インターネットバブルのピークだった99年後半、それまでMicrosoftの成長を支えていた優秀なエンジニアが次々に抜けて、シリコンバレーのベンチャー企業に転職したり、自分でベンチャー企業を立ち上げたりし始めました。あまりにも大きくなり、既存のビジネスの温存ばかりを重視するMicrosoftが、起業家精神に溢れるエンジニアたちにとって魅力的な企業ではなくなってしまったからです。
社内では、Microsoftがシリコンバレーに対抗するには、GEのような持ち株会社に形を変え、既存のビジネスを維持することに専念する事業会社に加え、インターネットを活用した新しいビジネスを生み出す小さな会社をいくつか作り、そこを起業家精神に溢れたエンジニアたちの受け皿にすべきという意見が高まりました。しかし、CEOだったStave Ballmerの鶴の一声で、その案は潰されてしまいました。私がMicrosoftを去ることを決めたのは、その直後のことです。
結果として、その後急激に成長したインターネット及びモバイルビジネスの主役の座をFacebook、Google、Amazon、Apple、Netflixなどに譲ることとなってしまったのです。あの時に、Microsoftが持ち株会社に移行していれば、シリコンバレーのVCのような役割を果たして、数多くのインターネット・ベンチャー企業を排出していただろうと思います。
1999年末から2000年初めにSteve Ballmerが選択した保守的な企業戦略が、Microsoft を主役の座から引っ張り下ろし、インターネットとモバイルという二つの大きな変化が生み出した企業価値をライバルたちに渡すことになってしまったのです。典型的な「イノベーションのジレンマ」です。