次々と首脳会談を消化して外交面をアピールしている菅総理ですが、次第に不安が指摘されるようになりました。中国包囲と中国接近が同居し、動きに「背骨」が見えません。尖閣諸島、拉致問題ほか問題は山積みです。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
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プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
中国包囲と中国接近の同居
次々と首脳会談を消化し、外交面でもアピールしようとしている菅総理ですが、菅外交に不安が指摘されるようになりました。
総理就任後最初に開催した日米電話会談並びに、11月8日の菅総理自身のツイッターでバイデン氏に祝意を伝える中で「自由で開かれたインド太平洋」構想について、「自由で開かれた」の表現が欠落し、「インド太平洋地域と世界の平和、自由、繁栄を確保するため」との表現を使い、物議をかもしました。
この「自由で開かれたインド太平洋」という言葉が中国の海外進出をけん制し、中国包囲網を形成する意図で使われていたのに、これが落ちたのは単なる言い間違いなのか、意図があったのか、米国でも疑問の声が上がったと言います。
そもそも、日本の中国に対する姿勢があいまいです。
安倍・トランプ両氏のもとで構想された「自由で開かれたインド太平洋構想」は明らかに中国包囲網戦略で、菅政権はこれを引き継いだ形になっています。対外的にもこれを示しました。
ところが、その一方で、中国が主導する「RCEP」(東アジア地域包括的経済連携)に今月15日の首脳会合で合意し、署名式を行いました。
つまり、一方で中国包囲網で中国を抑え込もうとしながら、一方では中国と経済連携を強める姿勢も示しています。
これに対して、中国と対立し、中国包囲網の一環として重要な役割を期待されるインドは、当然、このRCEPには加わりません。
ここにインドと日本の違いが明確になりました。逆に日本はその姿勢をどう説明するのか、問われることになります。
分断米国との付き合い方
この中国戦略の曖昧さの一因になっているのが米国の分断ともいえます。
中国包囲網を進めてきたトランプ大統領と、親中派と目されてきたバイデン氏のどちらが米国のリーダーなのか、未だにはっきりしません。トランプ大統領はまだ敗北を認めず、法廷闘争で勝つ意向を示しています。
それでも菅総理はいち早くバイデン氏に当選祝いの電話をしています。形の上ではバイデン新政権を前提としていることになります。4年前、安倍政権はヒラリー・クリントン氏の勝利を確信し、クリントン陣営と深くかかわる一方でトランプ氏を無視していました。それがまさかの結果となり、慌てた安倍総理が手のひらを返したように、真っ先にトランプ大統領を訪問し、以後盲従する羽目となました。
今回、バイデン勝利の結果が覆されるのかどうかは不透明ですが、米国の分断がより強まり、2つの米国を相手に対応せざるを得ない難しさがあります。もちろん、バイデン政権となった場合でも、副大統領時代の「親中派」通りには行かない事情もあります。米国世論は、右も左も反中国色が強まり、中国の覇権を警戒する動きが強まっています。
現に、この夏には米国国際戦略研究所が日本の中国びいきを警戒し、その首謀者を名指しで批判する報告書を出しています。日本としてもこれを無視できない状況にあり、安倍政権時の「親中派」は立場が弱くなっています。従って、旧来のバイデン氏とは異なる前提で考える必要がありますが、米国自体の評価が難しくなっている分、菅外交の大きなハンデになっています。
Next: どこまで安倍政権の継承?日本の基本戦略が見えない
安倍政権の継承、どこまで?
菅政権は安倍政権を継承すると言っていますが、もともとは安倍総理が石破元幹事長だけには政権を渡したくないと言い、岸田氏も特別給付金のとりまとめでリーダーシップが取れず、菅氏にお鉢が回ってきた面があります。安倍政権を裏で支えてきたとはいえ、安倍前総理自身が「桜を見る会」などで身辺を捜査され、影響力が落ちています。
しかもこの件に関する報道各社の報道ぶりから見ると、菅政権はかつてのような強い力で情報、報道管制をとっていないように見えます。菅政権は安倍前総理からの自立を企てているようにも見えます。
そして外交面では安倍総理が親しくしてきた米国のトランプ大統領、ロシアのプーチン大統領ともに、立場が弱くなっています。それだけ菅総理の自由度は高まっていると言えますが、逆に言えば、安倍総理が使ってきたトランプ、プーチン・ルートがそのままでは使えないことにもなります。
日本の基本戦略が見えない
ところが、自由度が高まったとはいえ、肝心な菅外交の基本姿勢、戦略が見えてきません。
日本経済については遅れているデジタル化を進め、行革を推進し、2050年までに脱炭素を打ち出しましたが、日本経済をどういう方向に持っていきたいのか、全体像が見えません。
安倍総理がこだわった憲法改正にもあまり意欲が見えません。
外交面では身近な問題として、中国、北朝鮮への姿勢がはっきりしません。中国は米国が大統領選以来混乱しているのをよいことに、東シナ海の尖閣周辺や南シナ海で活動を活発化しています。尖閣では日本漁船を排除し、領海侵犯を繰り返しています。また日本海の大和堆は、日本のEEZ内ですが、北朝鮮の漁船のみならず、最近では中国漁船が大挙してここで密漁しています。
ところが、24日に来日した中国の王毅外相に対して日本は、尖閣周辺での中国公船の活動は極めて深刻と伝えたのに対し、王毅外相はビジネス人の往来を11月中に認めさせたうえで、テレビ報道とは別に尖閣諸島(中国側は魚釣島)をめぐる中国の権利を守ると述べ、日本の要請には耳を傾けなかったことがわかりました。
米国に頼ってきた対中国外交も、米国が動けないと見ると、中国は好き放題動き、そのうち「実効支配」を言い出しかねません。中国やロシアは日本漁船が領海侵犯の疑いがあるというだけで拿捕してきますが、日本は警告を発するだけで、甘く見られています。またもし米国が動いた場合に、日本は自衛隊をどう動かすのか、基本姿勢を決めておかねばなりません。
Next: 一刻の猶予もない北朝鮮拉致問題。菅政権にビジョンはあるか?
外交を担う戦略チームが必要
北朝鮮の拉致問題も、被害者はもとより、その家族の高齢化を考えると、一刻の猶予もありません。トランプ氏と金委員長の信頼関係に頼れる状況ではなくなりつつあります。菅政権が北朝鮮とどういうパイプで外交を進めるのか、中国に頼るのか、反日を強める韓国の文政権と連携するのか、その深まった溝をどう埋めるのか。その場合、徴用工問題、慰安婦問題はどう片付けるのか、など身近なところだけでも問題山積です。
米国抜きのTPPに中国が参画意欲を見せています。米国もバイデン政権となればTPPに参画するのか、その場合、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)との関係、位置づけをどうするのか、日本はそこでリーダーシップとれるのか。
そして、これらの外交戦略は誰がブレーンとなって進めるのか。右左にとらわれず、日本のために知恵を働かせる戦略チームが必要です。
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『マンさんの経済あらかると』(2020年11月20日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。