一人暮らしでは、急に具合が悪くなったときに、救急車を呼ぶことができずにそのまま亡くなるというリスクは、あっても仕方がないのです。
たとえ家族と暮らしていても、たまたま一人でいるときに発作がおこることもあるのですから。
施設に入るなどして、常に監視(?)の目がある状況に身を置いて、そのリスクを限りなくゼロにすることに神経を使って生活するという方法もあるでしょうが、そのために、自分の自由や普通の日常が制限されるのは望むところじゃないんです。
高齢者にとっては一日、一日をどれだけ幸せに過ごせるかということが一番大事で、何を幸せと感じるかは、人によって違って当たり前です。
常に誰かに見守られていたい、話し相手が欲しいという人には、ご近所付き合いのネットワークがとても大事になるでしょう。
でも、みんながそうという訳ではありません。
できるだけ自由に生きたいという人は、たいてい行政の人にいろいろ聞かれたり、老人会の集まりみたいなのが苦手です。デイケアセンターで、みんなで体操したり、歌を歌うなんていうのもいやなんです。私の父もそうでしたから、よくわかります。
それはそれで仕方がないのかな。リスクを背負っても自由に生きるという選択もありなのでは……と思ってAさんの話を聞いていたら……「それは我儘だ」との声が。
孤独死が出ると、マンションの資産価値が200万円は一気に下がるんだから、周りの迷惑を考えて、孤独死しないようにする義務がマンション住民にはあるんだ……と。
孤独死の後始末にどれだけお金も労力もかかるか、親族に連絡しても、かってにそちらで処理してくれというような人もいるのだから……と。
その苦労を経験した人の言葉は強かったです。