マネーボイス メニュー

金価格の現在はどんな状況といえるのか?長期的なトレンドでは4~6倍に上昇する=吉田繁治

現在、ゴールドの価格の上昇がたびたび注目されています。そこで、為替や株との金の関係性を解説しながら、現在の金価格を形成した背景を説明します。(『ビジネス知識源プレミアム』吉田繁治)

※本記事は有料メルマガ『ビジネス知識源プレミアム』2019年9月5日号の一部抜粋です。興味を持たれた方は、ぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

ドルの反通貨、金価格上昇の意味

短期の金価格を動かす、通貨と株価の予想

短期の金価格は、以下の要素の多変量解析で、ピッタリではなくても確率的な近似値は得ることできます。ピッタリした価格予想は、どんな方法をとっても不可能なものです。

金融商品(通貨、株、債券、デリバティブ)のなかで、下落リスクが比較的に小さな「安全資産」という認識が増えて、買われることが多くなっている金の価格は、経済と金融のファンダメンタルズに対して受動的です。通貨と株価は先導的な価格をつけますが、金価格は受動的です。

金融商品の大口の売買をし、価格を先導しているヘッジファンドが一定の割合を決めたポートフォリオ運用をしているからです(8,000本の総投資額は、10倍のレバレッジとして推計3,000兆円)。

米国株*%、日本株*%、国債*%、通貨*%、金*%、商品*%…という風に決めた割合で、分散投資をしています。過去の利益に照らして、分散投資の割合を見なおすのは、ほぼ3か月に一度です。

分散投資をしているのは、異なる値動きのものを組み合わせて、下落リスクをヘッジするポートフォリオ理論からです(開発者はハリー・マコーミック:1952年)。ヘッジをするから、ヘッジファンドという。

たとえば、米国から日本株を買うときのリスクは円安です。円建ての株価が10%上がっても、5%の円安なら、ドル換算での利益は、5%しかない。このため、株を買うと同時に、同額円の先物売りをする。先物売りでは、円が5%下がったときは5%の利益が出ます。

日々の売買は、HFT(先物や指数の超高頻度売買)を含んでプログラム化されています。1秒で先物の数千回の売買を行うHFTは、金融商品の売買総額の60%~70%に増えています。見直しのサイクルが、ほぼ3か月は、価格の同じ傾向(短期トレンド)が続く理由にもなっています

分散割合の変更は、ヘッジファンドの決算期の9月、12月、3月、6月に多い。決算期には、投資家の利益になる益出し(利益の確定売り)をするからです。このヘッジファンドのサイクルが、3か月から6か月の短期の価格を先導しています。

短期の金価格を決めている、多変量方程式を作ると

短期の金価格=α×ドルの下落率+β×米国株価指数の予想下落率+γ×米国の予想長期金利の下落率+δ×S&P500のボラティリィティ(価格変動率)+ε×金ETFの買いの増加+ξ×中央銀行の買いの増加…

(注)ギリシア文字のα(アルファ)からξ(クサイ)は、過去の価格変動の学習から得られた、多変量解析の独立変数です。AIも、これと同じように特徴量を深層学習して、独立変数を決めた多変量解析です。

Next: 為替や株価の動きと金価格には、どのような相関関係があるのか?



それぞれの要素と金価格の、確率的な相関関係

(1)金価格は、基軸通貨の米ドルが下がる予想されているとき上がる、確率的な傾向があります(以下の記述では確率的を省略しています)。

(2)米国の株価指数が下落すると、金価格は上がる傾向をもちます。株を売って、金を買う動きが出るからです。

(3)世界の金利変化を主導している米国の長期金利が下がると、金価格は上がる傾向があります。ドル金利の下がった国債を売って、金を買う動きがでるからです。

(4)もっとも幅広い、米国株価指数のS&P500のボラティリティ(VIX:指数の、変化の標準偏差の2倍)が高くなると、金価格は上げる傾向があります。VIXは、恐怖指数とも言われるリスクを示す指標です。

価格変動率を示すVIXが上がると、株の価格リスクが増えていることになるので、VIXが高くなった株価指数を売り、債権国の通貨である円やスイスフランとともに、安全資産とされている金を買う動きも出ます。

(5)ペーパーゴールド(金証券)である金ETFの買いが増えると、金価格は上がる傾向があります。売りが増えると、金価格は下がります。

(6)債務国通貨であるドルの長期的な下落を想定した中央銀行の金買いが増えると、金価格は上がる傾向があります。金買いの最大手は中国です。

中央銀行の買いという要素への(注)

国債の対外的な信用度(格付け)が低い新興国の中央銀行は、基軸通貨の米ドルと金を海外との交換が必要な自国の通貨発行の準備資産(通貨信用の裏付けになる資産)にしています。

ドルが下がると予想したときは、逆に上がることが多い金を買う傾向が、特に2010年以降に生じています。

なお先進国では、自国の国債を準備資産にしています。日銀の「国債を買ってる通貨を発行」というのがこれです。

2010年以降、自国の通貨信用を高めるために、金準備を増やしているのは、新興国の中央銀行です(中国を圧倒的な筆頭にして、インド、ロシア、ブラジル、トルコなど)。

とりわけ、「中国の金買い」が大きく、2008年からの金価格は「中国の買いが主導して上がり、FRBの誘導のよる金ETFの売りが下げた」と言っていいものです。

短期の金価格は、上記6つの要素の変化に対応して変動するとすれば、妥当な見解になるでしょう。20年以上の期間では、金価格と決める6つの要素も変化します。今後10年間なら、要因そのものの変化は小さいと判断しています。

Next: 長期的な金の価格は、今後上がっていく可能性が高い



長期の金価格を決める要素

数年から10年で約5倍というような長期の大きな金価格を決める要素は、短期のものとは違います。
・長期的な金価格の上昇の傾向線(長期トレンド)の上に、
3か月の変動サイクルが多い、短期的な変動があると判断していいでしょう。

▼(要素1)基軸通貨のドル価格の下落があると、ドルの代替資産として買われる金価格は、長期で上げる傾向を示す。

▼(要素2)世界の政府の財政赤字は「恒常的」です。財政赤字が中央銀行による通貨の増発でファイナンスされると、「消費財+不動産+金融商品」のインフレ傾向を生みます。

ドルが増発されることに応じて、このインフレが起こります。ドル圏のインフレは、長期の金価格を上げます。

現在の「信用通貨(円、ドル、ユーロ、元)」は、長期的には、GDPの増加率より発行量が増え続けるので、1単位(100円、1ドル、1ユーロ、1元)の価値は下がり続けるでしょう。

通貨の増発と低金利は、年間の生産量をほとんど増やせない金価格を上げる要素になるものです。逆の金融引き締めと高金利になると金価格も下がります。

金の供給と需要(1年間)

金の年間の鉱山生産量は、3,300トンから3,500トンです。鉱山の生産量量は、価格が上がったからといって、大きく増やすことはできません(この点が、資源量では、今後100年は無尽蔵で生産原価が安い原油と違います)。

1トンの重さの大きな金鉱石からとれる金の量は、過去は30グラムくらいあったのですが、今は微量の3~5グラムです(粉薬の量に近い少なさです)。金鉱山会社の管理費を含む総生産コストは、過去の1オンス800ドル付近から、今は1,300ドルに上がっています。生産コストが上がったのは、世界中の優良な金鉱石が、年々、枯渇に向かってきたからです。

かつて世界1の生産だった南アフリカの金鉱山は枯渇に向かい、現在、世界1の金生産は中国です(1年に460トンくらい)。中国は、金の輸出を厳重に禁じています。世界市場にとって、世界1の中国産の金は、無いに等しい。

現在のコスト(1,300ドル)で採掘可能な埋蔵は、5万トンといわれます(金鉱山の発表の合計)。生産原価から見た金価格の下限は、現在1,300ドルでしょう。

1オンス1,300ドル(1グラム42ドル:国際卸原価)を下回ると鉱山は損をするため、生産量が減って需給がひっ迫し、価格が上がるからです。

3,500トン/年のペースで採掘すれば、14年分しかない。1オンス2,000ドルの生産コストをかければ、採掘可能な金も少しは増えるでしょう。しかし、可採埋蔵量が減っているため、鉱山からの生産の増え方は、ごくわずかです。

携帯電話の電子回路などからのリサイクルは、1年に千数百トンあります。リサイクルは鉱山から掘って使った金の再利用ですから、金を増やすものではない。金の供給量は鉱山が最大で3,500トン、リサイクルが千数百トンです。いったん買われた金地金(ゴールバー)で、市場に売りに出るものは少ない。金の供給は、需要に対して不足しています。

金の地金は、需要が増えても原油のようには増産ができない。錬金術もない。株のように増資(新規発行)できない。

このため、金価格は、需要の増加とともに上がっていく性格を基本的にもっています。信用通貨はいくらでも増刷できますが、金の生産には限界があるからです。

▼(要素3)金ETFは、FRB(世界金融の奥の院)による、金価格の調整に使われているようです。合計の買いが増える年度は上がり、売りが増えるときは、金価格は下げます。

金ETFの発行残高は、2,548トンです(19年6月)。過去最高が3,000トン(2013年)、最低が1,500トンです(2015年)。金ETFは、現物の金価格と同じことを発行会社が保証している証券です。金地金と交換ができるものと、交換ができないものがあります。

2011年の高値1オンス1,857ドル(年平均)は、FRBが主導したと思われる金ETFの売り越しによって、1,298ドル(2015年)にまで下げています。2013年から15年の売り越しは、合計が1,201トンという大量でした。

2016年からは、575トン(2016年)、206トン(2017年)、68トン(2018年)と、金ETFも買い越しになって、金価格の下落が止まり、1オンス1,300ドル前後の変動幅に戻ったのです。

2019年9月4日現在の金は、1オンス1,543ドルです。2018年の平均価格1,298ドルからは、245ドル(19%)高い水準です(国際卸価格)。円では1グラム単位で、小売価格には8%の消費税がかかっています。1オンス(31.1g)1,543ドルに対応する今日の価格は、5,716円/gです。

金の売買がとても少ない日本は、世界の金価格の決定にほとんど参加していません。金価格を大きく動かしている(買いが多い)のは、順に言えば中国、インド、中東、北米、欧州です。中国は、世界の金生産量の30%強(1,400トン/年)を買っています。金価格の上昇は、中国の買いにかかっていると見ていいいでしょう。

Next: 中国の金買いが増加した背景とは?



中国の金買い

中国の金買いが増えたのは、ドル発の金融危機だったリーマン危機のあとの2009年からです。人民銀行は米ドルを準備資産として人民元を発行しています。「元に対するドル安」になると、通貨発行の準備資産の不足になります。これを、もっとも大きな原因として、「下がるドルの代替資産として価格が上がる金」を買っているのです。

▼(要素4)中央銀行の、金買い越し額が増えると、金価格は上がる傾向が強い。

中央銀行の合計は、1971年からのドル危機(ドル1/3への下落)に対して上がっていた金価格(1980年、1オンス850ドル)を下げるため、1999年まで、1年に400トン~600トンの金の放出を続けていました。

(注)戦後から1971年までは、1ドル=360円でした(金準備制のドルに対する固定相場)。1971年にドルの金準備制が停止され信用通貨になったドルは、1987年は1ドル=120円台です。2度の石油危機の後のドルは、円に対しても、1/3に下がっています。これが1971年kから1990年までドル危機です。

1980年から1999年の金価格は大きく下落した

ドル危機の最中だった1980年からは、中央銀銀行の金放出という要因で、金価格は1980年の1オンス850ドルのピーク価格から326ドル(38%)にまで約2/3も下げていたのです。

2000年の金価格は、円でも1グラム1,000円くらいと安かった(現在は5.5倍の5,500円台)。20年間の金価格下落と低迷は、FRBの主導による、米国+欧州による中央銀行の金放出が原因です。金価格の上昇は、基軸通貨のドルの価値下落を意味するからです。FRBの金への認識は、ドルの反通貨だとということでしょう(これは、決して言われないことです)。

1999年のワシントン協定

ところが1999年には、米国FRBは1/3の下がった金価格に安心したのか、主要国の中央銀行との間で「ワシントン協定」を結び、金の合計放出を400トンに制限しました。その後、ワシントン協定は3回、更新されています。「金は信用通貨にとって、準備資産として重要なものだから、中央銀行の金の売りを協調して1年400トンに制限する」という合意でした。

2000年から2008年

2000年は、米国IT株バブルの崩壊、2001年は、あの9.11でした。この間、ドルの世界の通貨に対する実効レートは下がり続け、代わりに金価格は約3倍に上がりました。

主因は、ワシントン協定による中央銀行の金放出量の制限でした。400トンへの放出の制限によって、1999年からは金の市場投入が減ったのと同じ効果が生じたからです(供給量の減少=需要量の超過=価格上昇)。

Next: リーマン危機はドル危機でもあった、この時、金がドル反通貨に



2008年9月のリーマン危機は、ドル危機でもあった

2008年9月からは、ドルと銀行の危機でもあったリーマン危機でした。このあとの金価格は、1,024ドルから1,897ドル(年平均)にまで、3年間で873ドル(85%)上がったのです(2011年)。根底にある原因は「基軸通貨であるドルの下落」です。ドルが下がったので、金の代替需要が増えたのです。この時期から金は、ドル反通貨という性格をもちました。

中央銀行は、金を通貨と認識していますが、金投資家を除く世界の国民には通貨という認識は薄いでしょう。政府または中央銀行が発行する信用通貨だけが通貨であると、政府によって馴致されているからです(飼いならされた国民)。

世界の政府は、国民に対して「国民は、政府に頼(よ)らしむべし、知らせるべからず」という姿勢です。わが国の財務省の、決済資料書き換えからもわかることです。

マレーシアのマハティールが、金準備制のアジア基軸通貨を提案していること、そして、2019年8月24日の、世界の金融首脳が集まる「ジャクソンホール会議」で、英国銀行の総裁が「経常収支が大きな赤字のため、長期では下落するドル基軸に代わって仮想通貨を貿易通貨にする提案」をしたことは、メディアでも伝えられていません。

2013年からの金ETFの売りが、金の最高価格1,897ドル(2011年平均)を1,200ドル台に下げた

現在もピーク価格である1オンス1,897ドルに上がった金価格に対しては、(推計ですが)FRBの主導で、金ETFの売り(1913年からの3年間で1,201トン)による金価格崩しが画策され、金価格は、2015年の1,298ドル(年平均:-32%)に下げました。

この間、金価格は1/3も下がったのです。ただしFRBは、ドルの反通貨であると新興国が認識している金価格については、頑なに発言しません。FRB金への対策(常に下落誘導)は、推計によるしかない。

2010年からは、新興国の中央銀行による金の買い

2010年からは、米欧日以外の新興国(BRICs)の中央銀行による「金買い」が起こりました(年300トンから600トン)。新興国の中央銀行は、自国通貨の発行の準備資産を、ドルと金にしていることが多い・中国はドルの外貨準備が、人民元発行の準備資産です。サウジ、ロシア(ドル+ユーロ+金)も同様です。

新興国の通貨

新興国が、国際的な支払いに使われる基軸通貨のドルを準備資産にするのは、対外的な財政信用が低く、自国の国債を準備資産にしても通貨信用は得られないからです。日本、米国、欧州は、自国の国債を買って通貨発行の準備資産にしています。

対外的な通貨信用が得られないと外貨との交換ができず、貿易ができまでせん(可能な貿易量が減る)。貿易ができないと、GDPの成長は低いものになります。

(注)今、アルゼンチンが通貨危機(ペソの下落=2.33円→1.78円:1か月で-26%)です。対外債務のある新興国が、通貨危機になると、対外債務はドル建てなので債務がペソでは膨らんだようになって、デフォルトになっていきます。国家のデフォルトとは、対外債務の返済と利払いを引き伸ばすことです。

既発国債の評価額は額面から60.5%下がり、39.5%になりました(19年9月4日)。ペソが、ドルに対して1/3に下がったことと同じ意味です。通貨の下落から起こる金融危機はこうした意味をもっています。

Next: アベノミクスでは、円が50%も下落していた…



通貨発行の準備資産

米ドルを準備資産にしていると、ドルが下落したとき、ドルを通貨発行の準備資産にしている自国通貨の信用も下がります。

新興国の大国であるBRICs(ブラジル、ロシア、インド、そして何よりも中国)の中央銀行が、リーマン危機のあとの金融危機への対策として、FRBが4兆ドル(420兆円)増刷されたドルの長期的な下落を想定して、金の大きな買い越しに転じたのは2010年からです。

人民元に対するドルの実効レート

人民元に対してドルの実効レートは、47%下げています(2006年~2018年)。2012年から、アベノミクス円安(1ドル80円→120円)に下がった円では、ドルの元に対する実効レートの低下は見えない。

アベノミクスでの通貨増発で、円は下落していた

2012年から2017年まで、ドルに対して50%も下がった円に対しては、ドルが上がったように見えていたからです(2012年~2017年)。

円は2019年8月は1ドル105円台に上がったとはいえ、まだ1980年代前半の水準(40年も前!)に下がった水準です。(↓世界の通貨平均に対する実効レート)。

1995年以降、円の増発とゼロ金利、マイナス金利で先行し、主要国(日本、米国、ユーロ、人民元)の通貨で、もっとも大きく下がったのが円です(1995=150→2019=75:50%下落)。
※参考:実効為替得レートの推移(日本・米国・ユーロ圏・中国)

新興国の中央銀行と金投資家がドルの下落を予想して、2011年からの世界の中央銀行の金買い越しは、400トンから600トン/年に増えました。この買いが、2010年代の金価格を支えてきたのです。

「価格調整のための金ETFの売り越しがない場合、買いの需要が増えている金価格は上がる」という市場になったのが、2010年からです。

▼(要素5)金融危機のとき、金価格は上がる傾向がある。世界的な金融危機とは、ドルの危機のことです。ドルの危機のときは下がるドルに対して、金は代替資産として、世界から買われる量が増え、金価格は上がります。例外がないといっていい要因です。金融危機の場合の金価格の上げは2倍から3倍でしょう。

長期で、4倍から6倍に金価格を上げる要因は、以下のように、整理できるでしょう。金価格の本格的な上げとは、長期的な要因での4倍から6倍への上げです。その上げの期間は、約2年間でしょう。

まとめの多変量解析

●長期の金価格=α×基軸通貨のドルの下落率+β×(消費財と資産のインフレ率)+γ×金ETFの買い越し額+δ×中央銀行の金買い越し額+ε×ドルを中心にした世界的な金融危機…。

Next: 2019年に金価格が上がった背景はどこにあるのか?



金価格が上がった短期の要因(2019年)

きっかけは、2018年央のトランプが仕掛けた対中国関税でした。関税を課すことは、貿易量を減らします。特に中国は、経済成長を主導してきた輸出量が減ります。そうすると、「元安」になる。元安の回避のために、中国から金の購入が増えたのです。これによって、金価格の上昇が始まります。

2018年10月から12月

2018年の10月から12月は、米国株の下落でした。直接の原因は、2018年9月と12月の「ドル緩和の出口政策」としての、「0.25%×2回~0.5%」の利上げです。米ドル緩和の停止ということから、まず株価が下がった。米国株の18年12月24日までの3か月の下げは20%という大きなものでした。

米国の株の総時価は、ドルの増刷と低金利社債の発行による4兆ドル(420兆円)の自社株の買いにより3,000兆円にもふくらみ、世界の株価総時価の50%になっています。420兆円の自社株買い(2011年~2018年)によって上がった分は、1,200兆円と試算されています(WSJ紙)。420兆円の社債発行が自社株買いになり、1,200兆円という3倍のレバレッジがかかった株価資産になっていたのです。

この株価が、18年9月と12月の利上げ(=社債の金利も上昇)によって20%下げ、600兆円の株主資産が失われたのが、18年10月から12月だったのです。寸でのところで、金融危機になるかという規模の株価の下げでした。

このとき、自社株買いバブルの株価は「下がる可能性が高いリスク資産」であり、金は「下がる可能性が小さい安全資産」と認識する投資家が増えたのです。下がる株を売って、現金を得て、それで金を買う投資家が増えてきました。この買いのため、金1オンスは、18年7月の1,175ドルから、18年12月25日には1,295ドルにまで、5か月で11%上げています。
※参考:金-価格-チャート.do

投資家から安全資産と認識されたのは、通貨では「債権国の円とスイスフラン」です。それと金でした。対外負債の大きな債務国の通貨であるドルは、「高すぎるリスク通貨」という認識が増えていったことを示します。
(注)2018年まで、ドルと米国株には、強気派が多かったのです。

2019年1月から8月

2019年になって、株価の下落(20%は暴落に近い)が続けば金融危機になると慌てたFRBは、2019年に予定していた3回の利上げの停止を発表します。出口政策は停止して、「再びの金融緩和(利下げ)」に向かうかもしれないという逡巡でした。

これは、金利の上げを織り込んでいたドルと株には、利下げに等しいことです。織り込みとは、将来の変化をすでに起こったかのように通貨や株価を売買する投資行動です。金融が緩んだ市場は、織り込み相場になります。ドルの利上げを織り込んでいた通貨と株価には、FRBの利上げの停止の発表は利下げと同じ効果をもたらします。

18年10月から12月には20%下げていたNYダウは、2万2,000ドルを底値にして、19年5月まで2万6,500ドルへと4,500ドル(20%)も回復したのです。

利上げの18年12月の113円から、利上げ停止の発表で、19年1月は107円に急落していた米ドル(ドル安/円高)も、4月までは112円にまで回復したのです(ドル買いが増えた)。

2018年7月から上がっていた金は、ドルの回復とともに、1オンス1,328ドル(19年2月)から18年5月までの5か月間で1301ドルへと27ドル(6%)下げています。「ドルと株価が上がるときは、金価格は下がる」という相関の傾向が生じています。

Next: 今年5月~6月にかけての為替や株価の動きの背景とは?



2019年5月から6月

2019年5月からは、まずドルが下げに入ります。1ドル111円から、8月は106円台です(5%のドル安/円高)。原因は、トランプによる中国関税の強化です。

NYダウも、5月からのドル安(5%:ドルの売りの超過)と同時に、2万6,500ドルから2万5,000ドルへと6%下げています(2019年6月)。

・米国株は、米国が債務国であり海外からの買いが多いので、「ドル上昇=株価上昇」になることが多い

・「円安=株価上昇」になる日本とは逆です。日本は債権国であり、円安が海外生産の利益増加とドル建ての対外資産(1,080兆円)の上昇になるので、円安=株価上昇になります。

当時は、「19年秋には米中貿易戦争は緩和に向かう」というのが、投資家の過半の見方であり、5月までの回復したドルと株価は、それを織り込んでいたのです。

ところが逆に、トランプが行ったのは予想とは違う「関税の強化」への方向でした。2019年5月からは貿易戦争が激化し、2019年度は米中のGDPが、IMFの1%減の予想以上に減速するという見方に変わって「株価下落」になっていったのです(2019年5月~6月)。

GDPがそれまでの期待値より低下することは、企業の売上が期待されていた水準より減ることであり、売上が減れば、企業利益(純益)は下がります。株価の根拠になっているのは、将来の1株当たり企業純益の割引現在価値(NPV)だからです。企業純益がそれまでの期待より下がるという見方に変わると、株は売られて下がります。

2019年7月から8月

19年7月の末のFRBによるFOMCでは、短期金利の0.25%の利下げが確定していました。6月の米国株が下げていたからです。市場は7月末の利下げを織り込んで、6月の安値(NYダウ2万5,000ドル)から、2万7,500ドルにまで、1か月で10%も上げていました。ドル相場も、6月までの下げから、7月には108円付近で波動していました。

一方で金価格は、利下げ期待から1オンス1,284ドル(5月14日)から、急騰し1,500ドル台に近づいていたのです(7月末)。金利が下がると、長短の資金が流れてきて金を買い、金価格は上げるという原則通りの動きでした。このときは米国株上昇の中で、金価格も上がっていたのです。盛んに言われたのは、「金は安全資産」ということでした。

理由は、2018年10月以来、価格変動が大きくなったドルと米国株が「リスク資産」と見なされるように変わってきたからです。2018年のトランプ関税以降、相当数の投資家に「認識の変更」が起こっていたのです。

Next: 米金利利下げによって逆イールドが起こった背景とは?



FRBの利下げ後の異変(2019年8月)

FRBが市場の予想通り、短期金利を0.25%下げて2.00%~2.25%を誘導目標にしたあと、起こったのは、普通はない「長短金利の逆転」でした(米英で同時)。

普通の時期は、長期金利は高く、短期金利は低い。その差をイールド・スプレッドと言います。イールド・スプレッドが短期金利で調達し、長期金利(貸付金、長期国債、債券、株)で運用する銀行の利益になります。長期金利は、長期資金の需要と供給で決まります。

FRBが関与するのは、短期金利です。短期金利(短期国債)の利下げをすると、短期金利と長期国債の長期金利の利幅は大きくなり、これが銀行の長期運用を促して、企業や世帯に対する金融緩和になります。利下げが金融緩和になるのは、長短の金利差があるときです。

長期金利である10年債の市場で決まる金利は、2019年の1月には2.75%付近であり、3か月債の利回りは2.5%付近だったので、まだ長短金利差のイールド・スプレッドはプラスでした。

ところが、FRBが0.25%の利下げをしたあと、
・市場が決める長期金利のほうが、大きく下がって1.5%付近になり
FRBが関与できる3か月債の利回りの2%より、低くなってしまったのです。

長期金利の下げは、長期の資金需要の減退を示します。企業は、2019年のGDPの低下を予想して、長期資金の借り入れを減らしました。余った長期資金は、金利がつく長期国債の買いに向かったのです。このため米国の長期国債の価格が上がり、長期国債の利回りは1.5%に下がってしまいました。

イールド・スプレッドの逆転は、企業が将来のGDPの低下、あるいは相当に大きな減速を想定し、投資用の長期資金の調達を減らしたときに起こります。これは、しばしば投資の減少からの不況への引き金にもなります。金融市場は、「米中貿易戦争の激化+英国のEU離脱」からの世界GDPの減速を、IMFより大きく見ているのでしょう。企業には直接にわかる輸出入が、減っているからです。

(注)日本の上場製造業の純益も、19年4-6期は、早くも15%減っています。これは、株価では15%下落する要因になるものです。株価は、「次期期待純益×PER倍率」だからです。輸出が多いドイツは、世界貿易の減少のため、GDPの成長がマイナスになっています(19年4-6期)。

一方で、長期国債ともに長期マネーが避難した金は、買いが増えて1オンス1,547ドルに上がっています。FRBの利下げのあと、1か月での上昇が100ドル(7%)です。

2019年の9月には、FRBはさらに0.25%または0.5%の利下げをするでしょう。理由は、トランプ関税と英国のEU離脱(19年10月末)による米国の景気の低下と、株価の不安です。景気後退の原因は、金融的なことではなく、課税品目と関税率が強化された中国関税と、英国のEU離脱後の関税(10%)です。

ところがFRBは、筋違いの金融的な対策をとるのです。リーマン危機は金融が原因でした。このため、金融的な対策(量的緩和の4兆ドル)が効果を生んだのです。関税は金融ではない。世界的になったグローバル・サプライチェーンの分断です。金融的な利下げ策が効くはずもないものです。しかしFRBは、トランプからの人格攻撃も含む激しい利下げ要請に負けるでしょう。

長短のイールド・スプレッドが逆転した中での短期金利の下げは、金融緩和にはならず、逆に引き締めになります。米国企業もドイツや英国のようなGDPの低下予想から、投資用の長期資金調達を減らすからです。

2019年秋から冬の金価格は、すこしずつ上げていくでしょう。長期資金が、「安全資産」の金の買いに向かうからです。

ここまでが、現在までのことです。次回のメルマガでは、長期的な、といっても2022年ころまでの、金価格の予想の材料になる事項を検討します。

続きはご購読ください

【関連】後に引けない東京五輪。トイレ臭水泳会場、遊泳禁止も「条例変更」で強引開催へ=ら・ぽ~るマガジン

【関連】電通が目論む「情報銀行」構想の衝撃、個人情報保護よりも「活用」重視の恐ろしさ=岩田昭男

【関連】文在寅に突き刺さる2つのブーメラン、側近スキャンダルと反日煽り過ぎで支持率急降下=勝又壽良

image by: corlaffra / Shutterstock.com

ビジネス知識源プレミアム:1ヶ月ビジネス書5冊を超える情報価値をe-Mailで』(2019年9月5日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

ビジネス知識源プレミアム:1ヶ月ビジネス書5冊を超える情報価値をe-Mailで

[月額660円(税込) 毎週水曜日]
●最新かつ普遍的なビジネスの成功原理と経済・金融を、基礎から分かりやすく説いて提供 ●時間がない、原理と方法の本質を知りたい、最新の知識・原理・技術・戦略を得たいという方に ●経営戦略・経済・金融・IT・SCM・小売・流通・物流を、基礎から専門的なレベルまで幅広くカバー ■新規申込では、最初の1ヶ月間が無料です。

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。