菅政権は安倍政権下で成長戦略を担ってきた「未来投資会議」を消滅させ、新たに「成長戦略会議」を設置、初会合を開きました。アベノミクス継承とは名ばかりで、少なくとも物価目標とは相反する政策が打ち出されています。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2020年11月13日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
アベノミクス継承とは名ばかり
アベノミクスを継承すると言ってスタートした菅政権は10月16日に、安倍政権下で成長戦略を担ってきた「未来投資会議」を消滅させ、新たに「成長戦略会議」を設置、初会合を開きました。
そこではアベノミクスの継承とはかなり色合いが異なり、少なくとも物価目標とは相反する政策が打ち出されています。
経済重視と言いながら、むしろデフレ圧力となる危険性も秘めています。
良いデフレと悪いデフレ
まず、安倍政権が日銀と連携して進めてきた「2%の物価安定目標」は、いつの間にか消えてしまったかのようです。
菅政権は発足直後にまず携帯料金の大幅引き下げを含む改革方針を打ち出しました。菅総理はかねてより、日本の携帯料金は他国と比べて割高で、家計の財布を圧迫していると述べてきました。総理就任後、真っ先にここに手を付けようとしています。
物価の下落は消費者には良いことで、原油価格の下落などでガソリンや電気代が安くなることは「良いデフレ」ともいわれます。もっとも、日銀はこの考えを否定し、携帯料金やガソリン代などの下落は「相対価格」の変化に過ぎず、日銀がマネーの量を維持拡大していれば、「絶対物価水準」は下がらないと主張します。これは携帯料金か下がれば、それで浮いた分を飲み代などに回せる、との考えからです。
しかし、実際には昨年からの幼児教育無償化で日本の消費者物価は0.5%あまり低下し、他に需要が回って穴埋めされるはずの状況は実現していません。日銀の主張通りにはなっていません。幼児教育代で浮いた分の多くが貯蓄に回った可能性が考えられます。同様に、「Go To」で宿泊代が35%も低下したため、これが消費者物価をまた0.5%ほど下げています。
そこに携帯料金の引き下げを命じれば、さらに物価は下がると見られます。消費者にとっては財布にやさしい「良いデフレ」となりますが、企業にしてみれば負担になる「悪いデフレ」の面があります。
企業が競争に勝つため、合理化してコストダウンが実現した結果価格が下がるのであれば問題ありませんが、政府の「鶴の一声」で強制的に価格引き下げとなれば、収益が悪化し、企業体力が落ちます。
「Go To」キャンペーンも、消費者には低価格で旅行や飲食ができ、「良いデフレ」に見えますが、このキャンペーンの対象にならない企業は、ライバル企業がキャンペーンを利用して「低価格戦略」をとっているようなものなので、非対象企業はこれに対抗するためにも、さらに価格を下げて客を呼ばねばならず、収益負担が高まります。
Next: 冬場の観光促進でコロナ「第3波」へ。日本の感染予防は国民任せ
冬場の観光促進でコロナ「第3波」
次に、コロナ対策も経済優先の色合いが濃く、コロナ禍で苦境にあえぐ観光、レジャー、飲食業を救済するために、各種「Go To」キャンペーンがとられています。
当初感染者数の多い東京は、トラベルの対象から外れましたが、10月からこれも認められた結果、若い人を中心に、「お得感」のある旅行・飲食にひかれて人が動くようになりました。
人が動けば、ウイルスも動きます。特に若い人はウイルスを保有していても無症状か、軽い風邪程度のケースが多く、知らないうちに人に感染させている可能性が指摘されています。
現在、家庭内感染が急増し、飲食店や旅先での感染の可能性も指摘されています。北海道では1日200人もの感染者が出るようになり、全国でも1,000人を超える感染者が出て、医療関係者は危機感を持つようになりました。
まさに「第3波」の様相ですが、政府はコロナの感染抑制よりも、コロナで被害を受けた業界の救済に重点を置いて、人が動くキャンペーンを拡大しています。
日本の感染予防は国民任せ。欧米は警戒を強める
欧米では秋以降、気温の低下とともに感染がまた急増し、欧州では再びロックダウンを余儀なくされている国が少なくありません。フランス、ドイツ、英国など主要国で経済規制、行動規制が強まっています。
日本でも明らかなクラスターが数多く発生し、家庭内感染が急増しています。この流れを止めないと、年末年始のイベント時期に経済活動、移動を制限せざるを得なくなる懸念があります。
米国でファイザー社のワクチン利用にめどが立ったとはいえ、日本でこれが使えるようになるのは、早くて来年春以降です。しかも、ワクチン保存に必要なマイナス70度の冷凍施設を持つところは限られます。まだワクチンの実用化には程遠く、この冬をどう乗り切るかが大きな課題となります。
政府は相変わらず感染予防は国民や企業任せで、自ら感染防止策をとろうとしません。年末年始の経済が止まってしまうと、GDPのみならず、国民の喪失感も大きくなります。これは政府にも逆風になります。
Next: 中小企業再編の明暗。ゾンビ企業の淘汰で多くの血が流れる
中小企業再編の明暗
さらに危険性をはらんでいるのが、政府の成長戦略の中に中小企業の再編・合理化が入っていることです。
その考えの背景には、政府が会議の委員に任命したデイビッド・アトキンソン氏(元ゴールドマン・サックス社のエコノミスト)の存在があります。彼は日本の中小零細企業の中に多くの「ゾンビ企業」があり、これが日本経済の効率を抑圧する「がん」だとの考えを持っています。
菅総理は彼を重用し、頻繁にアドバイスを受けていると言います。それが中小企業の再編という考えにつながっています。効率の悪い中小零細企業は整理淘汰しようということです。
経済が成長し、市場が拡大しているときなら、その痛みも吸収しやすいのですが、コロナ禍で経済が痛んでいるときにこれを進めると、会社の廃業、倒産を通じて多くの失業者を発生させます。
現在の日本経済では、こうしてはじき出された人々の受け皿は限られます。誰もが運送業や介護職などに移れるわけではありません。日本経済の強さ、危機に強い体質は、柔軟な中小零細企業の存在を抜きには語れません。日本の大企業には「ゾンビ社員」がいても、中小零細企業の「ゾンビ企業」は、いくら金融緩和状態と言っても、そもそも何年も存続できません。
思い込みで「ゾンビ企業」の整理淘汰を進めようとすると、不必要な血を流すことになりかねません。中小企業には独自の技術を持ったところも多く、再編になじまないものも少なくありません。
中小企業再編を進める場合は、慎重さが求められます。
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『マンさんの経済あらかると』(2020年11月13日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。