矢継ぎ早に大統領令を出し、世界を混乱させているトランプ政権。だが、日本ではほとんど報じられていない重要な大統領令もある。それを分析すると、米国内のエスタブリッシュメントの間の熾烈な闘争と、中国の中東戦略が見えてくるのだ。(『未来を見る!ヤスの備忘録連動メルマガ』高島康司)
※本記事は、未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 2017年2月3日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
「入国拒否」よりも重要な、もう1つの米大統領令が意味するもの
矢継ぎ早の署名で大混乱
1月20日の就任式後、トランプは矢継ぎ早に大統領令を出し、オバマ政権の路線を大きく変更している。大統領令とは、議会の承認を必要とせず、大統領の権限だけで実行できる行政命令のことである。
これはもともとあった大統領の権限だが、2期8年のオバマ政権のときに強化され、大統領への権力集中が進んだ。トランプ政権はこれを活用し、路線の根本的な変更を伴う重要な大統領令を発令している。
トランプが選挙期間中に発表した公約は39であった。そのうちの15が大統領令としてすでに実現している。
- TPP永久離脱
- 移民受け入れ都市(サンクチュアリ)への資金援助停止
- オバマケアの廃止
- メキシコ国境の壁建設
- アメリカ軍の再建
- ISの壊滅計画立案指示
- NSC(国家安全保障会議)の再編成
- 政府職員のロビー活動制限指示
- 省庁の業界規制撤廃指示
- 環境保護で中止になっていたカナダからメキシコ湾へのパイプライン工事の再開
- リビア、ソマリア、スーダン、イエメン、イラク、イラン、シリアの7ヶ国からの米入国の一時禁止
- すべての国からの難民の入国禁止
- 入国審査の厳格化
- 妊娠中絶を支援する団体への資金提供禁止
- 製造業の手続き簡略化
これ以外にも、大統領令ではないが、トランプはNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉をする意志を示している。
これから残りの公約が次々と大統領令として発令されることだろう。いまは序の口にすぎない。公約のなかには、「中国への45%の関税の導入」「モスクの監視」など、経済と社会のルールを大幅に変更する危険なものが多い。
これらが発令されると、かなりの混乱を引き起こし、予期しない結果になる可能性がある。
重要な大統領令「NSC(国家安全保障会議)の再編成」の中身
これだけの大統領令がわずか10日のうちに矢継ぎ早に出された。それはあまりに急で、世界に大きな衝撃が走っている。日本の経団連の関係者は、これを世界史的な転換と形容しているが、まさにその通りだ。
特に(11)と(12)は世界的に大きな拒否反応を引き起こし、アメリカのみならず欧米の主要都市を中心に激しい抗議運動を引き起こしている。
一方、これらの大統領令のうち(7)のNSC(国家安全保障会議)の再編成についてはさほど報道されていない。だが、いまのトランプ政権の状況と米国内で起こっていることを見るには重要な大統領令だ。
NSC(国家安全保障会議)とは、アメリカの安全保障における最高意思決定機関である。大統領、副大統領、国務長官、国防長官、エネルギー庁長官、安全保障担当主席補佐官、主席補佐官、国家情報長官、統合参謀本部議長などが参加し、
- 大統領への安全保障政策の助言
- 安全保障計画の立案
- 各省庁の調整
の3つをおもな機能としている。会議とはいっても、専従のスタッフを抱える政府機関でもある。
今回のNSCの組織変更では、CIAやFBIなどの情報機関を監督する上位機関である国家情報局の長官と、米軍のトップである統合参謀本部議長が排除され、代わりに補佐官のスティーブン・バノンが入った。また、安全保障担当補佐官はマイケル・フリンに代わった。
スティーブン・バノンは反グローバリストで、右翼系のネットメディア『ブレットバートニュース』の主宰者だ。これは日本でいえば『チャンネル桜』が、国家の安全保障政策の立案に直接かかわるようなものである。
それも、国家情報長官と統合参謀本部議長という、国家の中枢を担う機関を排除しての参加だ。これは米国内で、中東7カ国の入国拒否以上に、大変な拒否反応を呼び起こしている。
Next: トランプと国家情報局が激突。その本質は「CIAによる海外工作の否定」にある
トランプと国家情報局・CIAの熾烈な戦い
実はこのような大統領令は、トランプ政権と、国家情報局、ならびにCIAとの熾烈を極めた戦いの一側面を表している。
周知のように、国家情報局とそれが監督するCIAは、トランプの当選が決まった昨年の11月8日以降も、民主党全国本部のサーバがロシアによってハッキングされたとして、トランプの勝利がロシアの介入によってもたらされたものであると印象づけるキャンペーンを実施していた。そして、これを全面的に否定するトランプとの間で、熾烈な戦いが展開していた。
ロシアによるハッキング問題は報道もされなくなったが、トランプと国家情報局、ならびにCIAとの戦いは水面下で継続している。国家情報長官をNSCから排除した今回の大統領令は、国家情報局とCIAに対するトランプ側からの報復としての側面がある。
本質は「CIAによる海外工作の否定」
しかし、NSCからの国家情報局の排除は報復のためだけなのだろうか?実はこれにはもっと本質的な理由がある。
このメルマガの読者であれば周知だろうが、これまでアメリカは自国に有利な国際環境を形成したり、アメリカにとって都合の悪い政権を倒す工作を実施してきた長い歴史がある。
特に2003年のイラク侵略戦争に失敗してからは、コストのかかる戦争に代わって、各国で民主化要求運動を盛り上げて政権を内部から崩壊させ、アメリカに都合のよい政権の樹立を後押ししてきた。
また、同じ手法を使って混乱を拡大し、アメリカが望む国際的な環境の形成を行ってきた。
2000年のユーゴスラビアのブルドーザー革命に始まり、2005年までにかけてグルジア、ウクライナ、キルギスなどの旧ソビエト共和国の親ロシア派政権を民主化要求運動で打倒したカラー革命や、2010年に始まり中東全域に拡散したアラブの春、さらに2011年から始まったシリアの内戦、そして2014年に激化したウクライナ内戦などは、みなこうした手口を通して、アメリカが深く関与して引き起こしたことはすでに明白だ。
こうした民主化要求運動は、米国務省の配下にあるNGOが資金を提供して支援し、ベオグラードに本部があるCANVASという組織が運動のノウハウをトレーニングするという方法で拡大した。
著名投資家ジョージ・ソロスのオープン・ソサエティーや、自動車メーカのフォードが資金を提供するフォード財団などは、こうしたNGOの代表的な例だ。さらに、CIAの実質的な配下にあるアメリカ開発援助庁も、資金の支援では非常に大きな役割を果たしている。
そして、こうした民主化要求運動による政権転覆のオペレーション全体を指揮し、監督しているのはCIAなのである。
さらにCIAはイラク駐留米軍と一緒に、2007年頃から、イラクでイラン系のシーア派武装集団に対抗する必要から、スンニー派の原理主義組織「IS」の結成と訓練に関与し資金を提供した。
ISには、トルコとサウジアラビア、さらにカタールも資金を提供している。ISは、欧米が敵視するシリアのアサド政権を打倒する格好の道具として使われた。
「海外から手を引く」トランプの公約とも一貫
このようなCIAが海外で行ってきた工作の経緯を背景にすると、トランプ政権がNSC(国家安全保障会議)からCIAの上位組織である国家情報局を排除したことの意味が見えてくる。
つまり、CIAのような米情報機関が主導する海外の工作から一切手を引くという宣言なのである。米軍を統括する統合参謀本部も排除されたのは、米軍がCIAのオペレーションに深く関与していたからではないかと思われる。
これは、「他国の国家建設にはかかわらない」とするトランプの公約と一貫している。
Next: アメリカが撤退した後の中東全域を中国とロシアが制覇する
「アメリカの裏切り」でもある「イスラム7カ国からの入国禁止」
このように見ると、いま大きな論争の的になっているイスラム7カ国からの入国禁止処置の別な意味が見えてくる。
もちろんこの入国禁止処置には、米国内のテロの発生を抑止する意味もあるだろう。しかし、そのような表向きの説明とは異なる意味がある可能性が大きい。
いま日本では、この処置はこれらの国々で反米感情を煽ることになるので、テロを増加させる可能性のほうが大きいと報道されている。たしかにそれは間違いない。
他方、イラク政府軍、シリアの反政府勢力、イエメンの反体制派、リビアの反政府勢力など、アメリカと協力関係にある勢力が多い国々も含まれている。これらの勢力からすると、今回の入国禁止処置は「アメリカの裏切り」として受け取られたとしても驚くべきではない。
なぜなら、こうした勢力は、いざ自分たちの勢力が追い詰められたときは、アメリカへの亡命をひとつの選択肢として見ているからである。
中東に拡大する中国とロシア
いずれにせよ、これらの国々では反米感情が高まり、その結果、アメリカの影響圏から離脱する動きがこれから加速するはずだ。そして、これらの国々が関係を強化するのは、アジアからヨーロッパの全域でユーラシア経済圏の形成を加速させているロシアと中国である。
最近、特に中国は中東で一気に存在感を拡大しているので、この動きは7カ国の入国禁止処置でさらに加速することだろう。
すでに中国は、ユーラシア経済圏拡大の一帯一路構想に中東を組み込みつつある。昨年、中国はエジプトと合同軍事演習を行い、関係を強化している。450億ドル相当の投資も行う計画だ。
さらに中国は、イスラエルとの関係強化も図っている。中国はイスラエルのハイファ、アシュトッド、そしてエリアットのコンテナの陸揚げが可能な3つの港湾の整備を行っている。
特に紅海に面したエリアット港には、2019年までに中国からの鉄道が乗り入れ、一帯一路構想に組み入れる計画だ。それとともに、イスラエルには600億ドルの投資も実施する。
今回の7カ国からの入国禁止処置で、中東全域でこれからさらに高まる反米感情は、こうした中国の一帯一路構想の拡大にとっては好都合のはずだ。
すでに多くの専門家の間では、中国が中東における経済関係の強化をテコにして、原理主義の嵐で揺れている地域に政治的な仲裁役としての存在感を強める可能性が指摘されている。もちろんこれは、ロシアとの積極的な協力を背景に行われるはずだ。
すると、イスラエルも含め中東全域が中ロ同盟の影響圏に組み入れられ、アメリカは排除される結果になるだろう。
Next: 米国の孤立主義への転換を如実に表すトランプの大統領令/CIAの逆襲
米国の孤立主義への転換を如実に表すトランプの大統領令
このように見ると、(1)NSCからの国家情報局と米軍の排除、(2)中東7カ国からの入国禁止という、一見混乱して見えるトランプの2つの大統領令は、ある方向で連動していることがよく分かる。中東全域は、アメリカの国益追求のために、CIAが秘密工作を展開してきた地域である。
今回の大統領令で、安全保障の最高意思決定機関であるNSCから、国家情報局もろともCIAと米軍が排除された意味はあまりに大きい。NSCでアメリカの安全保障政策を主導する立場にあったCIAは、トランプが指名したスティーブン・バノンとマイケル・フリンという2人の強力な反グローバリストの配下におかれる。
彼らは、アメリカが世界のあらゆる地域にコミットすることにはとても否定的な、孤立主義者だ。反米感情がいま以上に高まる中東で、CIAがこれまで通りの工作を行うことを彼らが認可するとは思えない。
もともとCIAと米軍が道具として作ったISを、ロシアと強力して壊滅するとしたトランプ政権の政策は、この孤立主義への転換を如実に表している。
トランプがこの2つの大統領令への署名を、このような結果を予期して意図的に行ったのかどうかは定かではないが、少なくともその可能性はあるだろう。このようにしてトランプ政権は、世界のあらゆる地域で反米感情を高めながら、とりあえずは世界へのコミットメントを大幅に減らす方向に動くことは間違いない。
これからさらに強烈な大統領令が出され、この方向は強化されることだろう。注視しなければならない。
CIAの逆襲
一方、このような状況をCIAが黙認しているはずはないと見た方がよい。事実、すでにCIAはトランプ大統領とフリン安全保障担当補佐官のすべての電話を盗聴しており、その記録を握っていると言われている。これは多くの記事にすでに出ている。
トランプらは、すでに政権に就く前からロシアと活発にコミュニケーションしていたという。CIAはこの会話記録をすでに掌握している。時期が来れば、これをすべて暴露するとしている。
他方トランプは、これに対する対抗処置として、2001年の911同時多発テロにおけるCIAの関与の事実をすでに持っているといわれている。これを暴露してCIAを追い詰める戦略だともいわれる。
このように、トランプ政権とCIAの熾烈なバトルは水面下で激しさを増し、続いている。どうなるだろうか?
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未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ(2017年2月3日号)より一部抜粋・再構成
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