香港デモと『レッドカーペットの屈辱』への反応にみる各国の思惑

 

海外のメディアのニュースを、日本のマスコミではあまり報じられない切り口で本当はどういう意味で報じられているのか解説する、無料メルマガ『山久瀬洋二 えいごism』。今回は、安倍首相のアメリカ訪問、香港の大規模デモ、習近平国家主席の北朝鮮訪問などから読み取れる極東各国の事情について解説しています。

香港の騒乱と『レッドカーペットの屈辱』が語ること

That stronger hand threatens Hong Kong’s future as a global commercial hub, but business leaders increasingly fear resisting a Chinese government that does not tolerate dissent.

訳:世界経済のハブとしての香港の将来が大きな脅威にさらされるなか、ビジネスリーダーたちは中国政府の強硬で頑なな態度にどう向き合うか神経をとがらせている(New York Timesより)

【ニュース解説】

この数週間の極東でのできごとは、アメリカと中国との駆け引きに翻弄されるこの地域の現状と本音をくしくも炙りだしてしまいました。

まずは香港で犯罪者の中国への引き渡しを容認しようとした「逃亡犯条例」の制定に市民が強く反発し、大規模なデモが街を覆い尽くしたことです。
北京の息のかかった現在の香港政府は、市民の圧力の前に条例の撤回を余儀なくされました。香港の中国との最終的な統合を目指す北京にとって、これは確かに痛手だったはずです。
一つは、香港が中国の意のままにならないことを北京が改めて実感したこと。そして、もう一つは、グローバル経済への重要な窓口の役割を果たしてきた香港の存在そのものの将来への不安を中国が自ら世界に伝えてしまったことです。
シンガポールなど、他の金融センターに香港の地位が譲られかねない理由を煽ってしまったことは、中国の失策だったといっても過言ではないでしょう。

次に注目されることは、習近平国家主席の北朝鮮訪問です。アメリカとの貿易戦争を通した緊張の高まりに押されるように彼は北朝鮮を訪問しました。
そこには、トランプ政権との交渉に揺さぶられ、ともすると中国離れが囁かれていた北朝鮮を自らの覇権の枠の中に取り戻そうという意図がみてとれます。そして、返す刀で香港の沈静化に注力をというわけです。

今後香港での動きが中国本土に影響しない限り中国は強硬策にでないだろうという人がいます。実際中国は見事に国内の世論を統制しているのです。

「今仮に中国国内の人に、香港でこんなことがおきているといっても、その情報自体を信じる人は殆どいないと思いますよ。報道が規制されているだけでなく、中国共産党の宣伝が行き届いているからね」

これは日本在住のある中国人のコメントです。確かにそれはその通りでしょう。

であればこそ、今回のヘッドラインのように、香港在住のビジネスリーダーは困惑を隠せません
今、香港だけで仕事をしているグローバル企業はほとんどないからです。
米中関係が氷河期となっている状況下、これからは、北京の意向を踏まえながら、世界の金融センターである香港の現実も容認し、双方の狭間で損をしないよう今まで以上に気をつかわなければならないからです。

一方、隣国である日本や韓国でも、ここ数週間様々な反応がありました。

韓国のテレビ局は、アメリカを訪問した安倍首相を大きく取り上げました。
その解説が興味深いのです。メディアの前に立ったトランプ大統領は、もてなさなければならない日本の首相を無視するかのようにレッドカーペットの中央に立ち安倍首相は彼の側に控えるかのように、カーペットの外に追いやられていたのです。
そして、首相がトランプ大統領の方ににじり寄ると、大統領が“Stop”とそれを制したのです。
この場面を韓国のメディアは皮肉たっぷりに報道し、アメリカの「腰巾着」に甘んずる日本の指導者の有様を視聴者に伝えます。
この報道の裏には、中国とアメリカとの狭間にありながら、それでも日本を心情的に受け入れられない韓国の本音が見え隠れします。
それは韓国自身の抱える矛盾でもあり、日本にとっても良いこととはいえません。

韓国にとって中国は最大の市場。そしてアメリカは政治上の同盟国。この矛盾は日本にも通じる矛盾でしょう。ですから、韓国のミサイル配備に神経を尖らせた中国が韓国を敵視している状況を打開しようと、韓国政府は苦慮しているのです。面白いことに香港の情勢に対して韓国政府は何もコメントをしていません。これ以上中国を刺激したくないのです」

これは韓国の知人の解説です。そういえば、日本政府も香港のデモについては同様の対応をとっているようです。
言葉を変えれば、日本も韓国も二つの大国の谷間にいるという同じ課題をかかえながら、双方への不信感は拭えないでいるのです。

「確かに日韓関係は冷え切ったままですね。ここが一枚岩にならないと、これからも中国とアメリカとの間で翻弄され、日韓ともにレッドカーペットの屈辱を味わい続けることになるのではないでしょうか」
韓国の知人はそうコメントしてくれました。

一方アメリカはアメリカで、日本や韓国への影響力をしっかりと維持しながら、香港の騒乱などをテコに中国を包囲し、暗礁に乗り上げた北朝鮮との交渉も進めなければなりません。
そして、トランプ大統領はそれができる人物であることをアメリカ国民にアピールし、次期大統領選を有利に進めるためにも、「レッドカーペット」の中央に立っていなければならなかったのでしょう。

そして、このように極東の政治に関わる国々の利害が複雑に拮抗する中で香港や台湾の人々は、今回の香港での騒乱への各国の冷めた反応に当惑します

彼らが脅威を抱いているのは中国でのインターネットをはじめとしたメディアへの徹底した管理です。
一見便利に見える消費者のオンライン決済ですら、国家が個人の趣向やものの考え方をモニターするには絶好の材料です。
例えば、香港で反中国関連のニュースソースにアクセスをしている人を、北京がモニターすることなど簡単なのです。
民主主義を擁護しようとする人が中国当局の監視に晒されることがどのようなリスクかと多くの人は考えます。今回の「逃亡犯条例」の施行はそんな香港市民の恐怖感という油に火を注いだのです。
そして、中国はさらに市民への監視体制を整え、内に向けては外の情報をブロックしながら指導体制を維持してゆくはずです。

これらの現状からみえてくること。
それは、香港での騒乱を多くの国が当惑しながら傍観している現実です。
香港市民の勇気ある行動には同情するものの、アメリカ寄りにも中国寄りにもコメントできず、事態の沈静化をおどおどしながら見守るというのが極東の国々の実情です。

であればこそ、いざ何かがおきれば、結局どこも助けてはくれないのではという深刻な脅威に、香港や台湾の人々は晒されます。
そうした状況を踏まえ、習近平国家主席は北朝鮮を訪問し、中国の影響力を敢えて世界に誇示しながら、香港市民の熱が冷めるのをじっと待っているのです。
確かに、一枚岩ではない極東での様々な思惑と複雑な利害関係が見え隠れしたひと月だったのです。

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【著者】 山久瀬洋二 【発行周期】 ほぼ週刊

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