その後、部活は休部。これで事態はいい方向に向かうかな?と思ったのですが、まだ休みがちな様子は変わらない。病院で診察をしてもらい(ウイルス性の胃腸炎だと分かり、免疫力がだいぶ落ちているから、薬を飲んで早く寝るように言われたようです)その後、2人でうどんを食べに行ったとき、「学校に行きたくない理由はなに?自分で先生に言えなくて困っているなら、お母さんが言おうか?」と聞くと、かなりの時間を置いて、「いくつああるけど1番嫌なのは休部中の部活動の退部届を出しに行ったら、顧問の先生に次の部活に行く前にみんなの前で『これこれで退部します。と挨拶しなさい』と言われたけど、みんなのところに行かれへんから休部してるのに…」と答え、「他は?」と聞くと「他はいい」との返事。
そこであこさんは部活の顧問の先生に会いに行った様子をこのようにお返事くださいました。
学校に着いて、顧問の先生に会いました。
挨拶を済ませ「先生、娘のことなんですけど、皆のところに行けなくて、休部させて頂いてたわけなので、最後の挨拶をするのが厳しいようなんですが」と、言ったら「なんで?やめるんやったら、挨拶するんが当たり前やろ!それがけじめでしょ!お母さん、そんなことだけを言うために、わざわざ学校に来たの!?」と、声を張り上げて威圧的に言われました。
「そうですね。本来ならそうすべきですが、今回は皆のところに行けないのが退部の理由なので、挨拶は控えさせてください。部長さんには会えるようなので部長さんにだけ挨拶に行かせます。お願いします」
先生は「わかりました」と、渋々納得してくださりブツブツ言いながら職員室に戻られました。
見えなくなってから私が娘に耳打ちしました。
「お母さん、あの先生苦手やわ~」
そう言うと、娘も「私もやわ~」と言って、2人で笑いました。
少しづつ心を開いて、お母さんとの関係も良くなってきた長女さん。でもあこさんの中には、まだ釈然としない物がありました。その後の様子をこのようにご報告頂きました。
「あのね、お母さんは叱りたいから聞きたいのじゃない。あなたが急に行かなくなったから心配して聞いてるねん」
「あなたが自分で解決できない嫌なことがあるならお母さんが守ってあげるよ」
「お父さんも、お母さんも、あなたを守るのが1番の仕事やで」
「先生に会いに行ったのと同じように、友達に何かされたり言われたりしたなら、友達やその親に言いに行くよ。お父さんもお母さんもあなたが大事なんだよ」
と言いました。娘は涙を流していました。そして、同じ学年で気が合わない人たちが数人いるとも。特に酷いことをされたようではなかったので、「嫌な人とは無理して付き合わなくていいよ」と言って、他は行けないのはどういう時?って聞きました。そしたら「宿題間に合わへん時」。「なんで間に合わへんの?いつしてるの?」って聞くと、提出の前日の夜10時から4時までやって、7時に起きて学校に向かうけど、気分が悪くなって家に帰る、というので「そのやり方だと、気分悪くなっても仕方ないと思わない?」と聞きました。さすがに娘も「思う」と。
心の中で「もう高2やで。17才やで」と思いましたが、それも私のせいか。と、思い直し、1つ1つ一緒に考えることにしました。早寝・早起き・朝ごはんがどれだけ大事か。布団をあげることがなぜ必要か。宿題はいつしたらいいのか。話をしてから1週間、娘は朝ごはんを食べて行くようになりました。布団はあげたりあげなかったりですが、意識と顔つきが変わったように思います。でもまだ危なっかしいです。
引越しの箱を片付けていたら、10年前に勉強したテキストが出てきました。そこには、「生まれてきたくなかった。バトンを繋いでしまった。でも、可愛い子供達に出会えたのだから、主人と子供達に感謝しよう。この家族に出会えたのも両親がいたからなので、感謝しよう。感謝するクセをつけよう」とありました。
今でもそう思ってます(生まれてきたくなかったって)。もういい加減あきらめて、生まれてきたことを肯定し、全うしようと思います。今こうして思うと、長女は私かもしれません。娘を愛したら自分も愛せるかもしれません。試してみます。試す価値ありますよね?
娘さんの登校しぶりから始まった、長女さんの「学校に行きたくない理由」はひも解いてみると、本当にたくさんありました。途中、あこさんも投げ出したくなる衝動にも駆られましたが、1つ1つクリアして、長女さんは不登校にならず高校も卒業したのです。