日本のメディアがちっとも報じない、中東トルコの「危険な賭け」

 

そのバランスを見るにあたり、一番面白いインディケーターは、トルコリラの対米ドルのレートでしょう。牧師の解放といったポジティブなニュースの後は、対米関係の緊張緩和が好材料とみなされて、トルコリラは盛り返すのですが、一時、アメリカが対トルコ経済制裁を仕掛けていた際に、大幅な利上げに踏みきるという大なたを振るった反動で、トルコリラは頻繁に暴落と上昇の波を経験し、新興国の安定通貨としての位置づけも危うくなってきています。

それに比例するかのように、地域のバランサー・フィクサーとしての立場も以前の様に安定とは言えなくなってきました。そこにカショギ氏をめぐる事件でトルコに弱みを握られているサウジアラビアに付け入ろうとして、トルコ、イスラエル、イランのいびつな安全保障のトライアングルに割って入り、状況はさらに混乱を極めています。

その混乱は思わぬところにも飛び火しています。それは2つ目の要因となり得る「ドイツ国内での移民問題の再燃」です。ご存知のように、トルコ国外で最もトルコ人人口が多いのはドイツですが、そのドイツで、政治的に移民問題を巡る対立が深まっています。メルケル首相がシリア難民を受け入れる決定をしたことで、国内での求心力の衰えに繋がり、その後、ドイツの政党は挙って、反移民の流れに傾きました。

トルコ人はもともとは移民ですが、すでにドイツ経済に同化しており、シリア難民の問題とは別問題として扱われてきましたが、エルドアン大統領が度々、トルコのEU加盟問題が前進しないことと、移民問題への協力を天秤にかけた“賭け”をメルケル首相とドイツに仕掛けるため、ついに昨年末ごろからでしょうか、この国内における移民問題のターゲットに“トルコ人人口”が加えられてしまいました。

トルコで、対米関係がうまくいっているように見える際には、エルドアン大統領もドイツ国内のトルコ人に働きかけて、ドイツ国内政治に圧力をかけるという政治行動をとる(注:ドイツがとても嫌う動き)ような賭けに出ていましたが、中東地域での立場の基礎が揺れる中で、ドイツ側がpush backする形になっており、それがついには長年ドイツで暮らし、経済的なコミュニティを形成しているトルコ人グループの立場を脅かす方向に流れかねない状況になってきています。

あくまでもドイツ国内のイシューではあるのですが、もしドイツのみならず、欧州内で緊張の度合いを高める移民問題と絡まって、混乱が広まることになると、大きなうねりとなって、すでにBrexitへの対応で揺れる欧州経済や安全保障問題に跳ね返ってくる可能性が高まってしまいます。

これまでは、エルドアン大統領による介入でドイツ国内のトルコ人たちの動きも制することができており、メルケル首相もそれを知って利用してきましたが、両者ともに今は求心力の衰えが見える中、うまく政治的な安定を保つための仕組みが機能しなくなってきています。

その政治的な調整力の衰えが、ドイツによる中東イシューへのシンパシーの衰えに繋がり、エルドアン大統領の中東地域における欧州からの外交的支持の衰えに繋がっています。ゆえにバランサーとしての基盤も少し脆弱化しているといえるでしょう。

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