【書評】おかしな司馬史観。乃木希典が愚将ではないこれだけの証拠

 

司馬は第三軍の参謀長であった伊地知幸介少将をも馬鹿の標本のように徹底的にこきおろしている。歴史上、現在とは近くに実在した人物を、その係累が存在するのに、あまりの仕打ちである。「司馬氏はいかなる資料を基にして、『これほどおろかな、すくいがたいばかりに頑迷な作戦頭脳』などという暴言を吐くのであろうか」。司馬の乃木伊地知に対する罵倒は一線を越えた

「司馬氏の見解は、見当違いも甚だしいといわねばならぬ。いったい司馬氏は何を読んで書いているのかと問いたい」と書くが、ネタ元は判明している。谷中将の機密日露戦史』をもとに、当時の状況が司馬流の表現で面白おかしくあることないこと詳しく描かれている。まさに「講釈師、見てきたような嘘を言い」である。そんな与太が歴史の事実になってはならない。

司馬遼太郎は伊地知が参謀長という要職に任命されたのは、乃木が長州出身だから、人事のバランス上、薩摩の伊地知に決めたのだと説く。乃木が軍司令官になったのも、この大戦争に長州出身が一人もいないのはまずいという山県元帥の考えだと説く。一国の興亡をかけた大戦争で、そんな配慮があるもんか。

まあ、小説としてはいい案配なのだろう。児玉大将独壇場を描くために、他の連中は何をしていたのだと思わせるのが狙いなのだから。児玉が旅順に行って直接指揮をとったから203高地が落ちた、などという設定がいかに滑稽極まるものであるかは、冷静に戦史を読み客観的に戦闘の経過を分析すれば分かる。

これも谷中将の『機密日露戦史』をタネ本にしている弊害であるが、「筆者にいわせれば同戦史の理解不足としかいいようがない。司馬氏のような軍事にずぶの素人の文人が、これを理解するのはどだい無理な話であろう」。よって司馬の見解は「市井の床屋談義にひとしく、彼の戦術的無智と言わざるを得ない」。

司馬は第4巻のあとがきで「まず旅順のくだりを書くにあたって、多少乃木神話がわずらわしかった。それを信奉されているむきからさまざまなことを言ってこられたが、べつに肯綮にあたるようなこともなかったので、沈黙のままでいた」と書く。肯綮にあたる、とは「意見などが、ぴたりと要点をつく」という意味で、そうではないから放置したということだ。増上慢か逃げか

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