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初値はプラス52%、医療ケア事業を行うアンビスHDのさらなる成長に必要なものとは?

アンビスホールディングス<7071>は、10月9日ジャスダックに新規上場しました。同社の株価は、公募価格2,800円に対して初値は+52.14%の4,260円をつけました。(イノベーションの理論でみる業界の変化

本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年11月12日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:山ちゃん
東京でシステムエンジニアおよびITコンサルタントとして大企業の情報システム構築に携わったあと、故郷にUターンし、現在はフリーで活動。その後、クリステンセン教授の一連の名著『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションの最終解』を読んで衝撃をうけ、イノベーションをライフワークとしている。

初値は公募価格から52.14%上昇し、4,260円でスタート

アンビスホールディングスをジョブ理論の視点からみる

株式会社アンビスホールディングス<7071>(以下、同社)は、2019年10月9日ジャスダックに新規上場しました。業務内容は、住宅型有料老人ホーム等を運営する連結子会社アンビスに対する、経営に係るコンサルティング、住宅型有料老人ホーム等に使用する土地および建物の賃借の実施です。

同社の株価は、公募価格2,800円に対して初値は4,260円をつけました。差異率は+52.14%と値をあげました。なお、11月11日時点の株価は4,395円です。

クレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン)によれば、この理論はクリステンセン教授たちが長年の歳月を費やして練り上げたもので、次の新しい機会を見つける方法を示し成長のための筋道を明らかにするだけでなく、イノベーションを予測可能にし、その効果は、アマゾンのジェフ・ベゾスらによっても確認されているといいます。

では、このレンズを通して同社のビジネスモデルを眺めると何がみえてくるのでしょうか。これはまたある意味において、イノベーションを生み出すための「思考実験」だともいえます。

ビジネスモデルの特徴

同社グループの連結子会社アンビスの中核事業は、医療施設型ホスピス事業です。同社グループはそれを、次のように定義しています。

安心な住まいを提供して、質量ともに整った看護体制により入居される方々へ医療とケアを届ける事業を「医療施設型ホスピス」事業と当社グループで定義しております。

このアンビスは、顧客に対して医療やケアなど各種サービスを提供し、その対価と収益を得ます。なお、顧客は自己負担金および実費等を支払い、残りは国民健康保険団体連合会や社会保険診療報酬支払基金へ報酬請求を行い報酬の支払いを受けます。

ビジネスモデル的にみれば、アンビスのそれは、未完成または不完全な事物を高付加価値の完成品「医療やケアなど各種サービス」へと変換する価値付加プロセス型事業です。

同社グループは、対処すべき課題の一つとして「在宅療養に携わる看護人材の確保」を、事業等のリスクとして「施設(事業所)の新規開設(店舗開発)に関するリスク」「人材の確保、育成及び管理に関するリスク」等のをあげています。

Next: アンビスホールディングスが今後、成長するために取り組むべき課題とは?



思考実験──片づけるべき用事とは

『ジョブ理論』によれば、以下の問いに答えることで用事をより具体化できるようになる、としています。

1.その人がなし遂げようとしている進歩は何か。求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。

2.苦心している状況は何か。誰がいつどこで何をしているときか。

3.進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か。

4.不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。ジョブを完全には片づけてくれない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。

5.その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。

出典:『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(第2章 プロダクトではなく、プログレス)

用事の特定

イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは文脈によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。では、同社の場合はどうなるのでしょうか。

今回は、同社グループが課題としてあげる「在宅療養に携わる看護人材の確保」を取り上げます。同社グループはそれを、次のように認識しています。

医療や介護など健康福祉に関する業界は、もともと慢性的な人材不足の不安が存在しておりますが、2025年問題(団塊世代のすべてが後期高齢者となり、医療や介護の過剰な需要を生じ、社会保障費の急増が懸念されている問題)に向かって人材不足の不安がより深刻な状況となります。さらに在宅療養に携わる看護人材を確保することの難しさを説明するには及びません。当社グループが医心館とその先にある事業に取り組み、持続的な成長と発展を遂げるためには人材確保と育成が課題となります。また、今後は人材を確保するにあたり必要となる採用フィーが高騰する恐れがあり、この低減に努める必要があると考えております。当社グループでは、このような課題を認識しておりますが、既に前項(潜在ナース活用事業への取組)の対応をはじめており、今後の状況次第では同業他社に対する競争優位性を築くチャンスになり得るものと考えております。

顧客がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「安心な住まいのなかで看護を受ける」ということ。感情的側面として「不安の軽減」「癒し」、社会的側面として「つながりの提供」といったことを重視するでしょう。

なお、同社グループは、競合の出現を次のように認識しています。

当社グループが行っている「医心館事業」では、一般的な介護施設では受け入れることが困難な、がんの末期状態にある方、特定疾患等の難治性の病を患う方、人工呼吸器の装着や気管切開で呼吸管理が必要な方、看取り対応の方、入退院を繰り返さざるを得ない方、重度障害により「在宅」での日常生活が困難な方など、いずれも医療依存度が高く「在宅」で看護・介護を十分に得ることが難しい方々をその利用対象者層とし、ここに他社との差別化要因のひとつを求めております。

利用対象者層の限定を含め、事業スキーム(モデル)そのものには特許等は存在せず、他社からの模倣に対して権利関係での保護策を講じることは困難であり、当該事業と同様のサービス提供を行う事業者が出現するリスクがあります(差別化戦略に対する同質化戦略による応酬)。

しかしながら、表面化していない事柄(例えば、医療機関や行政機関の当社に対する「共感」、展開先各地の医療/介護ニーズに合わせて臨機応変に運営するノウハウ、看護職員の採用力など)があることから、競合他社が当社のビジネスモデルの仕組みだけを模倣したところで当社と同様の業績を得ることは困難であると認識しております。

Next: アンビスホールディングスがすべきは、看護師の離職率を下げるための施策



体験の構築

用事が特定できたら次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。

顧客が医療やケアなど各種サービスを雇うとする際に障害となり得るのは、一つには日頃から看護・介護してくれている担当者が辞めてしまうことです。看護師は慢性的に高く、その背景にはバーンアウト(燃え尽き症候群)があるといわれています。これは一般の看護師だけでなく、同社グループが受け入れている、一般的な介護施設では受け入れることが困難な患者を看護・介護している担当者についても同じことがいえます。

大竹文雄氏たちは『医療現場の行動経済学』のなかで次のように指摘しています。

●他人を思いやる気持ちの強い人の方が看護師に向いている、とは言えない。

●患者の喜びを自分の喜びに感じるような看護師ほどバーンアウトしやすい。

●その特性をもつ看護師は、睡眠薬や精神安定剤・抗うつ剤を常用しやすい。

いずれにしても、行動経済学的な施策によって、担当者のバーンアウトのリスクを抑えることができれば、結果的に離職率を下げることができ、顧客は「つながりを実感する」という、ある意味ですぐれた体験ができるようになるでしょう。

プロセスの統合

最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。

同じく大竹文雄氏たちは『医療現場の行動経済学』のなかで、「医療現場への応用」としたうえで、利他的な「患者の喜びを自分の喜びに感じること』看護師のバーンアウトのリスクを低減させる一つの施策として次のようなことを提言しています。

(前略)もしも純粋に利他的な看護師がバーンアウトしやすいのだとすると、彼らがバーンアウトしやすいような部署で働き続けることは、まず、看護師本人にとってはもちろん望ましいことではないし、それだけでなく、彼らを雇用する医療機関にとっても避けるべきことのはずだ。人事担当者は、看護師がどのような種類の利他性をもっているかを把握しておく必要があるだろう。また、彼らのバーンアウトのリスクに応じて、患者とコミュニケーションを取ることが少ない部署に配置したり、症状が悪化しないような患者と接する部署に配置したりする対応が求められる。さらに長期的な視座として、たとえ純粋に利他的な看護師であってもバーンアウトしないように自分自身で管理できる能力を育成するような研修やプログラムを開発して、彼らに働きかけていくことが大切だろう。

では、同社グループがこういった施策を取り入れるのであれば、業績の評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。

ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。

・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。

この指摘を踏まえるのであれば、同社グループはリトル・ハイア──看護や介護する担当者の定着率──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。

【参考文献】

・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン・M・クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・大竹文雄/編著 平井啓/編著『医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者』(東洋経済新報社)
・有価証券届出書(新規公開時)


本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年11月12日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

image by:PopTika / Shutterstock.com

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イノベーションの理論でみる業界の変化』(2019年11月12日号)より一部抜粋

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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。

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