中国は、アメリカが税金を投入して作り上げた科学技術と研究者を大量に引き抜いている。FBIがそのことにようやく気がついて警告しているが、手遅れだ。(『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』高島康司)
※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2019年11月29日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
もはや手遅れ?中国はアメリカの研究者を大量に引き抜いている
2020年、アメリカは中国にどう対抗するのか?
FBIが米上院に提出した中国の人材登用を警告する報告書について解説したい。
前回の記事では、いまトランプ政権の対中強行策の基盤となっている5Gに関する報告書を紹介した。
今回のものは、これからのトランプ政権の基本政策が予想できる内容になっている。
アメリカの2020年以降の中国政策を占う上では、もっとも重要な報告書のひとつだ。
米中貿易戦争は休戦へ?
いま、米中の貿易戦争で妥協が成立し、米中両国が相互に課している高関税の一部撤廃が期待されている。
11月24日、中国は知的財産権の侵害に対する罰則を強化すると発表した。米国との貿易協議で争点になっている問題の1つに対処するとした。その指針によれば、知的財産権侵害で刑罰を科すボーダーラインの引き下げも検討するという。
こうした動きに伴う措置の詳細は明らかにしていないものの、中国は2022年までに知的財産権の侵害を減らすことを目指すとし、侵害を受けた被害者が賠償を得やすい環境にする計画のようだ。
さらに11月26日、中国政府はアメリカとの間で貿易問題に関する閣僚級の電話協議を行ったと発表した。米中関係が悪化するなか、貿易問題については「交渉を続けることで同意した」としており、合意に向けて交渉を続ける姿勢をアピールした(編注:12月13日には米中両国が「第1段階の合意」に達したと発表。アメリカによる追加の大型関税発動は見送られています)。
FBIの警告
いまこのような状況なので、年内には無理にしても、2020年早々には米中で妥協が成立し、2018年から続いていた米中貿易戦争に一時的にでも終止符が打たれるのではないかという楽観的な期待が高まっている。
主要メディアでも、米中関係の一時的な妥協による正常化を期待する報道が多いように思う。
しかし、現実はそうした楽観を許さないくらい厳しいものであることを示す報告書が公開された。
この報告書の内容がトランプ政権の次の対中政策になるとするなら、そのような楽観は許されず、さらに厳しい関係になることが予想できる。
アメリカは中国の発展を完全にブロックするために、中国との関係をあらゆる側面で徹底して縮小することだろう。
Next: 中国が研究者を大量に引き抜き? 恐るべきFBI報告書の内容
FBI報告書の内容
この報告書は、「米研究事業への脅威:中国の人材登用計画(Threats to the US Research Enterprise: China’s talent recruitment plans)」というタイトルで、11月19日に米上院の「国家の安全保障と政府の政策に関する小委員会」に討議資料としてFBIから提出されたものだ。
それには、中国のアメリカにおける人材の引き抜きや登用の国家の安全保障に与える脅威について細かく調査した結果が掲載されている。105ページの報告書だ。
この報告書によると、中国には約200に及ぶ人材引き抜きと登用を目的とした計画が存在するとしている。それらの多くは政府が主導しており、中国の科学技術発展のために必要な人材を系統的にアメリカから引き抜き、知的財産権を継続的に侵害しているとしている。
これまでアメリカは、「全米科学財団」や「国立衛生研究所」、そして特にエネルギー省が管轄する多くの国立研究所は門戸を外に開き、海外から優秀な研究者を引き付けてきた。こうした研究所のもたらした成果によって、現在の我々の生活が成り立っているといっても過言ではない。
しかし中国は、アメリカのこうした研究所の開放的な方針を悪用し、多くの在米研究員を中国が必要とする科学技術や軍事技術を得るために計画的にリクルートしてきた。彼らは、高額なサラリーと充実した研究環境を約束されて引き抜かれていた。
FBIの調査では、引き抜かれて中国に移動する前に機密情報をダウンロードした研究員や、アメリカの研究所から研究費を得ているにもかかわらず、中国政府から秘密裏に研究費を得ていたケース、また米財団から研究費を得るためにウソの報告をしていたケースなどが多くあったとしている。
この報告書の調査対象はすべて国立の研究機関である。そこの研究員が中国政府にリクルートされているということは、米国民の税金の支出で行われた研究の成果が中国に利用されていたことになる。これらはアメリカに所属すべきものだ。
報告書では、これこそ中国による知的財産権の侵害として中国を厳しく告発している。
2008年から始まった「1,000人計画」
こうした人材登用計画のなかでも、報告書で一番の批判の対象になっているのは、2008年に胡錦涛政権が始めた「1,000人計画」である。
これは2,000人の先端的な研究分野の研究者をリクルートする計画だったが、2017年には7,000人の高度な専門家の引き抜きに成功し、当初の目標を大きく上回った。
引き抜かれた研究員のほとんどは、中国の国立大学や、国立の研究機関で高いサラリーが提供されて研究を継続している。
こうした研究者のなかには、アメリカの研究所に在職していたときからすでに中国政府の資金提供を受けていた人々もおり、彼らはその事実をアメリカには報告せず秘密にしていたという。これは、アメリカにおける研究資金提供の規定に違反する行為だ。
そして中国政府は、「1,000人計画」を中心にして、2008年から2020年までにGDPの15%に相当する2兆ドルを人材のリクルートのために支出したとしている。
これは中国政府にとっては、非常に見返りの大きい計画だった。アメリカ国民の税金が支出された研究の成果を中国が獲得し、自国の軍事と科学技術の発展のために使うことができるのである。
報告書では、中国政府は「1,000人計画」の実態を隠蔽するために、2018年10月にこの計画にかかわるすべての情報をネットから削除したとしている。
いまでは、この計画で中国に引き抜かれた研究員や専門家の名前は分からなくなっている。
Next: 狙われたのは「エネルギー省」研究員? 国家ぐるみで知財を盗む中国
エネルギー省の研究所とアメリカの無反応
そしてこの報告書は、研究員と専門家の引き抜きにあった研究所の多くは、エネルギー省が管轄している機関だとしている。
こうした機関では最先端のテクノロジーにかかわる先端的な研究が行われているが、中国にリクルートされた研究者によっては、自分がこれらの機関で開発したテクノロジーの特許を中国の会社名で登録したケースもあるとしている。これは米国民の税金の支出で可能になった研究の特許が、中国に奪われてしまうというとんでもないケースだ。
また、中国に帰国する前に在籍していた米研究機関から3万個のファイルをダウンロードして持ち帰った研究者もいる。
一方報告書では、このようなことが2008年以来10年以上も続いているにもかかわらず、人材を引き抜かれた研究機関はこうした事態に対して反応が非常に鈍く、特別な対策はないとしている。
これは大学や研究機関だけではなく、研究資金を提供元である「全米科学財団」や「国立衛生研究所」、エネルギー省も同様だ。
それというのも、研究機関が引き抜きの事実とそれがアメリカにもたらす危険性について意識し始めたのは、2018年10月になってからだった。
こうした状況なので、これからは中国の人材引き抜きと知的財産権の侵害に対しては、FBIを中心とした情報機関が対応するとしている。
FBIはこの状況をアメリカの国益を損なうばかりではなく、国家安全保障上の脅威として理解し、全力でブロックしなければならないとしている。
報告書にはこれを実施するための具体的な提案が列挙してある。
5Gと同じ状況、もうどうにもならない
この報告書を読むと、FBIの危機感がとてもよく分かる。
中国の、アメリカを凌駕しつつある最先端分野のテクノロジーの発展をいま抑止しないと、将来アメリカのテクノロジーは中国に圧倒され、それが国家の安全保障上の危機となるという認識だ。
しかしながら、一読して筆者は違和感を覚えないわけにはいかなかった。中国による研究者と専門家の帰国ラッシュと引き抜きは、もう何十年も前から行われていることであり、いまの時点でFBIがこれを国家の安全保障上の問題だとしても、あまりに遅きに失しており、いまさらどうにもならないのではないかと思ったからだ。
まだ中国の科学技術が発展の初期段階にあれば、このような人材の引き抜きに対する警告も意味があっただろう。だがいまの中国は、アメリカを凌駕する水準の独自の科学技術を開発することのできる強固な基盤を確立してしまっている。
この点から見ると、前回の記事で解説した5Gと同じことになっている。いまから対策をしてもどうにもならないのではないか?
ましてや今回のFBIの報告書が対象としているのは、国立研究所や大学の研究機関に在籍していた研究員の中国引き抜きである。
「グーグル」や「アップル」などの民間の先端的IT企業での引き抜きは対象にはなっていない。むしろ民間からの中国帰国組がもたらす技術のほうが大きいのではないだろうか?
Next: もはや手遅れ。人材流出は文化大革命の時代から始まっている
文化大革命の人材流出から始まる流れ
この点を確認するために、中国の人材流出と帰国ラッシュの流れを歴史的に確認しておくべきだろう。当メルマガの第526回の記事に書いたが、一部を掲載する。
中国の科学技術の発展に関しては、日本を代表する中国の分析者のひとりである遠藤誉氏の『中国製造2025の衝撃(PHP研究所)』が大変に参考になる。この本は、中国政府が掲げる国家的な科学技術発展計画、「中国製造2025」の基盤が見えてくる。
そのひとつは、文化大革命後の人材流出と、1990年代終わりから始まるその激しい帰国の流れである。
周知のように中華人民共和国が建国されたのは、1949年である。そして、建国間もない1953年から1957年にかけて実行されたのが、「第一次5カ年計画」であった。この期間、ソ連の援助もあって、戦乱で荒廃した国土の復興が進み、経済は大きく成長した。そして、社会主義経済への移行も始まった。
この結果におおいに満足した毛沢東は、1958年からは、「大躍進政策」と呼ばれる極端な政策を推し進めた。社会主義化を一層推し進めると同時に、中国を一気に工業化して、15年でイギリスに追いつく水準にするというものだった。
しかし、その結果は惨憺たるものだった。農村では原始的な鉄の生産が強制されたため、食料生産は大きく落ち込んだ。その結果、4,500万人が餓死した。「大躍進政策」は1961年まで続いた。
その後、この政策の間違いに気づいた共産党は、毛沢東に代わり劉少奇を国家主席に選んだ。劉少奇は私有財産を認めて経済の自由化を推進し、経済は回復して成長した。
しかし、権力の喪失を恐れた毛沢東は、青年層の感情に訴えて勢力の盛り返しを図ろうとし、新たな革命を宣言した。「文化大革命」である。
毛沢東の熱狂的な信者である「紅衛兵」によって推し進められた毛沢東主義の革命は、毛沢東本人の予想を越えて進行し、全国の大学は閉鎖され、学生は地方の農村に農業労働力として強制的に送られた。「下放」である。「文化大革命」は1977年まで10年間続いたものの、この間に中国経済は大きく落ち込み、停滞した。
そして1978年、鄧小平は権力を掌握し、現在に続く「改革開放政策」の実施を宣言した。その3年後の1981年から海外留学制度が始まり、その後、留学許可の枠は順次拡大した。
これに応じたのは、農村に「下放」され、「文化大革命」の10年間、学習の機会を完全に奪われていた大学生であった。そうした学生による留学ラッシュが始まった。そして、かなりの数の学生が、ハーバード、MIT、スタンフォードといったアメリカの名門校への入学を果たし、博士号を取得するものも多く現れた。そうした人々のうち、相当数が当時は勃興期にあったシリコンバレーの企業に就職し、最先端テクノロジーの開発に携わった。また、後に注目されるベンチャーを立ち上げたものも多い。
Next: 1990年代末から始まる技術者の帰国ラッシュ。中国はどんどん強大に…
1990年代末から始まる帰国ラッシュ
一方中国では、2001年の「世界貿易機構(WTO)」の加盟に向けて準備が進められていた。
「WTO」には自由貿易の厳格なルールが存在しており、国内産業保護のための高関税の適用は許されない。あくまでグローバルな自由貿易の原則にしたがうことが要求される。
そのような状況で中国が国際競争力を維持するためには、安い労働力を提供して海外企業の生産拠点となると同時に、競争力のある製品の生産・開発能力を強化しなければならない。
これを担う人材として政府が注目したのが、「文化大革命」後にアメリカへと留学した人々の集団である。政府は、彼らに高給と高いポストの保証で帰国を促した。
博士号を取得し、すでにシリコンバレーでキャリアを築いていた多くの中国人がこれに応じて、帰国のラッシュが始まった。
この帰国ラッシュは、江沢民政権における「文化大革命」で「下放」された第1世代の帰国ラッシュから始まり、胡錦濤、習近平の歴代政権で規模を拡大させながら続いている。世界ではじめて5ナノの半導体の製造に成功した世界トップレベルの半導体メーカー、「AMEC」の創業者も帰国した人材のひとりだ。
500万人以上の一流の研究者が中国に集結
「AMEC」を創業したのは、中国の半導体の父と呼ばれ、ドクター・ジェラルドの名前で知られるゼーヤオという人物だ。彼はカリフォルニア大学ロサンゼルス校で物理化学の博士号を取得後、半導体製造大手の「アプライドマテリアルズ社」に13年間在籍した。その間、同社の副社長およびエッチング製品事業グループのゼネラルマネージャーなどを歴任している。その後、中国政府の要請に応じて帰国し、2004年に現在の「AMEC」を設立した。
いま、アメリカの名門大学に留学して博士号を取得し、シリコンバレーの大手IT企業で数年勤務した後、ベンチャー企業に参加して会社設立のノウハウを学び、その後自分のベンチャーをシリコンバレーで立ち上げるというのが中国出身エリートの一般的なキャリアコースだ。
こうした人々が政府によるリクルートの対象となっている。現在では「海亀」と呼ばれる人材群だ。「海亀」はアメリカで博士号を取得した後、「グーグル」や「アップル」などの最先端企業で働き、その後帰国してベンチャーを設立している。
いま中国国内では、帰国組も含め、500万人を越える修士号・博士号の取得者、そして研究者がいるとされる。この数はさらに増加している。
Next: 米国はようやく気づいて焦りだした?2021年、中国との完全な分離へ
2021年、中国との完全な分離
これが実態だ。FBIの報告書にある2008年に始まった「1,000人計画」は、ほんの氷山の一角に過ぎない。
1990年代から続く帰国ラッシュで、最先端技術を研究開発するだけの十分な人材群をすでに中国は獲得していると見てよい。さらに、そうした人材を教育する大学や研究機関も充実しているはずだ。
今回のFBIの報告書を見ると、信じられないだろうが、いまになってやっとアメリカはこの事実を自覚したようだ。いまになって中国による人材のリクルートをストップしたところで、中国の科学技術開発を阻止することは非常に困難だ。
しかし、こうした状況にアメリカが納得するとは到底思えない。前回の5Gの報告書のように、中国には到底及ばないことは認めながらも、全力で中国の発展を阻止しようとするだろう。
2020年は大統領選挙の年だ。トランプも国内経済の悪化を懸念して、中国とは一時的に妥協する可能性が高い。高関税も撤廃され、それこそ米中間に春風が吹いたような状況になるかもしれない。
しかしこれは、ほんの一時的な妥協にしか過ぎないだろう。
次の選挙の心配のない2期目のトランプ政権は、覇権の喪失を恐れて、中国の世界経済からの閉め出しを目指すのではなかろうか?
アメリカと中国とのあらゆる関係の断絶、つまり完全なディカップリングである。
これが世界経済に及ぼす影響は計り知れない。もちろん日本も巻き込まれるだろう。
これは2021年の2期目のトランプ政権から始まる。用心しなければならない。
※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2019年11月29日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
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