コンテンポラリー・ジャズ界を代表するトップ・ピアニストのボブ・ジェームスが結成し、アルバム『エスプレッソ』も評判のボブ・ジェームス・トリオの公演をニューヨークのブルーノートで楽しんだのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、その奇跡のようなセッションについて、詳しいレポートを届けてくれています。
ボブ・ジェームス・トリオ(演奏評)
約一年前にNYのブルーノートで、「ボブ・ジェームスと仲間達」というセッションがあり、好評だったのですが、その中核メンバーであった、ボブ・ジェームス(ピアノ)、ビリー・キルソン(ドラムス)、マイケル・パラツォロ(ベース)が、新たに「ボブ・ジェームス・トリオ」としての活動を開始しています。
すでにアルバム『エスプレッソ』が発売となり、ビルボードのジャズ・チャートで2位まで行っています。今年後半のチャートは、ダイアナ・クラールとトニ・ーベネットのデュオアルバム『Love Is Here to Stay』が1位を独走していましたから、その次の2位まで上昇したというのは、実質1位と言えなくもありません。(そもそもジャズ・チャートというのが、かなりポップ的になっているということも言えます)
その新トリオが、同じNYブルーノートに凱旋ということで、ほぼ1週間連続する公演の初日に行って参りました。11月のこの週は、季節外れの大雪があって不運にも2日目以降の公演には影響があったようですが、私の出かけた13日の初日は満員で、ジェームス御大の相棒であり、キルソンのドラムスの支持者でもあるデビット・サンボーンが祝福に来るなど、華やかなステージとなりました。
ボブ・ジェームスといえば、往年のファンには「軽妙なフュージョン」、いや「スムース・ジャズ」というイメージが強いわけです。また、4人組の「フォープレイ」のリーダーでもあったわけですが、この「フォープレイ」は3代目ギタリストのチャック・ローブが昨年に亡くなって活動停止状態となっており、今回の「トリオ」となったわけです。
この「トリオ」ですが、特徴は70代のジェームスが、50代のキルソン、そして20代のパラツォロという3世代にわたるメンバーでのトリオを組んでいることであり、特に、キルソンとパラツォロの二人が、非常にエッジの効いた音楽をやる中で、スムーズなジェームズの音楽とのケミストリが生まれているという点にあります。
このケミストリということでは、昨年の「仲間たち」セッションでは、キルソンの非常に角度のあるドラムスが鋭く突っ込む中で、パラツォロのベースは必死について行っている感じが多少ありました。
ところが、今回は同じようなナンバーも多く演奏されたのですが、ジェームスのピアノはよりスムーズに、キルソンの鋭角的なリズムは少しだけ丸く、その一方でパラツォロのベースは、自在な力強さを獲得しており、トリオとしてのバランスが一層深まった感じがしました。
その語感にインスパイアされて出来たという「ブルコギ」という軽妙なナンバーに始まり、最後は、定番の「ウェストチェスター・レディ」まで、濃密でしかし軽妙な素晴らしい時間が流れて行ったのでした。
特に、この「ウエストチェスター」は、キルソンの厳しいリズムが大きな枠を作り上げ、そこにパラツォロのダイナミックなベースが乗る中で、音楽のスケールがより深く、より落ち着いたものとなり、何ともオーソドックスな音空間になっていくことで、ジェームスのスムーズなキーボは、より輝くという素晴らしい成果になっていたと思います。
エッジが際立つことで、より音楽がスムーズになるという奇跡のようなセッションでした。こういう奇跡というのは、クラシカルの世界にも期待したいものです。
image by: ElxanQəniyev [CC BY-SA 4.0], ウィキメディア・コモンズより