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なぜ大戸屋は男性客を裏切った?赤字転落の元凶は値上げ・バイトテロより深刻な戦略ミス=栫井駿介

大戸屋ホールディングス<2705>が上場後初の中間期赤字となりました。通期予想利益も「ゼロ」ということで、経営状況が芳しくないようです。なぜこのような状況に陥ってしまったのでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

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プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

不振の原因は後継者問題?創業者急逝後に起きた「お家騒動」とは

値上げで客離れ

大戸屋は「大戸屋ごはん処」と冠する和食レストランチェーンを運営する会社です。首都圏を中心に国内353店舗、海外110店舗を展開します(2019年3月末時点)。

私も学生時代にはよく利用していました。家庭料理のような定食を気軽に食べられるということで、独り身としてはほっとするお店でした。価格は激安とはいきませんが、手の届く範囲で入店をためらうほどではありませんでした。

ところが、最近になってグランドメニューの改定を行いました。2019年4月に定食メニューを10~70円値上げするなど、全体的に値上がり傾向となっています。

中でも衝撃が大きかったとされるのが、720円で好評を博していた「大戸屋ランチ」が廃止され、代わりの「大戸屋おうちごはん定食」は870円と実質150円の値上げになったことです。

これにより、みるみる客離れが進みました。

これではたまらないと思ったのか、2019年10月には再びグランドメニューを改定し「大戸屋ランチ定食」を790円で再開しています。

しかし、一度離れた客が簡単に戻ってくるかどうかは疑問符が付きます。

「バイトテロ」も火に油

客離れの原因は値上げだけではありません。

2019年2月には、アルバイト店員が店舗のお盆で股間を隠す動画をSNSに投稿する、いわゆる「バイトテロ」も発生しています。

この直後に値上げを行ったわけですから、顧客の反感を買って当然です。

人件費が上昇する中での値上げや「バイトテロ」はどの飲食店でも起こりうる問題ですから、今後の努力で挽回することもできるでしょう。

しかし、大戸屋の経営を見ていると、どうやらそれだけではない問題がありそうなのです。

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大戸屋を上場企業に育て上げた三森久実氏

問題を理解するためには、まずは大戸屋の歴史を振り返る必要があります。

大戸屋の会社としての創業者は、先代会長の三森久実氏です。伯父で養父が池袋で経営していた「大戸屋食堂」を、養父の死去をきかっけに20歳で継ぎました。その後チェーン展開を行います。

1992年に吉祥寺店が火事になったことをきっかけに、「大戸屋ごはん処」として改装したことが現在の形態の起源となり、店舗数を増加させてきました。ジャスダック上場も果たし、久実氏は上場社長として辣腕を発揮します。

そんな久実氏の働きぶりがわかりやすく表現されているのが、以下のインタビュー記事でしょう。

外食産業で起業したいんだったら、どれだけ自分が現場にいることができるかが勝負ですよね。365日、寝る時間以外はずっと店にいても耐えられる人じゃないとダメですね。<中略>

外食産業っていうのは、「現場」が最も大変な上にいちばん大切なんですよ。だからこそ、そのトップである社長が現場を知らないとうまくいかないんですよね。

出典:株式会社大戸屋 代表取締役社長 三森 久実|起業家インタビュー – ベンチャー通信(2003年3月配信)

これだけやれる人だったからこそ、大戸屋も大きく成長できたのだと思われます。企業が大きく成長するためには、経営者の熱量が不可欠です。

ところが、2014年に不運が訪れます。久実氏に肺がんが発覚し、余命1ヶ月が宣告されたのです。治療のかいあって1年は延命しましたが、残念ながら2015年に57歳の若さにして亡くなってしまいました

創業者急逝後に起きた「お家騒動」、夫人は遺骨を持ち詰問

強力なトップが突然亡くなると、尾を引くのが後継者問題です。

久実氏には1989年生まれの息子・智仁氏がいました。銀行に就職後、大戸屋で一般社員として働いていましたが、久実氏が余命宣告を受けると、急遽常務取締役へ昇格しました。

他の役員は何も言わなかった(言えなかった)ようですが、久実氏が死去してからわずか2日後、智仁氏は香港へ赴任するよう社長の窪田氏から内示を受けました

これに激怒したのが、久実氏の妻、智仁氏の母である三枝子氏です。久実氏の遺影と遺骨を持って、社長室に乗り込みました

三枝子夫人は遺骨を持ち、背後に位牌・遺影を持った智仁氏を伴いながら、裏口から社内に入ってきて、そのまま社長室に入り、扉を閉めた上、社長の机の上に遺骨と位牌、遺影を置き、その後、智仁氏が退室し、窪田氏と二人になったところで、同氏を難詰した<中略>その際、三枝子夫人は、30分ほどにわたり、窪田氏に対し、

あなたは大戸屋の社長として不適格。相応しくないので、智仁に社長をやらせる
あなたは会社にも残らせない
亡くなって四十九日の間もお線香を上げにも来ない
何故、智仁が香港に行くのか
私に相談もなく、勝手に決めて
智仁は香港へは行かせません
9月14日の久実のお別れ会には出ないでもらいたい
などと述べた

出典:大戸屋コンプライアンス第三者委員会調査報告書「お骨事件」(PDFファイル)

これを読む限り、ドラマさながらの泥沼の争いが繰り広げられていたことが分かります。

なお、窪田氏も久実氏のいとこですから、彼らは親戚関係にあります。まさに血肉を争う「お家騒動」というわけです。

その後、智仁氏は常務から平取締役へ「降格」。相続税対策のための久実氏への「功労金」をめぐってもひと悶着あり、智仁氏は2016年2月に辞職。三枝子氏・智久氏は大戸屋の株を計19%保有するだけの「株主」という関係になりました。

このように「お家騒動」は、窪田氏の「勝利」という形で幕を閉じたように見えました。

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客離れは単なる値上げの問題ではない

そんな時に襲ってきたのが、現在の経営不振です。

「バイトテロ」こそ偶発的な事件で同情する部分もありますが、グランドメニューの改定は完全に現場を読み誤った判断です。

最近の大戸屋は、「健康志向」「女性向け」に舵を切っているように見えます。例えば、定食メニューの画像はどれも「五穀ご飯」が掲載されています。白飯も選択可能ですが、あえてそうしているようです。

ちなみに、私は五穀ご飯が描かれていると、あまり食欲をそそられません。おいしくないというわけではないのですが、どうしても「少量」「健康」「女性向け」という印象が拭えないからです。

かつて私が大戸屋に通っていたときも、肉や魚をそれなりにガッツリ食べられるから選んでいたところもあります。当時は大学の陸上部に所属していましたからなおさらです。「肉と白飯」。これが空腹の男にとって最高のごちそうです。

もし多くの人がそう感じているのだとしたら、「客離れ」は単なる値上げの問題ではなく、経営陣が顧客の現状を完全に見誤っている可能性があります

遺志は受け継がれたか? 現場重視とは思えない失策

確かに、大戸屋は「女性でも入れる定食屋」として成長してきましたが、男性の割合もそれなりにいます。

DIMEによると、男女比は4:6とのことです。「4」を手放すということは経営としては大打撃ですし、男性が減るということはカップルの入店も減ります。

「男性客が減っている」というのはあくまで仮定の話ですが、経営陣はこのような「実態」を把握しなければなりません。創業者の久実氏はとにかく「現場」を重視してきましたが、現経営陣にはその気概を持っているでしょうか

もし、現場を軽視するような風潮があるのだとしたら、「バイトテロ」の発生もある意味必然なのかもしれません。

そもそも、創業者ほどの熱量を持てる経営者はそうはいないものです。飲食は競争が激しく、利益率の低い業界ですから、少し歯車が狂うと立ち直るのは容易ではありません。

創業者が急死するという不運がありましたから、「お家騒動」でどちらが勝ったとしても、同じような結果になっていたのではないかと思います。

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「お家騒動」はコロワイドの登場で第2章へ…

「お家騒動」には続きがあります。

2019年10月、三枝子氏と智仁氏は保有株を全株売却し、完全に大戸屋の経営から姿を消しました

代わりに筆頭株主として登場したのが、「甘太郎」「かっぱ寿司」「牛角」などを運営するコロワイド<7616>です。そう、創業家はここに株式を売却したのです。売却額は30億円程度とみられます。

コロワイドと言えば、飲食関連企業を次々に買収して大きくなってきた企業です。20%弱の株式を握った大戸屋に対しても買収をほのめかす発言をしています。
※参考:コロワイド社長、大戸屋HDの買収視野に – 日本経済新聞(2019年11月15日配信)

20%の株式を握っただけではできることは限られますから、大戸屋を買収する可能性はかなり高いと言えるでしょう。これを受けて、株価は一時急騰する場面がありました。

コロワイド<7616> 日足(SBI証券提供)

もし買収されることがあれば、現経営陣は退陣を迫られるか、そうでなくてもこれまでのように好き勝手できなくなるでしょう。一度は「勝った」ように見えたお家騒動も、まだまだエピローグが続きそうです。

もっとも、このまま経営を続けてもうまくいく気配もありませんから、ここでコロワイドに買収されるのは必然の流れのように見えます。

一顧客としては、お腹が空いて駆け込んだ時のあの大戸屋に戻って欲しいと願うばかりです。顧客や現場を無視した企業の発展はありえないのですから。


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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2019年11月27日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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