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トランプが中国に覇権を譲る日〜WHO脱退、香港国家安全法対抗措置で袋小路へ=江守哲

トランプ政権が対中政策を強化し始めている。中国による香港への統制を強める「国家安全法」導入への対抗措置を打ち出し、WHOの脱退も表明した。すでに戻れない道を米国は進み始めている。それは「覇権国家を中国に譲る」という道である。(『江守哲の「投資の哲人」〜ヘッジファンド投資戦略のすべて』江守哲)

本記事は『江守哲の「投資の哲人」〜ヘッジファンド投資戦略のすべて』2020年6月1日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:江守哲(えもり てつ)
エモリキャピタルマネジメント株式会社代表取締役。慶應義塾大学商学部卒業。住友商事、英国住友商事(ロンドン駐在)、外資系企業、三井物産子会社、投資顧問などを経て会社設立。「日本で最初のコモディティ・ストラテジスト」。商社・外資系企業時代は30カ国を訪問し、ビジネスを展開。投資顧問でヘッジファンド運用を行ったあと、会社設立。現在は株式・為替・コモディティにて資金運用を行う一方、メルマガを通じた投資情報・運用戦略の発信、セミナー講師、テレビ出演、各種寄稿などを行っている。

米中関係の悪化

トランプ政権が対中政策を強化し始めている。

トランプ大統領は中国による香港への統制を強める「国家安全法」導入への対抗措置を打ち出した。香港に認めてきた優遇措置の撤廃に加え、「中国寄り」と非難してきた世界保健機関(WHO)脱退の意向も表明。対中強硬姿勢に拍車が掛かっており、米中対立が一層深刻化するとの懸念が高まっている。

トランプ大統領氏の強硬姿勢の背景には、11月の大統領選での再選をにらみ、「中国たたき」に活路を見いだしたい思惑があるとされる。5月29日の記者会見でも「中国は数十年間、米国を略奪してきた」と非難し、「歴代大統領とは異なり、公平で相互的な扱いを受けるために中国と交渉し、戦ってきた」と自賛している。

米政権内には、新型コロナウイルスをめぐる中国の対応への不信感が高まる中、ポンペオ国務長官ら対中強硬派とムニューシン財務長官ら穏健派に割れていた側近グループの間に「中国には攻撃的なアプローチを取るべきだ」という新たな共通認識が生まれているとされている。

トランプ政権が5月21日に発表した議会向けの対中戦略報告書では、中国の挑戦に対抗するため「競争的アプローチ」を採用すると表明した。歴代米政権の「関与政策」を批判した上で、「外交の効果がなければ、米国の利益を守る行動を取る」として、対決姿勢を打ち出している。かなり強行になってきているのがわかる。

中国と本気で喧嘩したくはない?

5月に入って米商務省は、中国通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)に対する輸出禁止措置を強化した。新疆ウイグル自治区のウイグル族弾圧に関与したとして、中国の33団体への禁輸制裁も発表した。また、国務省は中国人記者の報道ビザの有効期間を90日間に制限することを決めた。

ただし、外交実績である米中貿易合意を維持したいトランプ大統領は、中国との決定的な対立は望んでいないとみられている。対中批判を繰り広げた5月29日の記者会見でも、習近平国家主席の名前は出さず配慮を見せたとされている。さらに、会見後に記者団に「私たちは米中新冷戦の開始を目の当たりにしているのか」と問われた際にも、「中国には本当に不満だ」と述べるにとどめている。

トランプ政権は今回の制裁に関する措置を実施する期限は示していない。香港で操業している米企業は厳しい措置に反対を示しているため、時間を稼ごうとしている可能性がある。

トランプ大統領このほか、大学研究の保全に向け、リスクがあると見なす人物について中国から米国への入国を停止することも明らかにした。これに関連して、米政府が中国人留学生の学生ビザ取り消しを計画しているとされている。米国の大学院で学ぶ中国人3,000〜5,000人への影響が懸念されている。

Next: トランプ大統領は、「米国民が中国企業に投資するリスクを回避する方法を――



中国企業の米上場廃止まで検討?

またトランプ大統領は、「米国民が中国企業に投資するリスクを回避するための方法を検証する」と表明。「投資会社は、共有する規則の下で運営されていない中国企業に投資する不当な隠れたリスクに顧客をさらしてはならない」とし、政権内の金融市場に関する作業部会に「米国の投資家保護を目的に、米株式市場に上場する中国企業のそれぞれの慣習を検証するよう指示した」と明らかにした。作業部会にはムニューシン財務長官、パウエルFRB議長、米証券取引委員会(SEC)のクレイトン委員長らが参加する。

トランプ大統領は厳しい姿勢を示しながらも、中国との対立が一段と精鋭化すれば、難航した協議の末にようやく得られた第1段階の通商合意が覆されると認識しているとみられる。香港には約1,300社の米企業がオフィスを構え、約10万人を雇用。大統領はこうしたことにも配慮しているものとみられる。

ついに世界保健機関(WHO)を脱退へ

さらに、新型コロナウイルスへの対応などをめぐって「中国寄り」と批判してきた世界保健機関(WHO)に対し、米国が求めてきた改革を行わなかったと指摘し「関係を断絶する」と断言し、脱退の意向を表明した。そのうえで、WHOへの資金拠出を他の国際公衆衛生活動に振り向けるとした。

また、いったん使用を控えてきた「武漢ウイルス」の名称も再び持ち出し、中国が新型コロナ感染を隠蔽したと改めて批判。香港の自治侵害に関わった中国や香港の当局者に対して制裁を科す方針も示した。

トランプ大統領は強硬姿勢を強めすぎることで、米国経済が悪化し、それが自身の再選を妨げることはしたくないという思惑があるのだろう。

しかし、進んだ道を戻るわけにはいかない。すでに戻れない道を米国は進み始めている。それは「覇権国家を中国に譲る」という道である。

中国は強気姿勢を継続

中国の李克強首相は28日、全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の閉幕に当たって記者会見した。

新型コロナウイルス流行で落ち込んだ景気の回復に向け刺激策を打ち出す余地はあるが、大規模な措置は想定していないとした。湖北省武漢が発生源になった新型コロナの影響から中国経済は回復しつつあるが、第1四半期の成長率は前年同期比6.8%減少し、四半期の統計でさかのぼれる1992年以降で初のマイナスとなった。

また、今回の全人代でも19年ぶりに成長目標の公表を見送った。李首相は新型コロナ流行を制御できたとし、今年もプラスの経済成長達成に努めると表明。政府は必要に応じて支援するとし、「政策余地は備えている。タイムリーに新たな政策を打ち出すことは可能で、中国経済の安定運営を維持するためにためらわない」と強調した。一方で、経済成長率を重要視していることに変わりはないとした。

また中国は大規模な刺激策を必要としないものの、「例外的な状況で例外的な措置が必要となるため」流動性は増加すると指摘した。また、経済政策について、雇用安定と中小企業の存続など6つの優先課題に注力しているとした。政府は先に、20年の財政赤字見通しを対GDP比で少なくとも3.6%とし、昨年の2.8%から引き上げた。これは、政府活動報告で打ち出された財政刺激策の規模はGDPの約4.1%に相当する。

Next: 中国全国人民代表大会(全人代)は28日、「香港国家安全法」の制定方針を――



「香港国家安全法」を急ぐ中国政府

中国全国人民代表大会(全人代)は28日、「香港国家安全法」の制定方針を圧倒的賛成多数で採択した。香港国家安全法は、香港での分離や政権転覆、テロリズム、外国からの介入を阻止することを目的とする。全人代常務委員会による法案策定を賛成2,878、反対1、棄権6で採択した。

香港国家安全法の詳細は数週間内に策定され、9月までに成立する見通し。李克強首相は、国家安全法は香港の長期的安定と繁栄に資するとした。

香港特別行政区政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、全人代での採択を歓迎する声明を発表、「国家安全法は、香港市民の権利や自由に影響を及ぼすことはない」とし、「法制定作業のできるだけ早い完了」に向け香港政府が中国政府に全面的に協力する方針を示した。

香港では、中国政府による香港統制が強まるとの懸念が高まり、抗議活動が実施されている。中国当局は、香港の自治が脅かされることは全くなく、香港国家安全法の対象は絞られていると説明するが、米欧などは懸念を表明している。

中国による国家安全法の香港への導入方針について、香港の旧宗主国である英国は、「一国二制度の原則の土台を壊すものだ」と重大な懸念を表明。中国企業の次世代通信規格「5G」網参入をめぐるあつれきや、新型コロナウイルス感染拡大に絡んだ中国への不信が高まる中、今回の中国の動きを受け、対中関係の見直し論に拍車が掛かるのは必至である。

英中関係も冷え込む

経済の結び付きを強める英中関係は数年前、「黄金時代」とされていた。しかし、英国では昨年から今年にかけ、5G網の整備に中国通信機器最大手・華為技術(ファーウェイ)の参入を認めるかが大きな議論になり、対中関係の変調が鮮明になっている。

英政府は今年1月に同社参入を認めたが、通信網の中核からは除外し、ファーウェイ締め出しを求めた米国に配慮した。しかし、米国を失望させた上、国内では中国不信を強める与党議員らからも「最悪の決断」などと批判が巻き起こった。

そこへ新型コロナの世界的流行が発生。英国でも中国の初動のまずさが大流行につながったとの疑念がくすぶっている。ラーブ外相は4月中旬、感染拡大の原因について国際的な徹底調査を求めた上で、コロナ危機収束後の対中関係について「以前と同じに戻ることができないのは間違いない」と発言している。

一方、中国の李克強首相は28日、全人代の閉幕にあたって会見し、「中国と米国は互いの核心的利益を尊重し、相違に対処すべきだ」とした。李首相は「両国は互いを尊重し、平等を基に関係を築き、互いの核心的利益と主要な懸念を尊重し、協力を受け入れるべきだと私は信じている」としている。

Next: トランプ大統領は5月28日、SNS企業などを保護する法律を撤廃するか効力を――



SNSにも難癖

トランプ大統領は5月28日、SNS企業などを保護する法律を撤廃するか効力を弱める法律を導入すると表明し、大統領令に署名した。

ツイッター社は29日、ミネソタ州の黒人男性が警察官に押さえつけられた後に死亡した問題への抗議に関するトランプ大統領の投稿に「暴力の賛美についてのルールに違反する」との警告を表示した。トランプ大統領は同社の別の警告表示に反発し、SNS運営側の投稿への介入を阻止するための大統領令に署名している。

トランプ大統領は、一部が暴徒化して、非常事態宣言が出された同州の抗議に関して「これらの悪党は死亡した黒人男性のジョージ・フロイドの名誉を傷つけている。ワルツ州知事とさっき話をして軍は最後まで一緒にいると伝えた。どんな困難でも私たちはコントロールするが、略奪が始まれば、射撃が始まる」などと投稿した。

ツイッター社はこの投稿の上に、暴力を引き起こす可能性があるとして禁止されている「暴力の賛美」の警告を表示し、「公共性があると判断した」と引き続き閲覧できるようにした。トランプ大統領は警告を受け、「ツイッターは中国や急進左派民主党から出されたうそと宣伝については何もしていない。彼らの免責特権は剥奪されるべきだ」と投稿し、同社の対応を改めて非難した。

SNSにも難癖をつけるトランプ政権だが、ますます袋小路に入っていくだけであろう。まさに政権の負のスパイラルへの突入である。

これから起きる歴史的大転換

全人代で賛成多数で採択された「香港国家安全法」に対する米国の対応だが、トランプ大統領も手札がなくなってきたようである。WHOの脱退も宣言した。ますます袋小路である。

米国の内向き志向は、米国の衰退をさらに加速させている。トランプ大統領の表情をみると、すっかり元気がなくなっているようにみえる。大統領選を前にすでに戦意喪失、このまま引退したいと考えているかのような精気のなさである。

米国から見れば、中国の独断は許せないだろうが、すでに中国は米国を超える力を備え始めている。米国はそれに気づいている。しかし、放置もできない。そこで、仕方なく圧力をかけているというのが現状である。過去の歴史は最終的には戦争で決着をつけるのだが、それも費用が掛かりすぎて現実的ではない。

しかし、2020年は歴史の転換点である。50年の景気サイクルであるコンドラチェフサイクルを当てはめると、今年がほぼピークに相当する。その前はハイテクバブルである。50年サイクルの4サイクル前の200年前は英国の産業革命である。この数年間で米国主導の資本主義経済の形は変わっていくだろう。

その結果、中国主導の社会資本主義が中心的な考え方になっていくだろう。それを採用し始めているのは、ほかでもない米国であろう。

新型コロナウイルスの感染拡大で経済が落ち込むことを避けるため、政府は国民に配給制とも言える資金供給を行った。これにより、個人所得が急激に上がっている。失業していても、たっぷりとお金が手元に入ってくる。仕事をする必要がないのである。そのお金で株式を買っている若者も少なくないようである。だからこそ、株価が上がっているのだろう。しかし、経済が止まり、企業業績が悪化する中、株価だけが上昇する。

まさに、ルービニ教授が指摘するように、経済実態と株価の乖離が拡大するだけである。それを示しているのが、バフェット指数である。

Next: このように考えると、いずれ今の米国株は壊れるだろう。壊れなければ――



いずれ今の米国株は壊れる

このように考えると、いずれ今の米国株は壊れるだろう。壊れなければなんでもあり、という話になる。輪転機を回して、その紙幣で株を買う。経済実態や企業業績は関係ない。そんな株価上昇が続くはずもないだろう。株価を上げることも重要だが、それ以上に重要なのは、米国経済の力を回復させることである。

しかし、これにも限界がある。米国民はすでに気力を失っている。また、安易な方に向かっている。製造業や物を作ることの重要性を忘れ、安価なものを輸入すればよいという発想が染みついている。そして、製造業から金融業に移行した。安易な選択だが、これが米国をいずれダメにするだろう。

すでにその動きは始まっている。そして、米国が中国に難癖をつければつけるほど、その弱点が浮き彫りになっていくだろう。ドルは依然として基軸通貨であり、当面もその地位を維持するだろうが、いずれはそうでなくなるだろう。

覇権国家としての地位を奪われれば、必然的にドルは基軸通貨ではなくなる。

中国がデジタル法定通貨の発行に向けて着々と準備を進めているが、ドルという基軸通貨に安住している米国はますます中国との距離が離れていくだろう。

現在はこのような覇権国家の移行期にあることを十分に理解し、中国批判だけを行っていると世の中の変化を完全に見誤ることを理解しておく必要がある。

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本記事は『江守哲の「投資の哲人」〜ヘッジファンド投資戦略のすべて』2020年6月1日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。本記事で割愛した米国市場金、原油各市場の詳細な分析もすぐ読めます。

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江守哲の「投資の哲人」〜ヘッジファンド投資戦略のすべて』(2020年6月1日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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