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狂気か?打算か?「トランプ外交」が世界に突きつける2つのシナリオ=高島康司

いまトランプ政権の外交政策について、主要メディアが盛んに報じている。だが米国でも日本でも報道内容と現実が大きく乖離し、まともな予測はできていないのが現状だ。本稿ではまったく真逆の2つのシナリオを紹介しながら、今後トランプ政権のアメリカが進む道を考えてみたい。(『未来を見る!ヤスの備忘録連動メルマガ』高島康司)

※本記事は、未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 2016年12月9日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

専門家の意見はバッサリ二分。そして浮上する「第3の新秩序」とは

「反グローバリズム」が主流に?

いま水面下で米大統領選の票の再集計が続いており、本選挙の行われる12月19日にはある程度の混乱が予想されるものの、来年の1月20日にはトランプ政権が発足するものと見られている。これがどんな政権になるのか、世界は固唾を飲んで見ている状況だ。

トランプの勝利以後、特にヨーロッパでは反グローバリズムな極右の躍進が著しい。イタリアの国民投票で憲法改正案が否決された結果、レンツィー首相が辞任した。これには極右の五つ星運動の躍進が大きくかかわっている。

またオーストリアの大統領選挙では、リベラルな緑の党出身のファン・デア・ベレンが勝利したものの、自由党のホーファーも48.3%を得票して、極右が政権の座を担えるほど支持を拡大していることが明らかになった。

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このような状況なので、トランプ政権は反グローバリズムの極右のモデルとなる。これまではロシアのプーチン大統領が反グローバリズムの象徴であった。しかしプーチンは支持が高い一方、かならずしも人権や言論の自由などの民主的な価値観を尊重しているとはいえないので、反グローバリズムを主張する政治集団も「極右」というレッテルが張られ、国内で支持を拡大する障害になっていた。

そのようなとき、アメリカにおけるトランプ政権の成立は、反グローバリズムの潮流がむしろ主流になることを意味している。これからはトランプ政権が反グローバリズムとローカリゼーションのモデルとなる。そのため、トランプ政権が実際にこれから何をやるのかが注目されているのである。

死につつある主要メディア

いまトランプ政権の閣僚の任命が続いている。主要メディアは、その顔ぶれから政権の性格を予想する報道をしている。だが、アメリカでも日本でも「混乱している」「一貫性がない」「先が見えない」などと形容されており、まともな予測が出てきていないのが現状だ。

これは、トランプ政権の主要な補佐官や閣僚の報道を見るとよく分かる。いま日本と欧米の主要メディアでは、ネットを中心としたニュース系の独立系メディアを「偽メディア」や「偽ニュース」として非難し、注意を促すキャンペーンが行われている。

だが、補佐官や閣僚の報道を見ると、現実とあまりに異なるので、まさに主要メディアこそが「嘘ニュース」ではないかと思ってしまう。

トランプ政権に関する「報道と現実の乖離」

次に挙げるのは、報道される内容と実際の人物像が異なるトランプ政権の閣僚や補佐官たちだ。特に顕著な例を掲載する。

<マイケル・フリン安全保障担当補佐官>

主要メディア報道:
元アメリカ国防情報局長官。米陸軍中将。イスラム教を「癌」と呼び、イスラム教徒に脅威を感じるのは「当然のことだ」と発言する、イスラムに対する恐怖心と嫌悪を駆り立てた人物だ。

実際の人物像:
米軍内の反ネオコン勢力のリーダー。オバマ政権がシリアのアサド政権を打倒を優先させ、イスラム原理主義勢力を支援していることに強く反対。オバマ政権の政策では、シリアは「IS」に占拠されると批判。それが原因で国防情報局長官を追われる。

<スティーブン・バノン首席戦略官>

主要メディア報道:
アメリカの新右翼との結びつきで名の知れた保守系オンラインメディア「ブライトバート・ニュース」の会長。右翼で白人至上主義者の上に、女性差別主義者反ユダヤ主義者でもある。KKKの隠れた指導者ともいわれる。

実際の人物像:
反ネオコン、反グローバリズムの旗手。アメリカの格差の原因は資本家と富裕層が社会的モラルを失ったことが最大の原因と考える。キリスト教の道徳と価値観に根ざした資本家精神を鼓舞し、正しい資本主義の再興を目指す。

<ジェームズ・マティス国防長官>

主要メディア報道:
元中央軍司令官。海兵隊大将。アフガニスタンとイラク侵攻作戦の総司令官。かつて「人を撃つのは楽しい」と述べ物議を醸したことから、「狂犬」との異名を持つ。

実際の人物像:
反イスラエル、反イランの反ネオコン派。イスラエルのヨルダン川西岸地域における入植地や壁の建設を「アパルトヘイト」と批判し、パレスチナ国家の成立を強く主張。また、イランの勢力拡大を警戒し、オバマ政権を批判。

<マイク・ポンペオCIA長官>

主要メディア報道:
グアンタナモ刑務所でテロ容疑者に「水責め」など拷問をしていた事実が発覚し、オバマ大統領が拷問を中止した際、「(水責めを行ったのは)拷問者ではなく愛国者だ」と主張。イスラムは悪魔と発言。

実際の人物像:
ティーパーティー派の反ネオコン。イスラム原理主義の脅威を力説。イラン核合意に反対。

<ジェフ・セッションズ司法長官>

主要メディア報道:
移民問題の強硬派。トランプ氏がイスラム教徒の入国を全面的に禁止する方針を打ち出した際、支持を表明した数少ない議員の1人。

実際の人物像:
過度な自由貿易に反対する反グローバリスト。反TPP、反NAFTA。過度な移民の流入に反対する。国家主権を強化し、国内経済の保護を優先する。

このように、報道と現実の相違が顕著な例だけを見ても、主要メディアの報道は「正確さ」とはほど遠いことが分かる。

報道では、トランプ政権の補佐官や閣僚を「反主流」「保守強硬派」などというレッテルで表現することが多いが、こうした認識では彼らが何物なのか見当がつかないのも当然だ。

実際には、これら人物の実像から分かる通り、要するにトランプ政権は反ネオコン反グローバリズムの方向性が顕著な政権である。

Next: トランプ外交で日本と世界はどう変化する? 異なった2つの予測



反ネオコン・反グローバリズム・反軍産複合体

もちろん、ゴールドマン・サックスの元幹部のスティーブン・ムニューチンが財務長官に起用されているので、ウォールストリートの影響もあることは間違いない。トランプは、オバマ政権が2010年に制定した金融機関規制の「ドット・フランク法」を撤廃することを約束しているが、これはまさにウォールストリートの意向の反映だろう。

しかし、こと外交政策に限っていえば、トランプ政権は明らかである。これは反ネオコン反グローバリズム、そしておそらくは反軍産複合体の政権なのだ。

異なった2つの予測

では、このようなトランプ政権の外交政策はなにを目標にするのだろうか?覇権が凋落しつつあるといっても、アメリカの外交政策が国際秩序に与える影響は大きい。気になるところである。

ところが、興味深いことにトランプ政権の外交政策の狙いに関して、もっとも信頼できる専門家や調査ジャーナリストから2つの相反する見方が出ている。それらは以下のものである。

シナリオ1

「米国は多極型の国際秩序を容認し、覇権を放棄する」

ひとつは、前々回メルマガ(第408回)記事で詳しく紹介したフランスの著名なシンクタンク・LEAP/2020に代表される見解と予想だ。

トランプ政権はこれまで鋭く対立していたロシアと和解することで、アメリカとロシアが同盟関係になる可能性が極めて高い。一方ヨーロッパでは、これから極右のポピュリズム政権が数多く台頭するので、現在のEUは解体し、主権国家の自立性を前提にした新たな国家連合へと置き換わる可能性がある。この国家連合は反グローバリゼーションを掲げるトランプ政権と強い親和性がある。その結果、ロシア、アメリカ、ヨーロッパのゆるい連合が形成されるだろう。

また当初トランプ政権は、関税の強化など中国には厳しい姿勢で望むだろうが、これは長くは続かない。すでに中国は世界経済のけん引力だし、ロシアの盟友でもあるので、ロシアとうまくやろうとすれば、トランプ政権といえども中国の勢力拡大を容認するしか道はない。その結果、中国、アメリカ、ロシアでそれぞれ勢力範囲を決定し、地域覇権を分け合う本格的な多極型の体制に移行するだろう。

そしてイランだが、トランプ政権は厳しい姿勢を維持できなくなるはずだ。イランはロシアと中国の盟友である。トランプ政権がロシアとの関係を重視するなら、イランとも良好な関係を保つ必要に迫られる――

このような見方だ。これは、これはLEAP/2020のみならず、元米情報機関のアナリストで鋭い分析と予測を提供しているセイカーや、調査ジャーナリストで地政学の専門家であるココ・エスコバルなどの人々が共有する見方だ。専門性の高い独立系のネットメディアでは、これは主流の見方である。

Next: どちらが現実に? 地政学の権威が指摘する真逆の第2シナリオ



シナリオ2

「米国は中国の勢力圏拡大を抑え、覇権と一極支配を維持する」

一方、地政学のもっとも信頼できる分析者のひとりとされている、F・ウィリアム・エングドールはまったく正反対の見方をしている。

エングドールはロシア・ツデーやスプートニク、さらにニューイースタンアウトルックをはじめとしたロシア系メディアに寄稿している。さらに、地政学のベストセラー作家でもある。一時期、プリンストン大学でも教鞭をとっていた。エングドールの見方はこうだ。

トランプ政権がロシアとの関係改善に積極的なので、アメリカは覇権を実質的に放棄し、多極型の国際秩序を正式に容認したとの見方が多い。しかしこれはトランプ政権の実態を見誤っている。

トランプ政権の外交政策は、オバマ政権の反省に基づいている。2014年3月のクリミアの併合以降、アメリカはロシアの経済制裁を主導し、ロシアとの対立は厳しくなった。またロシアは、シリアのアサド政権を支援したので、両者の対立は深刻なレベルに達した。

このようなロシアと対立する政策は、基本的に失敗した。経済制裁は、ロシアを中国やイランと一層接近させ、中国の主導するアジア・インフラ投資銀行(AIIB)によるユーラシア全域のインフラ建設を活性化させている。

このまま行くと、かねてからロシアが主導する「ユーラシア経済同盟」と中国の「一帯一路」は一体化し、極東から中国、さらに中東とヨーロッパを含む巨大なユーラシア経済圏が誕生することになる。これが誕生すると、アメリカの覇権は決定的に凋落することだろう。これを主導しているのは、中国の勢力圏拡大の動きである。

トランプ政権は、このような動きに歯止めをかけ、アメリカの覇権を取り戻すことを外交政策の基本的な狙いとしている。ロシアとの関係改善はこの狙いを実現するための一環なのだ。トランプ政権はロシアとの関係を強化することによって中国から引き離し、中国とイランを孤立させる。そしてこれらの国々に厳しく対応し、勢力拡大の勢いを徹底して削ぐ計画だ。

もちろん、プーチンがこの動きに乗るかどうかは分からない。ロシアの、中国とイランとの戦略的な関係はことのほか深く、この関係を分断するアメリカの動きにはロシアは徹底して抵抗するだろう。うまく行くかどうかは分からない。

しかし、トランプ政権の親ロシア政策は覇権の放棄と多極化容認どころか、アメリカの覇権を再構築する狙いがあることは明白である――

これが著名な地政学者、エングドールの見方だ。トランプ政権の外交政策の結果、多極化容認とアメリカの覇権の失墜を予測するセイカーやココ・エスコバルなどの論客と、鋭い論争が続いている。

Next: 日本も否応なく巻き込まれる、エングドール「覇権再構築論」の根拠



エングドールは「ランドパワー vs. シーパワー」で世界を捉えている

ところでエングドールの覇権再構築論の根拠になっているのが、歴代の政権でアメリカの外交政策に強い影響を与えているズビグニュー・ブレジンスキーの地政学のモデルである。

これは、戦後70年、アメリカの世界戦略の主軸となっている「ハートランド理論」のことだ。以前の記事でも紹介したが、重要なので再度掲載する。

これは19世紀後半から20世紀初めにオックスフォード大学地理学部の創設者のハーフォード・マッキンダーが主張した「ランドパワー・シーパワー理論」を、アメリカのエール大学教授であったニコラス・スパイクマンが継承し発展させた理論だ。ちなみにマッキンダーの考え方は、第一次世界大戦前の大英帝国にも採用され、帝国維持の基本理念となった。

「ハートランド理論」とは次のようなものである。

イスラム帝国、中国の元、オスマントルコ、帝政ロシアなどを見れば分かるように、これまで歴史上、ロシア、中国、中央アジア、東欧、西欧などの諸地域を含む広大なユーラシア大陸を制した世界帝国が出現してきた。これが「ランドパワー」である。

これに対し、大英帝国大日本帝国、そして現在のアメリカは、海を中心に勢力を拡大する「シーパワー」である。

大英帝国やアメリカなどの「シーパワー」が勢力を維持するためには、「ランドパワー」である陸の帝国の勢力拡大を押さえ込まなければならない。一方帝国化した「ランドパワー」を見ると、中央アジアから東欧にかけたユーラシアを支配した勢力が、世界帝国化している。この地域は「ランドパワー」の要であるということでは、まさに「ハートランド」である。

ということは、「シーパワー」が同盟し、「ハートランド」のユーラシアで、これを支配する単一の勢力が出現しないように押さえ込むのが、世界帝国化した「ランドパワー」の出現を阻む最良の政策である。

歴代米政権の外交政策の基本理念は、まさにこの「ハートランド理論」であった。冷戦期には「ランドパワー」であるソビエトを押さえ込むために、同じ「ランドパワー」の中国を間接的に支援して中国とソビエトを仲たがいさせ、また、日本、韓国、東南アジア、インドなどの「シーパワー」の国々と同盟し、ソビエトの拡大を阻止した。

オバマ政権の外交も「ハートランド理論」に基づく

現代のアメリカでこの「ハートランド理論」を代表する人物こそ、歴代の米政権で外交政策を立案しているズビグニュー・ブレジンスキーである。1997年、ブレジンスキーは『グレートチェスボード(邦題:世界はこう動く)』という本を著わし、冷戦後の世界におけるアメリカの外交目標と世界戦略を示した。

それは、「ハートランド」の中央アジアを支配する強大な国家が出現しないように、NATOを拡大させるなどしてロシアを徹底して押さえ込むことを主張した本である。

このような視点から見ると、オバマ政権のロシア敵対政策は、やはり「ハートランド理論」の適用であるのが分かる。

ロシアのような国が「ハートランド」の一大勢力にならないように抑止するためには、平和的な外交ではなく、厳しい経済制裁や、軍事力の大胆な使用も辞さない強硬な態度こそカギとなるという考え方だ。

先に紹介したエングドールのトランプ政権の外交政策の予測も、このような「ハートランド理論」に基づいている。

Next: どちらの予想シナリオが現実となるのか?



オバマ政権とトランプ政権、たった1つの大きな違い

しかし、オバマ政権とトランプ政権を分ける大きなポイントは、ユーラシアで拡大する勢力としてロシアではなく、中国を優先しているということである。

オバマ政権は、「ハートランド理論」に基づくロシア敵対策で失敗した。むしろロシアを拡大する中国とイランに接近させ、ユーラシアにアメリカに敵対的な勢力圏を形成させることになってしまった。

そこでトランプ政権は、ロシアを抱き込み、ユーラシアで勢力を拡大している中国とイランを徹底して押さえ込み、そのようにしてアメリカのスーパーパワーとしての覇権を維持する狙いだ。

反ネオコン、反グローバリズムと伝統的な覇権主義

さて、こうして見ると違和感を覚えざるを得ない。トランプ政権は反ネオコン反グローバリズム、そして反軍産複合体の主要な人物が結集した政権ではなかったか?

そうであることは間違いない。しかし、エングドールの指摘していることから考えると、反ネオコン、反グローバリズムの政権であったとしても、アメリカが戦後長きにわたって追求してきた伝統的な覇権主義は、放棄するどころかむしろ強められるのではないかということである。

どちらの予想が現実となるか?

さて今回は、トランプ政権の外交政策の狙いに関する2つの異なった予想を紹介した。いまトランプ政権の方向性を固唾を飲んで見ているとき、重要な視点ではないかと思う。

果たしてトランプ政権は、覇権失墜を容認した多極化型国際秩序の政権なのだろうか?それとも、アメリカの覇権強化を目標にした伝統的な覇権主義の政権なのだろうか?どちらの予想が的中するのだろうか?注視しなければならない。
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image by: Debby Wong / Shutterstock.com


※本記事は、未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 2016年12月9日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ(2016年12月9日号)より一部抜粋・再構成
※太字はMONEY VOICE編集部による

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