休職4回、退職4回。うつ歴12年のサラリーマンが綴った心の病歴

2015.04.10
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by KIRIN
 

失敗を余儀なくされる休職

2001年12月19日から私はサラリーマン人生初めての「休職」を経験することになった。ここで、それ以前のことを少し簡単にまとめてみます。

  • ・2001年12月1日(土):ヒーリングセミナーに初参加
  • ・2001年12月10日(月):会社を休む。
  • ・2001年12月11日(火)~15日(金):有給と半休を繰り返しながら何とか一週間を乗り越える。
  • ・2001年12月17日(月):やはり「日曜不眠」のため、会社を休み、心療内科へ駆け込む。精神安定剤と睡眠薬を処方される。
  • ・2001年12月18日(火) :「休職」決定。会社には「今日も病院へ行きます」と伝え、再び心療内科へ。そこで「自律神経失調症」という病名で、「約3週間の療養が必要」という診断書をもらう。その足で会社に向かい、上司にその診断書を提出した。

休職が決定した当初は、それまで縛られていた「会社」という存在から逃れられることが嬉しくて、一人であちこちに外出していた。上野の美術館、吉祥寺などに行ってみたり、ボクシングジムに見学したり、とにかくこれまで出来なかったことを全てやってみようと思った。

しかし、その合間にうつの影が忍び寄って切る。それは、いつやってくるか分からないモンスターのようであった。そして、休職が明けるまでに何か変わらないといけないという焦り。それらを払拭するかのように、私は必死に「自分のやりたいこと」を積極的にやろうと頑張った。

  • ・自分のホームページを作成したいため、Webデザイン学校に入学。
  • ・たくさん本を読めるために「速読」の学校に入学。
  • ・ボクシングジムに入門

これだけでざっと40万円くらいの出費である。休職が始まるやいなや40万円も一気にぶち込んだのだ。今までの自分のふがいなさを取り消し、自信を取り戻すためだろうか、私はこの休職期間中に一気に「もっと向上した自分」に変わりたいと思っていたのだ。

当初は3週間の休職期間予定であり、年が明けた1月8日に復職する予定であった。しかし実際には、そんな短期間で劇的に改善されることはなかった。何故なら、抗うつ剤や抗精神剤の服用が効果を発揮するのは1~2週間必要だからである。

この当時は、今ほど「うつ病」という病気が認知されていなかったため、どうしても周囲には言いづらかった。そのため、インターネットという閉ざされた世界の中で情報を交換する、というのが一番信頼できる情報交換方法であった。今のように、「メンタルヘルス」という言葉すら確立しておらず、ましてや「リワーク」などの充実したメンタルヘルス制度は日本企業の中ではほとんどなかったのだ。いわば、私は「うつ」のパイオニアであったと言えるのかもしれない。

さて、私は、やはり3週間では治癒できなかったので、「休職期間を延長してもらいたい」という旨を伝えるために、会社に行くことにした。会社に向かうまで、私はその風景に違和感を感じていた。約3週間ぶりの会社は、それまでとは全く違うビルのように思えた。街行くサラリーマンが全く異なる人種のように思えた。

ふと、「本当にここに戻れるのだろうか?」と思った。

会議室の中、緊張しながら上司と相談をした結果、一カ月の休職期間の延期が認められた。その足で、職場にある自分のデスクに戻り、追加の引き継ぎをして早々に帰宅した。

肩の荷が下りたのは確かだが、一方では「自分一人いなくとも会社は回っていくんだ。」
という無力感を強く感じた。

一カ月の休職期間の延期。この事実は嬉しい反面、不安を助長させた。というのも、平日に家にいることに対する孤立感。そして、社会的居場所を失ったという喪失感が半端なく私を襲ってくるからだ。

―――――――そんな時。

また、ヒーリングセミナーからの案内が来たのだ。

>>次ページ ヒーリングセミナーにはまる私

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