レジ袋有料化からまもなくひと月が経過します。コンビニ全体で月に13億回もレジ袋の購入有無を確認するなど時間と体力を浪費しており、客の消費意欲をそぐ結果に。コロナ対策の失敗だけではなく、ここでも政策が経済への「逆噴射」となっています。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
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プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
コロナ対策だけじゃない、政策による経済の逆噴射
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で、世界の経済が大きく落ち込みました。
中でも、コロナへの対応を間違えて感染拡大を放置したブラジルや米英で、犠牲者の数ばかりか経済の負担も大きくなりました。
日本もその仲間で、国民の忍耐に甘え、具体的な感染抑制策を講じなかった政府の無策が、その後の感染再拡大を引き起こし、国民の不安を高め、経済の足かせになっています。
1人10万円給付の不手際から、新宿区では7月20日時点でもまだ支給されない世帯が多く、助成金支給に際しては何千億円もの巨額な外部委託費を「お友達企業」に配分し、それでも助成金の支払いが遅れています。
挙句には感染拡大のさなかに「Go Toトラベル」を強行。直前に東京を外して個人にも現地にも大きな混乱を引き起こしました。
政府は国民の命よりも経済を優先したにもかかわらず、その不手際や対応の過ちから、4-6月期のGDP(国内総生産)は近年にない大幅なマイナス成長となった模様です。
これらは政府の対応の稚拙さが経済の足かせとなる「人災」を示していますが、政策による「人災」はこれにとどまりませんでした。
6月末でキャッシュレスの5%ポイント還元が終わり、さらに7月1日からは「レジ袋の有料化」を実施、これが予想以上に大きな経済負担となっています。
これも弱った経済を後ろから蹴飛ばす役割を果たしてしまいました。
レジ袋有料化が消費意欲をそぐ
事前に予告はあったにせよ、現場では多くの混乱が起きています。
まず、有料化といっても、店や売り場で価格がバラバラです。コンビニでは1枚3円のところが多く、一部のデパートでは紙袋も含めて一律5円をとり、別のデパートでは食品売り場で小型レジ袋3円、大型5円、紙袋10円、ほかの売り場では無料となっていました。
レジ袋有料化の趣旨は、環境汚染を抑制するためにプラスチック・ゴミを減らすこととされました。以前、デパ地下の某パン屋では、ビニール袋か紙袋かと客に聞いていたので、先日購入した際に、紙袋なら環境汚染にならないと思い、これを選択したところ10円をとられました。環境にやさしい紙袋も有料となると、当初の趣旨と違ってきます。
またスーパーやデパートで買い物をする際、量が多くなるとレジ袋が大小何枚いるのか、考えるだけで気が重くなります。以前ならお店の人が必要なものを選んで入れてくれたり、スーパーなら必要な枚数を想定して大目にレジ袋をくれました。今では自分でこれを計算してレジ袋を買わねばなりません。多めに買って余してしまうと不快な気持ちになります。
事前にエコバッグを持参しても、これに入る量は限られます。結果的に買う予定であったものも、追加で有料のレジ袋を買うのも嫌なので、買う量を減らしてしまうケースも少なくありません。
1つのエコバッグに野菜や総菜、弁当などを一緒に入れるのも気になり、どれかをやめることもあります。今まで無料であったレジ袋や紙袋に代金を払う際には、消費税以上にコスト負担を感じます。
品数が少ないために、レジ袋を買わずに手にもって店を出ると、雨が降っていて傘もさせず、商品も雨に濡れながら走って帰る虚しさは、店への八つ当たりにもなり、印象を悪くします。
Next: 「Go To トラベル」初日の22日に皮肉にも東京でのコロナ感染者が300人――
販売店の効率阻害
「Go To トラベル」初日の22日に皮肉にも東京でのコロナ感染者が300人を超え、改めて「密」を避けるよう求められています。
しかし、レジ袋を買わずに消費者が自ら購入した商品を自分のエコバッグなどにしまおうとすると、店員が袋に入れるよりもずっと時間がかかります。時に後ろの客を待たせることになり、「密」を作る一因にもなりかねません。
また、コンビニでもデパートでも毎回「袋はご入用ですか」と聞かれます。
コンビニの6月1か月の来店者数は13億人余りでした。店員は月に13億回も「レジ袋はご入用ですか」と聞かなくてはなりません。これも時間と体力を浪費します。レジ袋を買わないと、商品にテープを張って購入した商品とわかるようにするところもあり、これも手間になります。
※参考:コンビニエンスストア 統計データ – 一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会
コロナ感染リスク高める
そればかりか、レジ袋の有料化はコロナの感染リスクを高める面があります。
販売員が毎回レジ袋がいるかどうか確認したり、商品を袋に入れましょうかと聞かれたり、それに客が答えるやり取りの中で、飛沫が飛ぶ機会が増えます。黙って商品を袋に入れて手渡してもらえれば、こうしたリスクも避けられますが。
また「マイ・エコバッグ」の利用を推奨していますが、これを使うたびに洗うのも手間がかかり、かといって洗わずに何度か使えば、食材の一部や野菜の切れ端などがバッグの底に残り、コロナウイルスばかりか、それ以外の雑菌がたまる懸念もあります。
レジ袋の使いまわしでも、毎回消毒しなければ感染リスクはゼロではありません。使い捨てで毎回新しいレジ袋を使う場合とは異なる感染リスクが生じます。
プラゴミの削減にならず
そもそも、レジ袋を有料にすれば、レジ袋の利用が減り、プラゴミの削減につながるのか、疑問があります。
多くの人はスーパーやデパートでもらったレジ袋をゴミ出しの際に「再利用」しています。つまり、買い物が終わればそのままゴミ箱に直行でなく、ましてそのまま海に流れ込むわけでもありません。
皆がマイ・エコバッグを使うようになると、ゴミ出しの際にエコバッグを使うわけにはいかず、結局、ゴミ出し用にポリ袋を買わなければならなくなります。
つまり、食品や生活身の回り品を買う際にレジ袋を使わなくても、日常のゴミ出し用にレジ袋の代わりとなる袋が必要になり、これを購入することになります。
その点ではプラゴミの削減効果は限定的です。
Next: 消費者にしてみれば、レジ袋有料化によるコスト高を回避するためにこれを――
コストを消費者に負担させるだけ
消費者にしてみれば、レジ袋有料化によるコスト高を回避するためにこれを買わず、前の袋の使いまわしやエコバッグを使うことにしても、ゴミ捨て用にポリ袋を買えば、コスト高を回避できず、しかもコロナウイルスの感染リスクや雑菌の繁殖リスクにさらされ、消費者が小売店のコストを肩代わりするだけで消費を冷やし、しかも社会的な、つまり環境面での成果にはなかなかつながりません。
プラゴミの削減が目的でレジ袋の有料化を決めたのであれば、紙袋に切り替えればよいはず。実際、デパ地下のパン屋では従来、「ビニール袋か紙袋か」と聞かれました。環境目的であればすべて紙袋に切り替えれば済む話です。
それを紙袋まで有料化するのは、環境対策の意図を超えています。消費者の負担を高め、消費の足かせになるだけです。
このレジ袋有料化を推進した原田義昭前環境大臣も、これによるプラゴミ削減効果は大きくないと認めています。それでもプラゴミ削減の象徴としての意味がある、と述べています。
日本も海洋汚染など環境問題に関心を持っているとの姿勢を示したかったようで、そのコストを消費者に付け回したことになります。
環境対策のはき違い
レジ袋有料化を環境対策の柱とするのは相当無理があります。
有料化でコストをかけ、需要を減らすのであれば、環境負荷の少ない代替商品を提供する必要があります。これを同時に進めないと、単なるコスト高を押し付けるだけになります。
コーヒーショップでもプラスチックのストローをやめ、代わりに紙や別の素材のものを提供しています。有料化すればプラスチック製品の需要を減らせると考えるのはあまりに短絡的です。
実際、レジ袋有料化でその使用を減らそうとしても、食材ら容器、パッケージにはプラスチック容器が氾濫しています。ペットボトルもしかりです。これらを放置して、レジ袋だけ有料化というのもおかしな話です。
環境問題を推進するのであれば、レジ袋有料化の前に考えるべきことが山ほどあります。海洋に流れ込んでも水に溶ける新素材の開発も進んでいます。
こうした新素材開発に政府が支援するほうが経済効果も大きくなります。
またプラゴミのリサイクルや、焼却施設の増設、焼却の際の熱エネルギーを温泉、暖房などに再利用したり、CO2や有毒ガスの処理技術を開発するなど、環境対策として考えるべきことは多々あります。
Next: コロナの感染拡大で国民生活にも閉塞感、不自由感が高まり、ストレスがた――
経済「逆噴射」効果しかない
コロナの感染拡大で、国民生活にも閉塞感・不自由感が高まり、ストレスがたまりやすい状況になります。
その中で「レジ袋有料化」という新たな負荷をかけることは、それだけ国民の負担を高め、消費を抑制するリスクがあります。
コロナ感染抑制に対する政府の無策が国民の不安を高め、経済行動を抑制しがちなうえに、レジ袋有料化という負担を課すことは、政策面からの経済「逆噴射」効果を持ってしまいます。
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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2020年7月27日)
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。