中国・武漢市を発症地とする新型コロナウイルスが、ついに米国経済を揺るがす事態になった。中国の早期回復は不可能で、韓国は大きな試練を迎えている。(『勝又壽良の経済時評』勝又壽良)
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元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
新型コロナウイルス前から限界に来ていた世界経済
中国・武漢市を発症地とする新型コロナウイルスが、ついに米国経済を揺るがす事態になった。
FRB(米連邦準備理事会)は3月3日、政策金利を0.5%引き下げた。この慌ただしい動きの中に、今回の新型コロナウイルスが米国経済はもちろん、世界経済に与える影響の大きさを窺い知ることができる。世界経済が短期間で回復するという楽観的な見通しを否定するものだ。米国は、年1.50〜1.75%から年1.00〜1.25%に引き下げた。
世界経済が突然、新型コロナウイルスで変調を来たしたわけではない。昨年10月中旬、IMF(国際通貨基金)チーフエコノミストのギータ・ゴピナート氏は、日本経済新聞の取材で、「世界経済は90%の国・地域で景気が減速しており、(米中)貿易戦争などの地政学リスクが深刻になれば、世界景気は不況に近づく」と警鐘を鳴らしていた。
世界経済の体力が消耗してきた時点で、新型コロナウイルス禍が重石となって加わるのである。
前記のゴピナート氏は、世界経済の成長率が2.5%を下回れば景気後退と定義している。最新のOECD(経済協力開発機構)経済予測(3月2日発表)では、次のような見通しである。今年1-3月(第1四半期)は、マイナス成長になる可能性を認めている。通年の成長率では、昨年11月時点(2.9%)から0.5ポイント引き下げて2.4%とした。これは09年以来の低成長となる。
要約すれば、今年の世界経済成長率は2.4%になり、不況局面を迎える。昨年のIMF予測では、今年が3.4%となり回復見込みであった。それが、回復どころか不況局面へと逆走する。
FRBが、0.5ポイントもの利下げに踏み切った理由は、以上のOECD予測によって裏付けられる。米国経済の最新見通しについては、後で取り上げるが深刻である。
深い傷を負った中国経済
これまで、コロナ騒動の震源地である中国経済について、楽観論が語られてきた。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の経験から、中国経済は早期に回復するというものだった。現在の中国経済は、SARS当時と大きな差がある点を見落とした議論だ。
中国経済が、コロナウイルス禍で受ける衝撃は、SARS時と比較にならないほど大きくなる。その理由を以下に整理してみた。
(1)SARS発症は、広東・香港・北京など一部の地域に集中した。
(2)コロナウイルス発症は、はるかに広範囲である。湖北省が感染者全体の70%以上を占めるが、中国の中部地域、中国経済の心臓部である沿海地域と大都市地域に拡散している。
中国が、WTO(世界貿易機関)へ加盟したのは、2001年12月である。SARSが、発症したのは2003年。中国経済が、世界に占める比率は約4%であった。しかも、SARSは一部の地域に限定されていた。現在、中国のGDPは世界で約16%に達し、新型コロナウイルス感染地域は、ほぼ全土に拡散している。中国は、一大サプライチェーンを形成し、世界経済へ及ぼす影響力は、SARS時と比較にならないのだ。
新型コロナウイルス感染者は、完治したと言っても再度の陽性反応を見せるなど、一筋縄ではいかない難しさがある。となれば、インフルエンザ同様に、毎年冬季に感染発症するという難敵になる危険性を抱えている。
Next: インフルのように毎年問題化?中国がここで油断すると世界経済が一気に傾く
中国がここで油断すると世界経済が一気に傾く
中国の習近平国家主席は、国内の大半の経済活動再開を指示する一方で、新型コロナウイルス封じ込めを優先すべき2つの地域を指定した。感染拡大の中心地となっている「湖北省」と「北京市」である。
地方では、新型コロナウイルス感染者が減少に転じつつある。農民工は、交通規制解除とともに、北京へ戻り始めている。ここで油断していると、北京が「第二の武漢」になりかねない。新型コロナウイルスは、根治が難しいとされるだけに神経を使う理由だ。
中国政府は、新型コロナウイルスが根治しない限り、中国人の海外旅行を解禁する訳にいかない。根治しないで海外渡航すれば再度、ウイルスを世界中にばらまくことになりかねないからだ。
中国人の海外観光客は、2003年の2,000万人から昨年の1億6,000万人に増えている。この人々が、大手を振って海外旅行できなければ、世界経済復活へのシナリオを書けないのだ。
中国は、世界の工場としてだけでなく、海外旅行市場へ大きな影響力を持っている。旅行ビジネスが、各国で大きなウエイトを持ち始めている現在、中国人観光客が姿を見せない限り、世界経済が復調したとは言えないのだ。
新型コロナウイルスが、世界のサービス経済の動向に大きなカギをにぎっているゆえんである。
中国当局の経済見通しは「楽観的」?
中国当局は、経済の先行きについて楽観論を流している。
『人民網』(3月3日付)は、『ロイター』記事を引用して、アジア太平洋地域および欧米地域のエコノミスト40人の中国経済見通しが、「第2四半期から急速に反転上昇する」を拠り所としている。
仮に、4〜6月期から中国経済が回復軌道に乗るとすれば、その大前提はWHO(世界保健機関)から「新型コロナウイルス終息宣言」が出ることが必要である。現状からみて、早期の終息宣言発令は不可能だ。
中国経済を支える輸出回復には、世界経済が早期回復しなければならない。
OECDは、今年の世界経済成長率を不況型の2.4%と厳しく見ている。4〜6月期に中国経済が、「急速な反転上昇」できない環境なのだ。
となれば、中国経済は通年で「5%成長」ですら、過剰期待と言うほかない。
Next: 米国、上半期はゼロ成長? FRB緊急利下げ舞台裏
FRB緊急利下げ舞台裏
FRBが急遽、0.5%の利下げに踏み切った背景は何か。
米国経済が、新型コロナウイルスの影響をかなり受ける見通しとなった結果であろう。『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』(3月4日付)は、利下げでも米経済を救えない理由を2つ上げている。
(1)FRBは、感染拡大によるサプライチェーン(供給網)の混乱で、部品が調達できない工場を再稼働させたり、不安にかられた旅行者を飛行機に乗せたりすることはできない。
(2)こちらの方がより重要かもしれないが、中央銀行は景気循環への対応能力を失いつつある。
私のコメントは、次の通りである。
(1)問題の本質は、新型コロナウイルスによって引き起こされたものである。金利を下げても感染不安が除去されないのだ。最大の効果は、WHOによる終息宣言しかない。
(2)金利機能が次第に低下しているという問題意識である。2008年の金融危機以降、生産性の伸び低迷や人口高齢化などの構造的要因が、慢性的な低物価・低成長をもたらしている。これが金利効果を大きく減殺している。
ここに登場しているのがMMT(現代貨幣理論)である。
米国で昨年から脚光浴びているもので、日本の国債発行が破綻しない理由をモデル化している。国債発行が生産的分野に使われていること。経常収支が黒字であること。国債は国内発行であること。以上の3条件が満たされている限り、国債発行は経済成長に寄与するものとしている。
日本や欧州は、すでにマイナス金利である。欧州では、国債発行を罪悪視しない前兆を見せ始めている。日本の例を参考にしているからだ。
MMTが米国で脚光を浴びているのは、脆弱なインフラ投資を国債発行で賄い、生産性上昇へのテコ入れにすべきという理由である。民主党の大統領候補に名乗りを上げているサンダース氏が支持している。
米国、上半期はゼロ成長?
0.5%の金利引き下げでも、新型コロナウイルス禍には打ち勝てない。
そういう理由が、前記の2つで説明できるとすれば、今後の米国経済はどうなるかだ。WSJは、次のように指摘している。
世界の著名投資銀行であるゴールドマン・サックスは、人々が社交や集会を避ければ痛手を被るエンターテインメント、外食、教会の礼拝、公共交通などのサービス業は、米GDPの10〜15%を占めると推計している。その結果、感染拡大の影響で米国のGDP成長率は、下記のように相当押し下げられると予測する。
次のような「5大需要項目の変化」を勘案している。
- 米国内の感染拡大による需要への影響
- 米製造業への供給網混乱の影響
- 米小売業への供給網混乱の影響
- 米国への中国人旅行者
- 米国から中国へのモノの輸出
前記の5大需要項目は、上半期はすべてマイナスへ。7〜9月期がプラス・マイナスでゼロ。10〜12月期は全需要項目がプラスに転じるという予測である。
Next: 韓国経済は壊滅的打撃。今回の新型コロナウイルスは何がヤバいのか
米国経済に想定以上の大打撃
数値で表わすと次のような値が、GDP押し下げ要因となる。
1〜3月期:マイナス1.8%寄与
4〜6月期:マイナス3.1%寄与
7〜9月期:ゼロ%寄与
10〜12月期:2%寄与
この予測結果では、驚くべき成長率の落ち込みとなる。かつて、伝染病による経済への影響は、一過性であった。だが、今回の新型コロナウイルスは、大きな影響を与える。
その要因は、以下のような要因が考えられる。
(1)中国にサプライチェーンの中核がある
(2)グローバル経済の形成により、各国でサプライチェーンが交差している
(3)サービス消費への比率が高まり、伝染病への恐怖感が高まり影響を受ける
世界経済の牽引車である米国が、新型コロナウイルスの影響で上半期にマイナス成長へ落込む公算が大きいのである。
そうなれば、震源地の中国経済がいち早く回復するとは考え難い。加害者が、被害者よりも被害軽微という構図は想像できないであろう。
韓国経済は壊滅的打撃
韓国経済は、米中経済の落込みでどのような影響を受けるのか。先ず、韓国の貿易構造を見ておきたい。
韓国の貿易構造(2018年 JETRO調査)の国別構成比は、次のようになっている。
輸 出 輸 入
中国:26.8% 19.9%
米国:12.0% 11.0%
日本: 5.0% 10.2%
韓国での輸出1位は中国、2位が米国である。米中の合計は38.8%だ。約4割にも達しているので、今年の韓国経済に死活的な影響を与えるであろう。
韓国自体が、新型コロナウイルス感染者数で、すでに計6,284人(3月6日午前0時現在)となっている。死者は計43人である。この状態から推測するに、韓国経済は内外要因によって、壊滅的な打撃を受ける恐れが強い。
このことから、最も警戒すべきは通貨不安の再燃である。すでに、1ドル=1200ウォンの「マジノ線」を、しばしば割り込んでいる。韓国銀行(中央銀行)と思われる介入で、1200ウォンを深く割り込まないように警戒している様子が分かる。
投機筋が、相場の抵抗線を試しているようにも見える。過去2回、通貨危機を迎えて大事に至っている韓国だ。投機筋が、どの地点でウォンを売り浴びせてくるか、気を許せない局面であろう。
Next: 韓国経済に追い撃ちをかける「大統領弾劾請求」
韓国経済に追い撃ちをかける「大統領弾劾請求」
新型コロナウイルス感染で、韓国経済はマヒ状態に追い込まれている。
そこへ、国会法による「大統領弾劾請求」が正式に認められた。5月までの現国会議員の任期中に、弾劾審議が始まる。その過程で、文大統領の「不適格性」があげつらう事態になろう。
韓国の恥部が、内外に晒されるのだ。韓国経済の弱点が浮き彫りになれば、投機筋は格好のウォン投機売りの機会にするだろう。決して、楽観はできないのだ。
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