しかし、ここで注意が必要なのは、「恥は掻いても良いけど、恥を感じなくなってはいけない」というところ。恥を掻くということは恥ずかしいという感情を立ち上げるということで、その感情を捨てちゃダメなんです。恥を掻け、というのは恥ずかしいことをしても恥ずかしいと思うな、というのとは違うんです。毎回恥ずかしいことをするたびに、「ウワァ~、恥ずかしい。穴があったら入りたい」って思うし、反省もするし、しばらく知り合いに会いたくないし、という感情を持たなきゃダメですよ。これが無ければタダの厚顔無恥ヤロウの嫌われ者になっちゃいますから。
ここが難しいんです。恥を掻くことで、恥ずかしい思いをするということが分かっているのに、その可能性が多分に存在するのにも拘わらず、「それでもここはやらずにはおけんじゃろう(←微妙に岡山弁)」と勇を鼓して立ち上がる、というところに価値があるのです。
だからこそ、そこから学びを受け取ったり、反省したり出来るんです。恥ずかしい思いをすればするほど、「次こそは上手くやりきってみせるぞ」と思える人が将来大成するんです。
とはいえ、我々ごときが掻く恥なんてたかが知れていますから。ひと月も笑われ続けたらお終いで、1年も経ったらほとんどの人は覚えていない、ってくらいのものですよ。むしろ、3年経ってもみんなが覚えていて話題になるような大きな恥を掻くのって難しいですから。