ソフトバンクと楽天の投資事業が凄いので解説します。楽天はこの5年間で約1,500億円を約2,600億円に増やし、ソフトバンクはそれ以上の成績をあげています。(『決算が読めるようになるノート』シバタナオキ)
※本記事は有料メルマガ『決算が読めるようになるノート』2017年12月5日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
SearchMan共同創業者。東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 博士課程修了(工学博士)。元・楽天株式会社執行役員(当時最年少)、元・東京大学工学系研究科助教、元・スタンフォード大学客員研究員。
本業より凄い投資事業。リスクを取る楽天とソフトバンクの投資術
楽天キャピタルのIRRは34%
2017年7月~9月期の楽天の決算資料の中に、楽天キャピタルの投資額に関するスライドがありました。
このスライドの意味するところは、2012年~2017年の間に$1.5B(約1,500億円)を投資して、それらの投資先の現時点での公正価値が$2.6B(約2,600億円)になっている、ということです。
ROI(Return on investment)を計算すると+70% 、IRR(Internal Rate of Return)を計算すると34%となっています。
IRRとは、内部収益率(Internal Rate of Return)のことで、誤解を恐れずに言うと「金利」だと思ってください。皆さんが1万円を投資して、毎年10%ずつ増えるのであれば、IRR = 10%です。
IRR34%というのは非常に高い数字と言えるでしょう。
一方で、これらの投資先の多くはまだ上場していない企業であり、今後の資金調達ラウンド、あるいは株式公開時においてダウンラウンドとなり、公正価値が下がる可能性も無いとは言い切れません。
一般的な債券・株式に投資した場合のIRR
この34%という数字はどのくらい高いのか。これを感覚的に理解するのは難しいかもしれないので、いくつかベンチマークを示してみたいと思います。
まず、アメリカの債券のインデックスを見てみます。
最も有名なインデックスの1つであるBloomberg Barclays U.S. Aggregate Bond Indexを見てみると 過去30年間の平均の1年あたりのリターンは7%です。
これはどういうことかというと、仮に30年前にこの債券インデックスを購入していたとすると、30年間平均して毎年7%ずつの複利で資産が増え続けたことになります。
債権という金融商品は、株式などの金融商品に比べるとリスクは小さい部分、リターンも低くなる傾向にあります。実際過去30年間で最も下落した年は1994年で、マイナス3%の下落だけでした。
次に、アメリカの株式インデックス、S&P500を見ています。
S&P500は、過去30年間で平均して毎年11%のリターンを産んでいたことになります。
ただし、株式はその性質上、債権とは異なり、ボラティリティが大きく、上昇する時もあれば大きく下落する時もあります。
例えば1995年には+37%も価格が上昇しましたが、2008年のリーマンショック直後には逆に-37%と大きく下落しました。
簡単にまとめると、過去のアメリカの債券と株式のインデックスのデータを見ると、
- 債券インデックスは毎年平均7%のリターン
- 株式インデックスは毎年平均11%のリターン
となっていることが分かります。
最近、いくつかサービスが開始されている、ロボアドバイザーなどは、こういった金融商品をユーザーのリスク許容度に応じて分散投資をしていきます。例えばあまりリスクを取りたくないユーザーの場合は債権を比較的多く購入する、リスクを許容できるユーザーの場合は株式を多く購入する、といったようなことを、自動的に行ってくれるのはロボアドバイザーです。
いずれにしても、過去30年間という期間に限れば、最もリスクをとらない形で投資をした人であっても毎年7%ずつのリターンは得られますが、リスクを多くとって株式に投資していた人でも毎年11%しかリターンが得られないことになります。
こうして見てみると、楽天キャピタルの34%というIRRがいかに大きな数字であるかを、理解できるのではないかと思います。
Next: 数字で読み解く、ソフトバンクの圧倒的な「投資力」
ソフトバンクの自社投資分のIRR = 43-44%
楽天キャピタルは、コーポレートベンチャーキャピタルと呼ばれる、自社の貸借対照表の中から投資を行っていく形ですが、ソフトバンクの例も見てみましょう。
ソフトバンクは、現在ではソフトバンクビジョンファンドという外部の投資家から資金を集めてファンドを組成する形態を取っていますが、それ以前は自社の貸借対照表から投資を行っていました。
ソフトバンクの場合、1999年~2017年までの18年間の間で、累計で$7B(約7,000億円)を投資して$110B(約11兆円)のリターンになっている、という記載があります。
IRRを計算すると、44%という非常に高い数字になります。
実際のIRRを見てみると、アリババやヤフージャパンといった一部の大成功例が、IRRを大きくしていることがよく理解いただけると思います。
仮にアリババを除いたとしても、IRRは43%と、非常に高い数字になっています。
単純にIRRだけを比べると、ソフトバンクの方が高い数字にも見えますが、ソフトバンクの方が18年という長い期間で計算しているのに対し、楽天キャピタルはまだ5年程度の実績しかなく、その中でもPinterestやLyftといった、今後さらに大きくなるかもしれない会社はまだ未公開のまま残っていますので、単純な数字の比較は避けるべきでしょう。
Next: 楽天やソフトバンクは、なぜ投資事業に邁進するのか?
事業と投資の棲み分け。なぜ投資事業を行うのか?
では、どうして楽天は楽天キャピタルというコーポレートベンチャーキャピタルを始めて、ソフトバンクはソフトバンクビジョンファンドという投資事業を拡大しようとしているのでしょうか。
1番の答えは、その収益性の高さだと言えるでしょう。
楽天の場合、自社の本業の売上がYoY+20%程度の成長が続いています。ソフトバンクの場合で言えば、売上の成長は1桁に止まっています。
自分たちで事業を行う場合と、他の会社に投資をして投資収益を狙う場合を比べると、少なくてもこの2社に関しては、圧倒的に投資事業の方が良いパフォーマンスを出していることになります。
ただ、楽天キャピタルやソフトバンクビジョンファンドのように、投資先が多くの未公開企業になる場合、当然ながら非常に大きなリスクが伴います。
こういったスタートアップに対する投資のリスクというのは、株式のインデックスを購入する場合のリスクとは桁違いに大きいものです。
株式インデックスを購入する場合、リーマンショックのように数十年に一度と呼ばれるような大きな事件が起こったとしても、せいぜい1/3ぐらいしか上がらないわけですが、スタートアップの場合、小さくない確率で、投資した会社が破産するケースが起こり得ます。
逆に言えば、楽天キャピタルやソフトバンクビジョンファンドは、自社の目利きに自信があり、そういったリスクを取って他の投資家たちよりも良いリターンを出せる、という自信があるからこそ、こういった投資事業を行っているのでしょう。
ソフトバンクビジョンファンドの構成
ソフトバンクビジョンファンドは、約10兆円の規模のファンドになりますが、世界中のベンチャーキャピタルの調達額は年間約7兆円ですので、それよりも1.6倍も大きい規模のファンドが突如登場したことになります。
最近では、ソフトバンクビジョンファンドから巨額の投資を受けることを「Masa IPO」(Masa = 孫社長の名前)と呼ぶ人も出てきている程で、特にレイトステージの資金調達において、圧倒的な存在感を示しているのが、ソフトバンクビジョンファンドになります。
約10兆円の資金調達先の内訳ですが、以下のようになっています。
株式と負債を組み合わせて、サウジアラビアの国家ファンドなど多くから調達しています。
なぜ、このように株式と負債を組み合わせてファンドを組成しているのかという点に関して、以下のような記載があります。
これを読む限り、債券で投資をした投資家は年あたり7%の金利がつくことになるということです。つまり債権で投資をしている部分は、株式で投資をしている場合に対して、リスクが抑えられている、ということも言えるでしょう。
このように投資ファンドに対して資金を提供する人をLP(Limited Partner)と通常呼びます。一方で、実際にファンドを運用する人、この場合はソフトバンク自身になりますが、これをGP(General Partner)と呼びます。
ご存知の方にとっては当たり前のことかもしれませんが、ファンドを運用するGPは、通常2つの手数料を取ります。
1つ目は、ファンド運営手数料で、これはファンドサイズに対して毎年数%がGPに支払われます。通常、ヘッジファンドやベンチャーキャピタルのようなファンドの場合、2%となるのが一般的と言われています。
2つ目は、ファンドが利益を上げた場合の成功報酬です。ファンドは元本を回収して、投資家に投資してくれた金額を払い戻すまではGPは1円も取ることができませんが、それ以降の利益に関しては、通常20%の利益をGPが得ることができます。
このGPのビジネスモデルのことを「2-20」と呼ぶこともありますので、ぜひご存知ない方は覚えておいていただくと良いかと思います。
今回の場合、ファンドの運営者(GP)であるソフトバンクが、どのような手数料を取っているのか、という点に関しては以下のような記載があります。
ファンドの運営手数料に関しては、ベンチャーキャピタルのような2%ではなく、0.7%~1.3%の間で手数料が支払われ、成功報酬に関しては、ベンチャーキャピタルやヘッジファンドと同様に、20%は得られるという計算になっているようです。
ファンド運営手数料のパーセンテージが小さいのは、おそらくファンド規模が大きいからで、実際5兆円のファンドを運用する場合と、10兆円のファンドを運用する場合で、手間が2倍になるわけではないと考えられますので、そういったネゴシエーションがあったのではないでしょうか。
投資先を見ても、中国最大のライドシェアであるDidiやNVIDIAなど、多くの投資先に$1B(約1,000億円)以上の投資をしています。
Next: ソフトバンクビジョンファンドの目指すIRRは?
ソフトバンクビジョンファンドの目指すIRR
最後に、ソフトバンクビジョンファンドに関してどのIRRを目指しているのか、などの情報を整理してみたいと思います。
Techcrunchによれば、ソフトバンクビジョンファンドは最低でも20%のIRRを目指していると言われています。
この20%のIRRというのは、いわゆるアーリーステージのトップティアーのベンチャーキャピタルに比べると、比較的小さい数字にも見えます。
一方で、世界最高峰のプライベートエクイティファンドであるKKRやブラックストーンなどと比べて、まったく遜色がない数字になっています。
アーリーステージのベンチャーキャピタルファンドの場合、ソフトバンクビジョンファンドの10兆円に比べると、だいぶ小さいファンドサイズになりますので、高いリターンを出せるプレイヤーがいくつかいますが、ファンドサイズが数兆円の規模になってくると、ベンチマーク対象としてはKKRなどのプライベートエクイティファンドと比べるのが適切だと言えるでしょう。
さらにこの20%のIRRというのは「ワーストケースシナリオ」だと述べられており、「ベストケース」の場合は、ソフトバンクは自社で投資を行った場合のIRR、つまり40%を超えるIRRが期待できる可能性もあるとしています。
自社でコーポレートベンチャーキャピタル事業を開始して、既に$1B(約1,000億円)以上を投資し、30%を超えるIRRを記録している楽天キャピタル。そしてこれまで、歴史上過去にない規模で資金調達を行うワールドクラスのIRRを狙おうとしているソフトバンクビジョンファンドの2つは、これからも追いかけていきたいと思います。
※本記事は有料メルマガ『決算が読めるようになるノート』2017年12月5日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
<初月無料購読ですぐ読める! 12月配信済みバックナンバー>
・ソフトバンクと楽天の投資事業の凄さを真面目に語ってみる(12/5)
<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>
12月分すべて無料の定期購読手続きを完了後、各月バックナンバーをお求めください。
11月配信分
・ZOZOTOWNは、プライベートブランドへの投資資金をどのように捻出するのか?(11/30)
・スナップチャットに学ぶグローバルにスケールさせる広告システム(11/23)
・「iPhone X」以前でも驚異的なAppleの決算で覚えておくべき6つのトレンド(11/21)
・決算資料には書かれていないFacebookの強みと主要KPI(11/16)
・Facebookの実効税率が恐ろしく低い件(日本企業に勝ち目がない理由)(11/14)
・サイバーエージェントがAbemaTVに200億円以上の投資がしづらい理由(11/9)
・Googleの成長が更に加速しそうだと思わせるたった一つのKPI(11/7)
・Netflixの事例からユニットエコノミクスとキャッシュフローを学ぶー Netflixのユーザー獲得コスト・回収期間を言えますか?(11/2)
10月配信分
・GoogleやAmazon並の成長率を維持するPaypalの4つの「ここが凄い」(10/31)
・「最近の若いのは何を考えてるか分からん」というおじさん・おばさんへ(10/27)
北米版の楽天市場「Shopify」から学ぶEC版の月額課金+手数料モデル(10/26)
・Amazonのジェフ・ベゾスCEOの成功のための思考法(10/24)
・ついに日本でも発売。どのスマートスピーカーを買うべきか?(10/19)
・Googleが飲み込もうとしている世界とまだ手が及ばない世界(10/17)
・楽天はFREETEL買収費用を回収するのにどの程度時間がかかるのか?(10/10)
・スタートアップはどこまで赤字を掘っても許されるのか(10/6)
・iPhone Xに学ぶ、レッドオーシャン市場で成長率を高める方法(10/3)
9月配信分
・GoogleがHTCを買収した背景と1,200億円が「破格」である理由(9/29)
・オンライン広告で本がどのくらい売れるか実験してみた(9/26)
・【2017年版】スマホアプリ開発者が知っておくべき7つの事実(9/22)
・【ライブを見逃した方へ】英語か決算か? ビジネスパーソン最強の教養とは(9/20)
・英語か決算か? ビジネスパーソン最強の教養とは(9/19)
・ソフトバンクがスプリントとT-mobileを合併できたとしてもまだ足りないものとは?(9/15)
・アリババのクラウド事業がAWSみたいなバケモノになりつつある件(9/12)
・中国3強(百度・アリババ・テンセント) vs 日本3強(ヤフー・楽天・LINE)の決算比較(9/5)
・【保存版】マネーフォワードのIPOはSaaSのお手本レベル(9/1)
8月配信分
・決済端末Squareの絶好調を支える3つの差別化戦略(8/29)
・ZOZOTOWNのテイクレートは楽天市場・ヤフーショッピングの●倍(8/25)
・Amazonは最大のハックである「税ハック」と日本のソフトウェア産業の競争優位(8/22)
・「ツケ払い」の貸倒率を推計してみた(8/17)
・ヤフーがどうしても銀行を連結子会社にしたかった理由(8/14)
・あまり報道されないけど頭に入れておくべきGoogle関連の6つの指標(8/8)
・老舗FintechのPayPalが前年同期比26%で成長するワケ(8/4)
・しばQ: マーケットプレイスで先に集めるべきは「売り手」「買い手」のどちら?ポイントバックはイケてる?他(8/1)
『決算が読めるようになるノート』 2017年12月5日号『ソフトバンクと楽天の投資事業の凄さを真面目に語ってみる』より抜粋
※記事タイトル・本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部による
初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中
決算が読めるようになるノート
[1,001円(税込) 週2回程度]
アメリカ・日本のネット企業(上場企業)を中心に、決算情報から読みとれることを書きます。経営者の方はもちろん、出世したいサラリーマンの方、就職活動・転職活動中の方にも役立つ内容です。