丸亀製麺グループが「ヘアカラー専門店」の多店舗化を急ぐ裏事情

 

トリドールが「晩杯屋」を買収した経緯

17年7月に発表されたトリドールの「晩杯屋」買収は、飲食業界では衝撃的な事件であった。というのは、「晩杯屋」は2009年品川区の武蔵小山で創業し、東京都と神奈川県に16年に13店、17年にも10店を出店と、急成長中だったからだ。18年4月に38店だったのが、現在は49店まで店舗数が伸びている。武蔵小山の本店は、17年11月に公開された映画『火花』のロケ地の1つにもなっている。

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「晩杯屋」を経営するアクティブソース(本社・東京都品川区)の金子源社長が突如起業家を断念して、身売りに駆り立てられた合理的な理由が見当たらなかった。金子氏は近い将来の上場をにおわせる傍ら、自らM&A仲介業者に登録していたのだ。

他に本業がある場合は、経営資源の選択と集中のため、急成長していても枝葉の事業を高値で売却する判断はあり得るが、アクティブソースはほぼ「晩杯屋」で成り立っている会社だ。他には「べこ太郎」という激安ステーキ店が2店あるのみだった。

アクティブソースによれば、「晩杯屋とトリドールのコラボレーションを考えた」「経営資源が乏しい中小零細の現状で店舗展開を早めるには、トリドールに支援していただくのが最善の手段」などと説明しているが、そもそも同社の急成長は、店舗開発を支援するエムグラントフードサービス(本社・東京都渋谷区)との提携によってもたらされたものだ。

アクティブソースとエムグラントは、どちらも社長が「牛角」を経営するレインズインターナショナル出身。同じ価値観を共有できるとして16年4月に業務提携し、エムグラントが首都圏のFC(フランチャイズ)本部となって店舗開発を行い、成長軌道に乗った矢先の出来事だった。

ちなみにエムグラントの井戸実社長は“ロードサイドのハイエナ”の異名を持ち、2011~13年頃のピーク時には200店以上を全国に展開した激安ステーキ「ステーキハンバーグ&サラダバー けん」(現在41店)や、現在62店を関東中心に展開する500円ピザの「CONA」を成功に導いている。同業他社では「相席屋」の電光石火の如き全国展開の背景にも、エムグラントの支援があった。エムグラントは自らブランドを展開するよりも、スピーディにチェーン化したい外食企業の店舗開発、業態ブラッシュアップへと事業の軸を移した。

「晩杯屋」の業態としての魅力は、なんと言っても“センベロと呼ばれる価格である。100円台のおつまみもザラで、立ち呑みで仕事帰りに1人でもちょい呑みしていける、屋台のような気軽さがある。「晩杯屋」の顧客単価は1,300円、座れる店で1,800円といったところだ。

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「晩杯屋」の人気メニュー3種。名物の「煮込み」(左)は130円と激安

しかも、本社に併設してセントラルキッチンを持ち、“センベロ業態を多店舗化したところに「晩杯屋」の革新がある。昭和から続く“センベロ”の名店は点在するが、東京3大煮込みと称される、森下「山利喜」、月島「岸田屋」、北千住「大はし」のように魅力的な個店なのであって、チェーンではなかった。

現在42歳の金子社長は、かつて海上自衛隊に勤務していた異色の経歴を持つ。六本木の防衛庁から鹿児島県の離島、喜界島に転勤したが、飲むことくらいしか楽しみのない田舎暮らしの日々に飽き足らず退職。25歳で飲食が好きなことからレインズに入社し、3日目で牛角の店長に抜擢された。しかし、飲食店の成功は食材を仕入れる力にあるとの結論に達し、店長を続けても流通を学べないと半年で退社した。

その後は、青果や水産の卸売市場で勤務しながら市場の仕組みを学びつつ資金を貯めて起業の機会をうかがった。起業する前に、赤羽の著名な“センベロ”居酒屋「いこい」で短期間ながら修業し、立ち呑み居酒屋経営のノウハウを取得している。「晩杯屋」の暖簾に「赤羽いこい系」の文字があるのはそのためである。

「晩杯屋」には固定されたメニューがなく、その日の仕入れ状況でメニューが変わる。魚は魚種によって大量に捕れる時期があり、その情報をキャッチすれば、信じられないほどの安値で仕入れられるのだ。仲買との信頼関係構築で、激安情報を的確に得られるから、おつまみ100円台の“センベロ”価格が維持され、1日10回転の店舗営業も可能となる。

「晩杯屋」の刺身はマグロ刺し(200円)、イカソーメン(150円)といずれも激安

「晩杯屋」の刺身はマグロ刺し(200円)、イカソーメン(150円)といずれも激安

しかし、ネックとなるのが駅近く路面でなければ成立しにくい業態であること。「晩杯屋」の適地は競合が激しく、なかなか場所が空かない。家賃も安く、スペースが空いている飲食ビルの空中階で成立させられるかが大きな課題だ。井戸氏がソリューションを探っていたのはその部分であった。

また、関東一円を出て、金子社長の仕入れが通用するのかも未知数である。1人で市場を駆けずり回るのにも限界があるだろう。地域によって魚の好みも変わる。特に関西は「晩杯屋」と同等か、それ以上に安くて品質の高い“センベロ酒場”が、駅前、地下街の至る所にあり、さすがの「晩杯屋」も分が悪いのではないだろうか。

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