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言い訳をするサル。投資に向いていない「ヒト」という生き物の弱点=田渕直也

今回のテーマは、「行動ファイナンスは投資家に何を教えてくれるのか」です。今流行りの「他人の非合理的判断を利用して利益を上げる」という似非行動ファイナンス的投資理論は、それだけでは決して実際の役に立ちませんので注意が必要です。(田渕直也

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プロフィール:田渕直也(たぶちなおや)
一橋大学経済学部卒。日本長期信用銀行(現新生銀行)入行。デリバティブの商品開発、ディーリング業務に従事。以後、国内大手運用会社ファンドマネージャー、不動産ファンド運営会社社長、生命保険会社執行役員を経て、現在、株式会社ミリタス・フィナンシャル・コンサルティング代表取締役。『図解でわかるランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて』『確率論的思考』『入門実践金融デリバティブのすべて』(いずれも日本実業出版社)『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』(ダイヤモンド社)『不確実性超入門』(ディスカバー21)など著書多数。

行動ファイナンスが教えてくれる、投資家の「合理的思考」に潜む罠

「人は同じ方向に間違える」ことが大きな意味を持つ

近代経済学においては、人間が常に合理的な判断をして、それにより適正な市場価格が形成されることが前提となっています。

この前提に対しては、当然のことながら、人間は誰もがいつでも合理的なわけじゃないし、市場価格だって後から見たら間違っていることが多いじゃないか、という批判が投げかけられ続けてきました。

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ただし、将来のことは誰にも正確に分からないわけですから、後付けで、あのときの市場価格は間違っていたというような批判にはあまり意味がありません。適正な価格といっているのは、その時点で可能なベストの予想が織り込まれているという意味であって、事後的に当たっていることを保証するものではないのです。

また、人間はいつも合理的ではないという点に対しても、個々の人間の判断が合理的でなくても、全体として合理的な水準になるのであれば問題がないという反論も可能です。個々の人間の判断の誤りがバラバラなものであれば、その平均としての市場価格はおおむね適正になるということです。

ところが近年、心理学(とくに認知心理学と呼ばれる分野)に基づいて人間の経済行動を分析する行動ファイナンス(もしくは行動経済学)の進展により、人の判断が特定の方向に偏っていることが次々と明らかにされていったのです。

人の判断の誤りが特定の方向に偏っているとしたら、それは相殺されずに残り、市場価格の形成に一定方向の影響を与えます。

その結果、市場価格は、何らかのパターンにしたがって一定方向に歪んでいるということになります。

Next: あなたの「合理的判断」は、自分で思うより遙かに直感に頼っている



あなたの「合理的判断」は、自分で思うより遙かに直感に頼っている

行動ファイナンスで明らかにされる人間の非合理性は、経験的に見れば納得しやすいものが多いと思います。

たとえば、何らかのプレゼンテーションを受けたとして、多くの場合、プレゼンの内容よりも、説明者の印象やプレゼン資料の見栄えによって意思決定が大きく左右されます。「人は見た目が9割」というわけですね。

行動ファイナンスは、このように今まで経験論で語られてきた内容を、体系的に捉えようという試みといえます。

一方で、「人は合理的思考力を持つ特別な生き物」という見方も、多くの人がとくに疑問もなく感じていることだと思います。人が不合理な判断を下すとき、その合理的思考力は、いったいどこで何をしているのでしょうか。

この合理的思考力は、多くの場合、「見た目」で直感的に下した判断を正当化するために使われるのです。直感的な印象が良くないプレゼンの場合は、「あのプレゼンテーターには熱意が感じられない」とか、「細かい点がきちんと詰められていない」とか、提案を却下する理由をいくつもひねり出してきます。

一方で、好印象を持ったプレゼンに対しては、内容的に粗があったとしても、「熱意がある」とか、「細かい点は詰められていないが、改善の余地がある」とか、自分がいい印象を抱いたことを正当化しようとするわけです。

もちろん、人間は、客観的な観点で、冷静かつ合理的にモノゴトを創造的に突き詰めていくことだってできます。地動説や相対性理論、量子力学なども、「そんなことあるはずがない」という直感的な印象を排除して、徹底して合理的に思考した結果に生まれたものです。

でも、行動ファイナンスが示唆しているのは、人間がそうした合理的思考力をいかんなく発揮できるのは非常に限られた状況においてのみであって、意思決定のかなりの部分は、直感的な判断に頼っているということです。

しかも、利害が絡んだり、精神的にプレッシャーがかかる環境の下で意思決定を迫られる場合に、その傾向は非常に強くなります。

Next: 人間だけが発展させてきた「合理的思考システム」に潜む罠



人間だけが発展させてきた「合理的思考システム」に潜む罠

こうした点は、行動ファイナンスの大家であるダニエル・カーネマンのファスト・システム、スロー・システムという概念が非常にうまく説明していると思います。

ファスト・システムは、モノゴトを一定のパターンに当てはめて、瞬間的に結論を下す思考システムです。第一印象や好き嫌いで判断するのがまさにこれですね。

このファスト・システムは、人間だけでなく、それ以外の動物の意思決定システムと基本的に共通するものと考えられます。

ヒトがチンパンジーとの共通祖先から枝分かれしたのはわずか700万年前であり、ちょっと変わったチンパンジーから本当の意味でのヒトになったのは、せいぜい200~250万年前くらいだと思われます。

ファスト・システムは、それまでの長い進化の過程で培われてきた意思決定システムであり、“厳密には正しくなくても、結果的に生き残りの可能性を高めてくれる瞬間的な判断力”といえます。

これは、もちろんとても大切な能力です。この能力があったから、我々や現存するそれ以外の動物の祖先たちは生き延びてこられたわけですから。でもその一方で、ファスト・システムは思い込みや偏見を生み出す源ともなります。

一方のスロー・システムは、おそらく人間だけが発展させてきた合理的思考システムです。ファスト・システムと比べると、とても歴史が浅く、つい最近になって身に着けたばかりの能力といえます。

そして、「スロー」と名付けられている通り、このシステムは稼働するのに時間がかかり、その分多大なエネルギーも必要とするのです。

だから多くの場合、人は省エネ走行をするために、意思決定の大半をファスト・システムに頼り、スロー・システムはそれを正当化する(あるいはつじつま合わせをする)ためにだけ使われます。要するに、「人は言い訳をするサル」ということですね。

ただし、ときに知的好奇心に駆り立てられ、多大なエネルギーと時間を投じてスロー・システムをフル稼働させる場合には、人間は合理的な思考力を全面的に発揮して偉大な知的業績を残すことになります。

Next: 生まれながらのあなたは、トレードに向いていない



生まれながらのあなたは、トレードに向いていない

投資やトレードの世界では、1つ1つの投資判断が直接的に損益に結びつくため、人は大きなプレッシャーにさらされます。また、相場環境が急変する中で、情報が十分ないのに瞬間的な判断を迫られることもあります。

こうした様々なプレッシャーの中で、人は太古の昔から慣れ親しんだファスト・システムによる判断に頼るようになります。これが、市場のゆがみを生み出していくわけです。

こうした中で、人間の誇るスロー・システムはファスト・システムが生み出す結論を後付けで正当化することに浪費されていくわけですが、スロー・システムの厄介なところは、本当はただ言い訳やつじつま合わせをしているだけなのに、「自分は合理的に考えながら判断をしている」という幻想を生み出してしまうところにあります。

つまり、相場の世界では、人は直感にしたがって、ときに合理的とは言えない判断を繰り返しながらも、往々にして自分ではそれに気づかないということです。

その結果、市場価格は歪み、しかしその歪みに人は気づかないという状況が生まれます。なにしろ、合理的で正しいと信じている自分自身がその歪みを生み出しているのですから。これでは、「市場の歪みを利用してやる」のは無理というものでしょう。

今述べてきたような人間の思考システムは、過去のヒトの進化の過程で明らかに役に立ってきたものです。ですが、相場の世界では、それが必ずしも適したものとはなりません。過去の進化の過程には、相場の世界で成功を収めることは自然淘汰の条件には含まれていなかったわけですからね。

むしろ、「人間(の思考システム)は、投資やトレードで利益を上げることを難しくする傾向を持つ」というべきだと思います。

これを克服して利益を上げるためには、ファスト・システムによる直感的な判断、すなわち本能的な判断を制御し、ときにこれに逆らう必要が出てきます。

「他人の非合理的判断を利用して利益を上げる」という今流行りの似非行動ファイナンス的投資理論は、それだけでは決して実際の役に立ちません。

まず、人の非合理的行動パターンが、どのように期待リターンの源泉を生み出すかを考えていくことが必要なのはもちろんですが、そのうえで、他人だけではなく自分自身も「本来は歪みを利用する側ではなく、歪みを生み出す側にいるのだ」ということを理解し、それをいかに克服していくかを考える必要があるのです。

次回からは、トレードをするうえで知っておくべき人間の心理的な反応パターンを具体的に見ていくことにしましょう。


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