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「史上最大のボロ儲け」天才ポールソンの手法から個人投資家が学ぶべきこと=田渕直也

今回は、天才投資家ジョン・ポールソンによる「史上最大のボロ儲け」として有名なディールを題材に、個人投資家が彼の手法から学ぶべきこと、学ぶべきでないことを解説します。(田渕直也

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プロフィール:田渕直也(たぶちなおや)
一橋大学経済学部卒。日本長期信用銀行(現新生銀行)入行。デリバティブの商品開発、ディーリング業務に従事。以後、国内大手運用会社ファンドマネージャー、不動産ファンド運営会社社長、生命保険会社執行役員を経て、現在、株式会社ミリタス・フィナンシャル・コンサルティング代表取締役。『図解でわかるランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて』『確率論的思考』『入門実践金融デリバティブのすべて』(いずれも日本実業出版社)『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』(ダイヤモンド社)『不確実性超入門』(ディスカバー21)など著書多数。

1兆4千億円の利益。ジョン・ポールソンは市場で何を発見したのか

サブプライムローン・バブルの崩壊に賭ける

2000年代前半、米国ではサブプライムローンと呼ばれる審査基準の甘い住宅ローンを利用した住宅投機が盛んになっていました。しかも、サブプライムローンは、証券化という金融技術によって、債券に仕立てられて世界中の投資家に販売されていきます。

細かい話をすると長くなってしまうので、結論だけをお話しすると、これらのブームは住宅価格の上昇のみによって支えられていて、住宅価格の広範な下落が起きれば崩壊してしまうものでした。

【関連】ヘッジファンドはこれで儲ける!アービトラージ戦略の様々なアイデア=田渕直也

でも米国では、戦後の長い間、全米で広範に住宅価格が下落するという経験がなかったので、みんなそんなことが起きるはずがないと思っていたのです。何やら、十数年前に起きた日本のバブルと同じ構造ですね。「米国では移民の増加により、住宅需要は増え続けるから、住宅価格は下がらない」という実需による価格上昇説も強く信じられていました。

また、投資家はこうした証券化商品を買う場合、格付という信用力を測る指標に基づいて投資をします。実際には、格付会社はこうした商品のリスクを適正に見積もることができておらず、リスクの高い商品に対して安全であるとお墨付きを与えてしまっていたのですが、投資家は投資家で、それを鵜呑みにして投資していたのでした。

ポールソンは、住宅市場においても証券化市場においても専門家ではなかったので、ごく単純にモノゴトを考えます。上がりすぎた住宅価格は必ず下がるはずだ。その場合、サブプライムローン証券化商品は大きく値下がりすることになる、と。

そして、2005~6年にかけて、それら証券化商品が大きく値下がりしたときに利益が生まれるデリバティブ(CDS、クレジット・デフォルト・スワップ)を大量に取引します。

サブプライムローン・バブルが膨らんだ一因には、証券化技術とともに、デリバティブも大きな役割を果たしていました。デリバティブは、何もないところからリスクとそれに見合ったリターンを作り出すことができます。たとえば、実際のサブプライムローン残高以上のサブプライムローン関連投資商品を、デリバティブは作り出すことができるのです。

ですから、サブプライムローン・バブルはデリバティブによって大きく膨らみ、一方で、そのバブル崩壊に賭けたポールソンもデリバティブを使って大儲けを狙うことになります。

そして、実際にバブルが崩壊した後の金融危機では、大手保険会社AIGが経営危機に陥り、市場の大混乱を招きますが、これもデリバティブが引き起こしたものです。

今や金融は、株式市場や債券市場などの現物資産から派生してきたデリバティブ(派生商品)が主役を演じる場です。デリバティブがバブルを膨らませ、金融危機を引き起こします。そして、それをうまく生き延びるのも、それを逆手にとって大儲けするのも、デリバティブの活用次第というわけです。

このバブル崩壊とその結果として引き起こされた金融危機は、そんな金融新時代を象徴する一大イベントだったといえます。

Next: ポールソンはバブルの中で「真に非対称な収益機会」を発見した



ポールソンも「非対称の収益機会」に乗じた

さて、サブプライムローン・バブルは2007年に崩壊しました。そして、ポールソンは巨額の利益を上げることに成功します。その額、およそ1兆4千億円相当。ポールソン自身の報酬は、4千億円相当に上ったと見られています。まさに「史上最大のボロ儲け」ですね。

このときのポールソンの大成功もまた「非対称の収益機会にできる限りのポジションをとる」ことによってもたらされたものです。

ポールソンが行ったCDSという取引は一種の保険のようなもので、保険料に相当する一定額を支払う代わりに、特定の証券化商品などが債務不履行になったときに大きな補償金(保険金のようなもの)を受け取れる取引です。

こうしたディールの損失は、何も起きなかったときに支払った保険料が無駄になってしまうこと。これに対して、証券化商品が債務不履行になった場合には、巨額の保険金を受け取れます。損失は限定的で、利益は巨大というわけです。

もっとも、こうした取引では普通、

という関係が成り立っているはずで、そうであれば期待リターンはゼロのままです。

ところが、バブルの際には、誰もがリスクを意識しないので、

という関係が生じるのです。

バブルが進むと「(バブルが崩壊したときに)保険金を受け取れる確率」がどんどん膨らんでいきます。でも、市場参加者は浮かれているので、本来ならリスク見合いで上昇するはずの保険料が全然上がらないわけです。

ポールソンが目を付けたのはまさにこの点でした。彼は、真に非対称な収益機会を見つけたのです。

Next: 「もう1人のポールソン」天才マイケル・バーリは何に敗れたのか?



ポールソンに先駆けた天才投資家の苦悩

マイケル・ルイスの「世紀の空売り」によると、このポールソンのアイデアには先駆者がいました。マイケル・バーリというヘッジファンド・マネジャーです。

バーリは、しかし先駆者であるが故の苦悩を味わいます。彼のファンドに投資している投資家たちは、住宅価格の下落と証券化商品の債務不履行に賭けるバーリの戦略に理解を示さず、無謀なディールから手を引くようにプレッシャーを与え続けることになるのです。

結果的に、ポールソンが史上最大級の大成功を収めて称賛を浴びる一方で、先駆したバーリは限定的な成功にとどまりました。二人を分けた最大の要因は、取引量の違いです。

ポールソンは、ソロスに影響を受けていて、この非対称の収益機会にできる限りのポジションをつぎ込もうとします。そして、そのために新しい専用ファンドまで組成しています。

ところが、このサブプライムローン・バブル崩壊に賭ける専用ファンドというアイデアも実はバーリが先で、でもバーリは投資家を説得することが出来ずにチャンスを逃していたのでした。

その原因の一つは、バーリの着想がポールソンよりも数か月早かったので、投資家の側に受け入れる準備が整っていなかったことだったと思われます。

バーリの苦闘は、一般投資家にとってバブルに抗うことがいかに難しいかということがその背景にあります。バーリやポールソンなど一部の投資家を除いて、専門家たちがこぞって住宅価格は下落などしない、だから証券化商品も大丈夫だと言い続けている中で、バーリの戦略を誰一人として理解できなかったのです。

一方のポールソンが大成功したのは、投資家へのセールス力があったということもあるでしょうが、時期がバーリよりも少し遅くて、バブル崩壊の兆しが見え始めた時期にあたっていたことが大きかったと思います。

さて、バーリの苦難はまだ続きます。

2007年初頭、ようやくバブルの崩壊が始まり、彼の購入したCDSが利益を出し始めると、彼のファンドの投資家たちは、すぐに取引を解消して利益を確定するようにバーリに圧力を掛けます。バーリはそのために、取引の一部を解消せざるを得なくなり、その後に起きた市場の崩壊による莫大な利益の一部を取り損なうことになります。

投資家たちの行動は後から見るとなんとも愚かに見えますが、これはプロスペクト理論から示唆される行動そのものですよね。成功するとは思えないバーリの取引に長いことつき合わされた投資家たちは、利益が生まれると、さらに利益を上乗せしようと思うのではなく、そのわずかな利益を失うことを恐れたのでした。

ちなみに、バーリは誰よりも早くこの天才的な戦略を思いついたにもかかわらず、あとから来たポールソンらの後塵を拝することとなったばかりか、ファンドの投資家たちとの関係も修復されなかったため、その後自身のファンドを閉鎖してしまったといいます。

Next: 個人投資家がポールソンから学ぶべきこと、学ぶべきでないこと



ポールソンから学ぶべきこと、学ぶべきでないこと

さて、以上みてきたように、ポールソンの成功要因は、

でしょう。けた外れの成功には、なんといっても、とにかくたくさんの取引をすることが必要なのです。でもこれは、前回メルマガ(2016年10月30日号)で見たように、一般の投資家には参考になりません。

ここで考えるべきは、ポールソンと一般の投資家の立ち位置の違いです。

ポールソンは、このディールで記録的な成功を収めるまで、ヘッジファンド業界では大物とは言えない存在でした。それでも、一般の人から見れば十分にお金持ちで、失敗しても今まで築いた財産が残るので、無一文になることはありません。

何といってもヘッジファンドが運用するのは人のお金なのです。もちろん、ヘッジファンドでは、マネジャー自身も出資することで投資家と利益を共有するのが基本です。この時のポールソンも多くの自己資金を投じていました。

でも、ファンドが破たんしても、マネジャーが責任を負うのは出資した分にとどまり、それ以外の財産には責任が及びません。

また、米国ではリスクをとって失敗することに寛容な土壌があり、ポールソンがこのディールで失敗して投資家たちが逃げていったとしても、将来再起できる可能性がないわけではありません。

要するに、一世一代の大ばくちに失敗しても、すべてを失うわけではないのです。

一般の投資家は、それとは事情が全く異なります。自分の財産の中から安全に確保しておくべき部分を除いたものが投資資金になるわけですが、その資金のすべてを失ってしまったら投資家としては再起不能となるかもしれません。

さらに本来は安全に確保しておくべき資金まで投入して、それを失ってしまったら、それこそ生活や人生設計にも甚大な影響を及ぼすことになります。

あくまでも一般投資家にとっての投資の目的は、一発大勝負ではなく、致命的な大失敗を避けつつ、長期的なリターンの最大化を目指すことに置くべきなのです。記録的なディールをするために、可能な限りの取引をすることは、適切なものとはなりえません。

Next: 「非対称の収益機会」を最大として、ポジションサイズを調整せよ



「非対称の収益機会」を最大として、ポジションサイズを調整せよ

とはいえ、「非対称の収益機会に大きなポジションをとる」という考え方自体はとても有用です。

ソロスやポールソンが見つけたような収益機会がいつもごろごろしているわけではありませんし、一般投資家がそれをフルに利用できる環境にいられるとも限りません。でも、収益機会の大きさに応じて、取るべきポジションの大きさは変わってくるはずです。

大して自信があるわけではないけど試し打ちでやってみるディールは、小さめのポジションでやるべきです。でも、ここぞという機会を見つけたら、(絶対に致命傷を負わない範囲内で)できるだけ大胆に取り組むべきです。

ポジションの大きさは、非対称の収益機会を見つけたときを最大として、状況に応じて変化させていかなければなりません。こうしたポジションの大きさの調整は、トレードにおいて極めて大切なポイントであると思います。
(この回終わり)


※田渕直也さんのその他の記事は、無料・有料作品を記事単位で読めるサービス『mine(マイン)』で連載されています。興味のある方はぜひこの機会に講読をお願いいたします。

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