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日本国民が知らない「日露共同経済活動」という賭けのリスク=内閣官房参与 藤井聡

記事提供:『三橋貴明の「新」経世済民新聞』2016年12月20日号より
※本記事のタイトル・本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです

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北方領土問題は、総理が言う「特別な制度」の中身に賭かっている

世論は楽観的すぎる?日露首脳会談に一定の評価

先週は安倍総理とプーチン大統領の日露首脳会談の様子が、大々的に報道されました。その中で「日露共同経済活動」が、これまで全く進んでいなかった北方領土問題に風穴を開ける「新しいアプローチ」として大きくクローズアップされました。

こうした経緯に対して、多くの国民は、ロシアを相手にした北方領土の交渉は一筋縄ではいかないとはわかっていたものの、一時、「二島先行返還か」と気色ばんでいた向きもあり、失望の声も多く聞こえたのは事実のようです。
※北方領土進展に否定的69% – 産経ニュース
http://www.sankei.com/world/news/161219/wor1612190019-n1.html

しかしそれでもなお、日露共同経済活動を通した「新しいアプローチ」は、一定の評価が与えられているようでもあります。
※共同経済活動への賛否でも、賛成77・3% – 産経ニュース
http://www.sankei.com/world/news/161219/wor1612190019-n1.html

そしてトータルとしては、この首脳会談は肯定的に評価されているようです。
※日露首脳会談について、「評価する」との回答が63・9% – 産経ニュース
http://www.sankei.com/world/news/161219/wor1612190019-n1.html

つまり国民は、「北方領土は進展しなくて残念だけど、日露共同経済活動を通した新しいアプローチをやるそうだから、まぁ、よかったんじゃないか」と考えている様子です。

しかし、当方、この数字を見て、戦慄を覚えてしまいました。

確かに「新しいアプローチ」は、状況を打開する攻めの一手になる可能性は存在しなくはありません。しかし、「失敗」すれば、取り返しのつかない重大な事態を引き起こすリスクが存在しているのですが――上記数字は、多くの国民はその「リスク」に思いが至っていないことを示しています。

Next: 「日露共同経済活動」が失敗すれば、取り返しのつかない事態に



「日露共同経済活動」が失敗すれば、取り返しのつかない事態に

そもそも、日露共同経済活動が北方領土で行われたとしましょう。その時、北方領土での日本企業・日本人の活動が全て「ロシアの法律の下」で行われることを、日本政府が是認し、実際そのようにされたとしましょう。

そうすると、「日本政府が北方領土はロシア領であること(=北方領土の主権が日本ではなくロシアにあること)」を、「正式」に認めたことになってしまうのです。

例えば、日本政府の許可を得て北方領土に訪れていた日本人が、何らかの罪を犯した時に、「ロシアの警察」に捕まり、「ロシアの裁判」で裁かれ、そして日本側がそうなることを是認していたとすれば、それは事実上、日本政府が北方領土の主権がロシアにあることを認めたということになってしまいます。

そうなったとき、北方領土問題は、今日よりも修復不可能な事態にまで「後退」することになります。

なぜならわが国がこれまで一貫して公言し続けていた「北方領土の主権は日本にある」という主張を、この「共同経済活動」を契機として取り下げたも同然の状況になるからです。

そうなれば、世界中の誰の目から見ても「北方四島には領土問題が存在しない」ということになってしまいます。そもそも領土問題というものは、特定の島や地域の「主権」を(少なくとも)複数の国家が主張してはじめて存在することになるからです。

ロシアの法律の下で行われる「共同経済活動」

そして恐ろしいことに、ロシアのタス通信はまさに、上記の懸念通りの内容を報道しています。

ロシアのタス通信は、少人数の会談に出席したウシャコフ大統領補佐官が記者団に対して、「両首脳は、島々の共同経済活動に関しての協議開始に向けた発表内容で合意した」と述べたと伝えました。
(中略)
ウシャコフ補佐官は「島々での共同経済活動はロシアの法律の下で行われることになる」と述べたということです。

出典:日ロ首脳会談 特別制度の共同経済活動などで議論 – NHK NEWS WEB

これはあくまでもロシアでの報道であり、真実である保証は全くありません。とはいえもちろん、総理は「共同経済活動はロシアの法律の下で行われることになる」ということが、最悪のシナリオであることを深く理解していると考えられます。

だからこそ総理は、記者たちに対して「四島における日ロ両国の特別な制度のもとでの共同経済活動」を強調されたのだと思われます。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161215/k10010808571000.html

つまり、この総理発言の趣旨は、共同経済活動は決して、ロシアの法律の下で行うのではなく、「四島についてのロシアの主張」と「四島についての日本の主張」の双方に抵触しない「特別な制度」でもって行うものだ、というものです(実際、共同声明には、共同経済活動の調整や実施が「平和条約問題に関する日露の立場を害するものではない」と明記されています)。

Next: 大事なのは「特別な制度」の中身。北方領土問題前進の条件とは?



大事なのは「特別な制度」の中身。北方領土問題前進の条件とは?

そうなると、ここで問題となるのは、その「特別な制度」なるものの「中身」だということになります。

日米双方の領有権主張に抵触しない特別制度」なるものができる限りにおいて、北方領土交渉は、今回の新しいアプローチによって「前進」したということができるでしょう。しかし、そういう「特別な制度」ができなければ、結局は共同経済活動もできなくなりますから、前進も後退も無く、何も変化しない、ということになります。

ただし、ここで恐ろしいのは、「四島はロシア領である」というロシアの主張は反映されている一方で、「四島は日本領である」という日本の主張が(実態上)反映されて「いない」制度の下で共同経済活動が行われてしまう、というケースです。そうなれば、日本が北方領土の領有権を実質的に「放棄」したことになり、結果として、今回の新しいアプローチによって、北方領土問題は「大きく後退」してしまうことになるのです。つまり、少なくとも現時点では、前身か後退か、変化無しか、全くわからない状況にある――というわけです。

これをポジティブに捉えるなら「前進する可能性が出てきた」とも言えます。ですが、ネガティブに捉えるなら「取り返しのつかない状況を招く恐ろしいリスクに直面している」とも言えます。

つまり、今回の首脳会談が是か非かは、これからの対露交渉と、それによって決定される「新しい制度」の中身にかかっているわけです。

ロシアが自国の領有権を放棄する「新しい制度」を認めるはずがない

ところで、あるTV番組でご一緒した高橋洋一先生は、この「新しい制度」について、「ロシアが、自分の領有権を放棄するような新しい制度を認めるはずなどない」と断定しておられました。当方としては、総理が既に「新しい制度で共同経済活動を行う」と明言している状況を踏まえ、「(その主張が正しい可能性はもちろん否定できないが)もし仮にそれが正しいのなら、共同経済活動は絶対に正当化できない!」という趣旨の発言をいたしましたが――なぜ当方がそういう主張したのかは、ここまでお読み頂いた読者の皆様ならご理解いただけますよね。

いずれにせよ――北方四島が返還される状況を創出するためには、少なくとも上述の状況認識だけは必須であると筆者は考えます。とりわけ、「新しいアプローチ」なるものに踏み出す以上、上記認識を持たずに、今回の首脳会談を賞賛したり否定したりするのは愚の極みであると、筆者は考えます。だからこそ、筆者としては本稿をあえて取りまとめた次第です。

北方領土が返還される日が訪れることを心から祈念しつつ――今日はこれにて終わりたいと思います。

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