタルズ分析が役に立たないことは、このように理論的にも裏付けられるわけですね。

ですから、ここで考えるべきは、情報コストが高く、したがって市場が効率的にはなれない情報とはどういうものかという点になります。

もう一つ、効率的市場仮説の前提で最も怪しいのが3番目の投資家の合理的行動です。

先ほど、この点について従来の市場理論では無視してきたという話をしました。それは、すべての投資家が適正水準を考えて合理的に取引しているわけでなくても、適正価格がどこにあるのか本当のところは誰も知らなくても、株価がランダムに動くという結論に大きな影響はないと従来理論では考えられてきたからです。

個々の投資家の場当たり的な投資行動や判断の誤りが、人それぞれのバラバラなものであれば、結局その影響もランダムなものにとどまるはずです。だから、相場変動はランダムなままで、マーケットの価格は(ランダムな誤差が生まれるとしても)平均してみればおおむね正しいという結論が導かれます。

つまり、投資家が合理的に行動しないことが、直ちに効率的市場仮説の根幹を揺るがせるものにはならないのです。投資家の非合理的な行動が市場を非効率にするとしたら、それは大勢の投資家が同じ方向に“場当たり的”な行動をとったり、同じ方向に間違ったりする必要があります

そのランダムではない人の判断の偏りこそが、ランダムでない相場変動を生み出すことになるわけです。

ここでの議論を簡単にまとめておきましょう。

Next: ヒントは正規分布からのズレの中にある



ヒントは正規分布からのズレの中にある

では、相場はどれほどランダムで、どれほどランダムではないのでしょうか。これは、なかなか回答が難しい問題ですが、基本的には相場の変動は――
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