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人間はAIに敗れるか?投資の世界に訪れるシンギュラリティ(技術的特異点)=田渕直也

人間の能力を凌ぐ人工知能の開発には、巨額の研究資金と一線級の研究者が必要です。莫大な資金力を持つヘッジファンド業界は、今まさにその最前線の一つとなりつつあります。(田渕直也

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プロフィール:田渕直也(たぶちなおや)
一橋大学経済学部卒。日本長期信用銀行(現新生銀行)入行。デリバティブの商品開発、ディーリング業務に従事。以後、国内大手運用会社ファンドマネージャー、不動産ファンド運営会社社長、生命保険会社執行役員を経て、現在、株式会社ミリタス・フィナンシャル・コンサルティング代表取締役。『図解でわかるランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて』『確率論的思考』『入門実践金融デリバティブのすべて』(いずれも日本実業出版社)『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』(ダイヤモンド社)『不確実性超入門』(ディスカバー21)など著書多数。

人工知能開発の最前線、ヘッジファンド業界で何が起こっているか

コンピューターが勝手に暴落を生み出す時代

コンピューターによるトレードは、かなり昔からあるものです。これをタイプ別に大きく分けると、今が買い時だとか売り時だとか、売買のサインを出すトレード判断型のものと、決められたルールで実際にトレードを執行する執行型のものがあります。

巷によくあるシステムトレードのソフトなんかは前者にあたるわけですね。後者の自動執行型のものは一般にアルゴリズム・トレードといわれます。

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近年、HFT業者やルネッサンス、シタデルなどのクオンツ系ヘッジファンドで行っているのは、トレード判断も執行もコンピューターが行う全自動型アルゴリズム・トレードです。HFT(高頻度取引)は、そのうちの超高速タイプのものを指します。

1987年に起きたブラックマンデー(米国株価指数が22.6%下落した一日としては史上最大の暴落)では、ポートフォリオ・インシュアランスと呼ばれるタイプの自動執行型アルゴリズムが価格急落の一因になったといわれています。

ポートフォリオ・インシュアランスは、株価が下がるにしたがって株を少しずつ売って、ポートフォリオのリスクをダイナミック(動的)に抑えていくタイプのものですが、そうしたリスク管理ツールが皮肉にも売りの連鎖に一役買ってしまったというわけです。

2010年に起きたフラッシュ・クラッシュ(わずか数分で米国株価指数が9%下落した史上最も急激な価格下落)では、やはり大量の株を一定のルールに従って売りさばく自動執行型アルゴリズムが株価暴落の最初の引き金を引いたと考えられています。この連続的な売り注文に、HFTなど他のアルゴリズムが反応し、売りの連鎖が一気に広まったのです。

一般に、マーケットメイク型のHFTは、ビッドやオファーを提示することで市場に流動性(ここでは、一定の価格レンジで売買が容易にできる度合いを意味する)を供給する役割を果たしています。ところが、売りの連鎖が始まると、自分たちのリスクをおさえるためにビッドをすべて取り消してしまうようなHFTも多いといわれています。

そうすると、価格が急落する中で、投資家がロスカットの売りを出そうとしても突然買い手がいなくなって狙った価格で成約できません。かといって成り行きで注文を出せば、とんでもなく安い価格で成約してしまいます。そして、それがまたパニックを引き起こします。このように、いざという時にマーケットメイク型HFTが突然姿を消すことも、価格の急落を招く一因になるわけです。

1987年当時は、ポートフォリオ・インシュアランスが売りの連鎖のきっかけを生み出したかもしれませんが、実際には多くの人間投資家も連鎖的な売り注文を出したとみられます。

でも、2011年には、わずかな時間に、アルゴリズムが引き金を引いてアルゴリズムが連鎖的な売りの渦を生み出していきました。多くの人間投資家は、呆然として推移を見つめるしかないという感じだったかもしれません。

要するに、コンピューターがひとりでに市場を暴落させてしまう時代に、すでに我々は達しているということです。

Next: 人間投資家よりもコンピュータ・アルゴリズムが「強い」理由



理想的な投資家としての資質をもつコンピュータ・アルゴリズム

以上のように、相場の世界はコンピューターが非常に広範に活用されている世界です。“活用”などという生易しい表現は適切ではありませんね。世界の金融市場は、文字通りコンピューターが席巻している場所なのです。米国でも、日本でも、株式市場での取引の6割ほどがアルゴリズム(主にHFT)によるものとされています。

つまり、一般投資家が株を売買するとき、その相手側はアルゴリズムだということが普通に起きているわけです(それを知ることはできないけど)。

また、OTC型(取引所取引でない)FXなどでは、取引している相手はFX会社のアルゴリズムそのものですよね。

このような売買の相手となってくれるアルゴリズムなら、いざという時に頼りにならない(本当に売りたいときに買ってくれないとか、とんでもなく低い価格を提示するとか)という問題はさておき、基本的には一般投資家の利害と対立するわけではありません

でも、ルネッサンスのように、精妙に構築されたアルゴリズムが高速で収益機会を軒並みかっさらってしまったら、一般投資家の出る幕はなくなるわけで、そうした点ではアルゴリズムと一般投資家の利害は対立しているといえます。

さて、このように相場の世界で広範にコンピューターが活躍しているのは、なぜでしょうか。いうまでもなく、それが有用だからです。

優れた(人間の)投資家というのは、例外なく、過去の相場の歴史を熟知しています。自分が経験したものは当然として、経験していない遠い過去の値動きまで詳しく知っている人も少なくないでしょう。また、金利や為替、株価など異なる市場がどのように連動して動くかということも、経験から多くのことを知っています。

過去に起きたイベントで、その時どのような経済状況だったか、誰が何を言い、どのようなニュースが流れ、それらに対してそれぞれのマーケットがどのように反応したか、などを把握しているのです。

そうした過去の出来事や値動きなどの豊富な情報から、相場ではこういうことが起こりうるとか、特定の状況や相場変動パターンのあとにどのようなことが起こりやすいかというようなことを瞬時に判断しているわけです。

そうした情報の種をどれだけ広範に持っているか、それを記憶の引き出しからいかに効率よく適切に引き出して、今の相場展開に当てはめられるかが、トレーダーの腕を決めるわけです。

でも、今言ったことは、コンピューターが最も得意な分野ではないでしょうか。膨大な過去の経済状況や値動きを記憶し、いくつもの市場の複雑な相関関係を計算したり、相場変動のパターンを探り当てたり、過去のデータに照らして、ある戦略が利益を生む確率を計算したり、そういうことなら適切にプログラミングされたコンピューターが最も得意とする分野であるわけです。

ルネッサンスの強さは、こういうふうに考えると、ある意味で当然のことだとも思えますよね。

また、トレードの失敗の多くは人間の心理的な偏りがもたらすものです。思い付きで判断し、見かけ上のパターンに惑わされ、周囲に流され、ときに無謀なリスクをとり、本当にチャンスが転がっているときには怖くて手を出せず、小幅な利益で満足し、自分の失敗を認めたくないがゆえに損切が出来ずに致命的な損失を被ってしまう。

コンピューターならば、こうした弱点を克服することも可能です。

ちなみに、全自動型のアルゴリズムでも、一般には緊急時に人間の判断で停止させたり、人間が介入したりする安全策が施されるのが普通です。でも、バーチュでは1238日で損失を出した唯一の日はその人為的な介入のミスによるものでした。リベリオンでは、アルゴリズムがうまくいっていないと考えて止めようとしたけど、止めずにいたら結局アルゴリズムの方が正しかったという話でした。

人間はアルゴリズムにすべてを任せることを危険だと考えるわけですが、それが本当に優れたアルゴリズムなら、悪い結果を招き寄せる大きな要因は実は人間の方だったということが多いのです。人こそがミスの源というわけですね。

Next: 人工知能開発にブレークスルーをもたらした“ディープラーニング”



人工知能開発にブレークスルーをもたらした“ディープラーニング”

もっとも、コンピューターもまた万能ではありません。

アルゴリズムが本当に効果を発揮するためには、適切なプログラムを与える必要があります。結局、アルゴリズムの有効性はプログラムの優劣に左右されます。つまり、設計者の能力の限度がアルゴリズムの能力の限度となるのです。

ただし、こうした点でも、新時代の新しい潮流が押し寄せています。新世代の人工知能の活用です。

人工知能といっても、実際にはいろいろなレベルのものがあります。そして、そのほとんどが精巧にプログラミングされたアルゴリズムです。専門家の知見をプログラミングしたものをエキスパートシステムといいますが、人工知能と呼ばれているものの多くはこうしたエキスパートシステムなのです。そうした意味では、人工知能といっても、人間が与えたプログラムによって複雑な計算を高速で行っているにすぎません。

ですが、人工知能の新潮流である機械学習は、本当の意味での人工知能、すなわち自分で考えるコンピューターへの道を開きました。

機械学習は、文字通りコンピューターが自ら学んで、その判断の精度を上げていくメカニズムです。もちろん、これにも様々なレベルがあるわけですが、その中でもとくに有望視されているのが、人間の脳神経細胞における情報処理構造を模したディープラーニング(深層学習)と呼ばれるものです。

これに、膨大な情報(ビッグデータ)を読み込ませると、人間が教えなくても、適切な情報処理の方法を学び、自ら賢くなっていくわけです。これが、ここ数年の人工知能開発にブレークスルーをもたらしています。

(もちろん、当初の設計の良し悪しや学習の過程で性能には差が生まれます。でも、自ら新しい能力を獲得することができるので、当初の設計がそのまま能力の上限を規定することはなくなるということです)

たとえばグーグルのディープラーニングシステムは、大量の画像データを読み込ませたところ、誰も教えていないのに猫を識別できるようになったといいます。もちろん、それを「猫」と呼ぶことは別途教えてあげないといけないのですが、「猫」という概念は教えなくても学べたわけです。

人間の子供が、「ネコ」という言葉さえ知れば、猫を見たときに、それが初めて見た猫であっても「あっ、ネコだ」といえて、犬を見たときにはそういわないのと同じようなことが、コンピューターにもできるようになったということです。

やはりグーグルが開発したアルファ碁という人工知能ソフトがプロの棋士に勝った話も衝撃的でした。日本で開発されたAIも、名人から一勝を上げたことが先日話題になりましたね。

碁は、とても複雑で、場合分けするケースが天文学的であるため、それらをいちいち計算するコンピューターよりも、経験豊富で感覚が研ぎ澄まされた人間の方が圧倒的に有利だといわれてきました。

ところが、アルファ碁などのAIは、ディープラーニングを使って、まさにプロの棋士さながらに、どのような局面でどのような手を打てば有利になるかを判断できるようになったのです。

Next: 人工知能開発の最前線になりつつあるヘッジファンド業界



人工知能開発の最前線になりつつあるヘッジファンド業界

投資の世界でも、こうした新世代の人工知能が既に使われています。リベリオンのアルゴリズムである「スター」は、2009年初頭に株を買いまくり、大成功しました。

当時の市場は悲観一色で、スターを監視していた担当者が、スターがおかしくなったと思ったのだけど、結果としてはスターが正しかったということでした。

スターの判断力は、同じ時期に株を買って大成功したデビッド・テッパー並みだったわけです。このスターにも機械学習が取り入れられています。

近年大成功を収めて巨大ファンドに急成長しているヘッジファンドのツーシグマもまた、ディープラーニングを含む最先端のAIを全面的に採用している新興のファンドです。こちらも非常に優れた運用成績を残しています。

創業者の一人、ジョン・オーバーデックは数学オリンピックのメダリスト、もう一人のデビッド・シーゲルはAIやロボットのプログラミングを学んだ人物で、メンバーの大半に数学者人工知能研究者をそろえるルネッサンス型のクオンツファンドです。

また、レイモンド・ダリオ率いるブリッジウォーターは世界最大級のヘッジファンドとして知られていますが、IBMで「ワトソン」という人工知能の開発チームを率いていたデービッド・フェルッチを(恐らく大変な高報酬で)引き抜いています。

人工知能と一口に言ってもピンからキリまで様々なレベルのものがあり、本当に人間の能力を凌ぐほどの最先端の人工知能の開発には、巨額の研究資金と、世界でも一握りといわれる一線級の研究者が必要です。

ですから、本格的に研究開発に取り組める業界も限られるわけですが、ヘッジファンド業界は、莫大な資金力と、他の業界では決して実現できない巨額報酬によって、まさにその最前線の一つとなりつつあります。

一流の研究者だったシモンズがヘッジファンド業界に転じてけた外れの億万長者になったことは、人並み外れた知力を持つ一流の研究者にとって、輝ける先例であるに違いありません。

人工知能の能力が人間の能力を上回ってしまうことを「シンギュラリティ(技術的特異点)」と呼んでいます。総合的な能力という点で、はたして本当に人間の能力を上回る人工知能の開発が可能かどうか、様々な意見があるようですが、特定分野において人工知能が人間を凌ぐことは現実に起きつつあります。投資の世界はその最も顕著な例の一つというわけです。

そして、その影響は甚大です。次回は、その点について考えていくことにしましょう。


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