塚田農場の売上減が止まらない。既存店45ヶ月連続割れの悲しき要因

2018.03.05
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地鶏ブームを巻き起こした立役者

同社は2004年東京都八王子市に出店した「わが家 八王子店」(既に閉店)によって地鶏居酒屋に進出。06年には宮崎県日南市に自社養鶏場を建設し、「みやざき地頭鶏」の生産を開始した。翌07年より宮崎県日南市 塚田農場ブランドの出店を八王子市からスタートして、全国に地鶏ブームを巻き起こした。

自社農場、提携農場は今では宮崎県日向市、北海道新得町、鹿児島県霧島市などにも拡大。現在では、「塚田農場」は「宮崎県日南市・日向市 塚田農場」、「北海道シントク町 塚田農場」、「鹿児島県霧島市 塚田農場」の総称となっている。

2010年前後の「塚田農場」は、出店すれば全国どこもかしこも毎日満席というずば抜けた繁盛ぶりで、居酒屋チェーンが軒並み苦戦する中で圧倒的に成功。やや遅れてブレイクした鮮魚居酒屋「磯丸水産」と共に、総合居酒屋から専門居酒屋へと、居酒屋のビジネスモデルの転換を先導する旗頭と目された。

地鶏ブームに乗って、エー・ピーカンパニーは12年9月、「塚田農場」を出店してからわずか5年あまりで東証一部への上場を果たしている。

模倣されたサービス、奪われた顧客

「塚田農場」の成功要因は、自社農場によってメイン食材である「みやざき地頭鶏を飼育し、流通を簡素化して中間マージンを省き、これまで庶民の手が届かなかった高額な地鶏をこなれた価格で提供したことにある。加工工場も宮崎県内に有して、地元に雇用を創出。また、地元の契約農家から高品質な農作物を仕入れて店舗で提供したため、今で言うところの地方創成に貢献する姿勢が消費者に支持された

農業と農産物加工業、飲食業を一体化した生販直結の方法論により、農業経済学者の今村奈良臣・東京大学名誉教授が提唱した「6次産業理論の体現者とみなされた。農業のあるべき姿を求めて、多くのビジネスパーソンが学びも兼ねて来店した側面がある。

そればかりでなく、サービス面でも来店回数によって位が上がる名刺システムを導入。初来店では主任、2回目で課長、5回目で部長、といったように昇進し、専務、社長、会長にもなれる。人は誰しも、「社長」、「会長」と呼ばれて悪い気はしないものだ。昇進ごとにもらえる特典があり、位が上がれば相応に豪華になる。それが楽しみでリピートする人が続出した。

フロアー係の浴衣の制服もかわいらしく、アルバイトの意見も吸い上げて改善するシステムなので、モチベーションが全般に高くて、接客も良い。たとえば、料理を残した場合に、店員の裁量で別の料理に仕立ててくれたりもする、サプライズがある。

しかしながら、モンテローザが浴衣の制服や名刺システムまで模倣した、地鶏居酒屋「山内農場を出店して全国に拡大すると、「塚田農場」との混同が起きて顧客が奪われるケースも生じた。

社内の問題としては、急成長したツケとして、店長や料理長の不足が露呈。結果的に接客、料理のレベル低下を招いて、顧客離れを引き起こしてしまったのではないかと考えられる。

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